5 いや、君も男子学生だよね
「どうしたの由実」
『喉の調子が悪い』
のどに張った湿布の上にネックウォーマーのようなものを巻いていても湿布特有の匂いをプンプンさせる遥。
静かに進む授業。時折質問が飛ぶ。教師が遥を指し数式を解くよう促す。遥は戸惑うこともなく黒板に答えを書き込む
「さすが由実君だな」
遥は軽く会釈をすると席に戻る。
休み時間になると女子のクラスメイトが遥を囲む。
女子生徒は遥である事を知っているが男子は全く気付いていないようである。いや、もしかしてとは思うがそれを口にしてもいいのか悩む。まさか学校で女装した遥が教室で由実として授業を受けるなどとは思えない。都内でも有数の進学校であり常識の範囲を逸脱する意味が分からないし自分にとっても関係ない。
由実が遥なのかを知っている女子。
だが誰もそれを口にしない。日頃勉強の事で世話になったり悩み事を聞いてもらっていると言うこともあるが、一番の理由が遥と居られるから。更にあらかじめ由美からこの事を知らされ協力をお願いされていた。
成績優秀かつ品行方正な優等生というものは優等生である限り自由である。
法やモラルに抵触しなければ何をやっても周りは勝手にいい方に勘ぐってくれる。由美はやっと手に入れた自由を手放したくなかった。そのために遥やクラスメイトに出来る限り日頃協力し妥協してきた。ただひとつやりたいことの自由を得るため自由の奴隷になったのだ。
中学2年の夏休み。
それは酷く熱い日、YouTubeをみながら冷やし中華の具のトマトを頬張ろうとしていた時だった。飼っている猫のタロスケが由美に構って欲しくて押したエンターキー。冷やし中華に夢中になっていた由美の耳に飛び込むギターの咆哮、のぶといが色っぽい男性ボーカルがそれに続く。思わずモニターを覗くと、裾広がりの可笑しなパンツをはき長髪で毛むくじゃらの男たちが、群衆の前でギターを弾きドラムを叩きつけキーボードをぐらぐら揺らし吠えるように歌っていた。
聴こえてきたのは、ディープパープルのburnという曲。
アコギ使いの由美にエレキギター魂の火がついた瞬間である。
それ以来ギターを買うためバイトをし貯めたお金でストラトキャスターを買い練習三昧。最近PRSもバイトを頑張って即金で買った。あることがきっかけで知り合った少女とバンドを組む予定も立ててある。
その少女が倒れた。
四畳半一間トイレ共同アパートで暮らす少女。二人で語った大きな夢。二人の夢を潰されないためにも優等生を演じ続けなければならない由美。
速く駆けつけたい気持ちを抑えこんな事も有ろうかと練っていた計画を発動させた。
「遥君、みんなで帰りにいこうって決めてるお店あるんだけど」
授業が始まろうというときに遥の隣の女子が囁く。
遥はいまひとつよくわからない姉の夢におもしろそうという理由だけで協力している。
頷く遥。
男子と違って高校生活を楽しむ女子たちと遥であった。