第八話 スーパーロリータ
オレは足早に教室を出た。次の授業は歴史、オレの最も大嫌いな授業だ。しかし、授業が嫌だから教室を出たんじゃない。何か疲れたから授業を受けるのが面倒に感じた。ただ単純にだるいだけかも。でもいいや、今日はサボろう。
オレは、教員たちに見つからないように周囲に注意を払いながら下駄箱に向かった。向かう途中、何人か友達に会ったが「バイバイ」と言いながら手を振った。オレは、サボりの常習犯だから友達も何も言わない。むしろ「一緒にサボる?」とよく誘う。今日も友達を誘った。けれど、今日はみんな授業を受けていくらしい。たぶん期末のテストが近いからだろう。
よく感じている事だが、学校に行く意味はあるのか。ありきたりで当然の考えだが、オレ以外にもそう感じている人はいるはずだ。勉強なんかしたって楽しくないし、つまらん授業に耐えるのは苦痛だ。それに、必死に勉強して将来何になる。公式を覚えて計算する事が出来たって得する事はないだろう。それが生きていく上で直接関らないなら勉強するだけ無意味だ。受験をする時くらいだけだな、学校の授業を受ける意味が出てくるのは。だが受験のためだけに、将来何の役にも立たない勉強をするという事は馬鹿げたものだとオレは思う。
下駄箱につき、上履きと靴を履き替える。ここまで来れば教員に見つかる事はないだろう、もう大丈夫だ。そして、オレは一気に飛び出した。退屈な授業バイバイ。
学校を抜け出し、授業をサボる事はすごく気持ちがいい。しかも今日は良い天気だし。このまま帰ってもやる事ないなから、どこかブラブラしていくかな。ゲーセンにでも寄っていこうか・・・今お金が少ないから今度にするか・・・あ、近くの私立図書館に行って昼寝でもするかな・・・・それは家でも出来るか。とりあえず、雑誌でも適当に立ち読みするかな。オレは、ちょうど通りかかったコンビニに入った。店内に入るなり雑誌コーナーに行き、とりあえず手当たりしだいに見ていった。
雑誌を読むのに疲れたオレはコンビニの時計を見た。11時34分、まだこんな時間か。やっぱ家に帰ろうかな、でも家に帰れば親がうるさいし。授業料を払ってもらってるから怒るのも分かる気がするが。それより腹減った。そうだ喫茶店にでも行こう。オレは、そう思うとすぐにコンビニを出て街の方へ歩いた。いつも歩いてる街だけど、こうして歩いていると、案外喫茶店は見つからないなと思った。結局、喫茶店を見つけられずに歩いていた。仕方ない駅ビルに行くか、そこなら喫茶店がある。そこで飯を済ませよう。オレは駅の方へ向かった。
駅ビルに着いたオレは早速、喫茶店に入った。空いているイスに座りメニューを見る。何を食おう。あんまり、お金はかけたくないな。財布の中身と相談して、一番安いフレンチトーストを頼んだ。友達がいれば、少しお金を貸してもらえたのにな。そして、すぐにオーダーを済ませると、料理はすぐに運ばれてきた。オレは、パンを一口食べて窓の外を眺めた。
オレは、自分の人生を無駄にしてるのかな。最近よく考える。何もやる事ないし、学校の授業もサボってばかりだし。でも、今のオレは間違っていないと思う。受験のためだけの勉強なんてやる気ないし、やる必要もない。このままでいいと思っている。ただ、この先オレはどうなっていくのだろうという不安だけが心の中にあった。考えるだけ無駄か。
そんな事を思っているうちに、フレンチトーストはなくなっていた。物足りない。
オレはその時、ある人物の存在に気付いた。通路を挟んで反対側のテーブルに、少女が一人でチョコレートパフェを食べていた。明るい茶髪にウェーブがかかった長髪。見た目は、小学生か中学生か分からないがとにかく子どもっぽい。可愛いお人形のような少女だった。その事自体はどうでもいいが、その少女がフリフリのピンクと白のロリータ衣装を着ていて目立つので、やたらと目に入った。
しばらくここで休んでいこうと思っていたが、自然と少女の方へ目線がいってしまう。派手なものが近くにあると何故か気になる。このままでいると目が合ってしまいそうなので、オレは店を出る事にした。伝票を持ってレジの方へ向かい、すぐに会計を済ませて店を出た。せっかくここで時間を潰していこうと思ってたのに。今度はどこ行くかな、オレは考えながら適当に歩いた。
「ねぇねぇ、君」
その声が聞こえてきたとともに、オレの制服の裾を誰かが引っ張っている。振り向くと、そこにはさっきのロリータ衣装の少女がいた。突然の事でオレには何が何だか分からなかった。とりあえず何か言おうと思った。
「えーと・・・何か用?」
「さっき、私の事をチラ見してたでしょ?だから何か用かなって」
「あ、ああごめん。別に変な意味で見てたんじゃないよ、ちょっと目に入っただけだよ」
「別に謝らなくていいよ、気にしてないから。でもつまんなーい、絶対何か用があるって思ってたのに」
「ああ、そう・・・・じゃあね」
オレはそう言い歩き出したが、再び少女はオレを呼び止めた。
「まだ何かあるの?」
「君、今暇?」
「暇だけど・・・何で?」
「私も今すごく暇なんだ。もし良かったら、時間潰すの手伝ってよ」
「・・・別にいいけど、何して時間潰すの?」
「そうねぇ・・・じゃあゲームセンターにでも行く?」
「オレ、あんまりお金持ってないよ」
「お金なら大丈夫よ、私が持ってるから。じゃ行こう」
「え・・・・」
そう言うと、少女はオレの手を引いて歩き出した。
「そういえば君、名前は何て言うの?」
歩きながら少女は言う。
「浅野晃樹だけど・・・・」
「ふ〜ん・・・晃樹くんの着てる制服って、近くにお寿司屋さんがある高校だよね」
「そうだよ」
「今日はサボり?」
「まぁ・・・君の名前は何て言うの?」
「ロリータ」
「はぁ?何だよそれ」
「何って、名前だよ」
「ウソつけ。見た目も子どもっぽいし、そういう服着てるからそんなあだ名がついたんだろ?」
「私と関わってる人はみんなそう呼ぶよ。本名で呼ばれた事なんて、もう2〜3年以上前かな。ロリータが名前のようなもんだよ」
「それって、オレもロリータって呼べって事?」
「うん、そうだね」
「分かった、じゃあそう呼ぶよ」
「ありがと」
よく分からない。いきなり時間潰すのを手伝えとか、自分をロリータと呼べとか、まず見るからに子どもだし何か変な奴だな。
そんな事を話しているうちにゲーセンに着いた。
「やっとゲームセンターに着いたね、早く入ろ!」
「お前ゲーセンで遊んだ事あるの?」
「ないよ」
「マジかよ・・・それでよくゲーセン行こうなんて言えるな」
「一度行ってみたかったの、それに時間を潰したかったし」
オレたちは、ゲーセンの中に入った。
こんな少女にお金を出してもらうのは流石に情けないな。オレのお金はあまり使いたくないけど、この場合仕方ないか。
「あ、私あれがいい!」
ロリータが、指差したのはUFOキャッチャーだった。
「晃樹くん、お人形さん取ってよ」
「オレの財布だけじゃ取れないかもよ?」
「だから、お金は私が出すよ」
そう言うと、少女は可愛いらしい手提げのバックから財布を取り出した。財布の中には、お札がぎっしりと入っている。しかもよく見ると、お札のほとんどが一万円札であるのが分かった。
「おい・・・かなり金持ってるな。まさか、どこかのお嬢様だったの?」
「私がお嬢様?全然違うよ。あんまりお金は使わないだけだよ」
「いや、それにしたって・・・いくら何でもこの金額は・・・・」
「別にいいじゃない。それよりお人形取ってよ!これだけお金あれば取れるでしょ?」
何回UFOキャッチャーに挑戦しただろうか。かなり失敗して何とか一つ人形が取れた(オレ、こういうのは苦手)。そして、取ったのをあげると嬉しそうにニッコリと笑った。その時の顔は特に子どもっぽく見えた。
その後もロリータは、オレに自分のお金を使ってと頼み、他の人形を取りまくってゲームもかなりやった。オレが一人でゲームをしている間は、顔の横からくいいるようにゲーム画面を見つめていた。
オレは携帯を見た。ちょうど17時になるところだった。
「今、5時くらいだけど時間は大丈夫?」
「えっ5時?もうそんな時間だったんだ」
「そろそろ帰らないとマズイんじゃねーの?」
「うん、そうだね」
オレたちはゲーセンを出た。帰り道は駅まで同じだった。オレは下り、ロリータは上りの電車に乗る。駅まで一緒に行く事にした。
「なぁ」
「なぁに、晃樹くん?」
「何か・・・お前の金なのにオレばかり遊んでて、ちょっと悪い気がして」
「何で?そんな事ないよ。だって、私が晃樹くんにいろいろやってって頼んだんだよ。ありがとう、おかげで時間が潰せたよ」
「ならいいんだ。まぁオレも時間潰したかったからな」
そして駅に着いた、オレは通学してるから電車の定期券がある。少女が切符を買うのを待つ。切符を買ったロリータが来て、オレたちは改札口を進み、ホームで電車が来るのを待った。
端から見ると、オレらがこうして並んで立っているのは可笑しな光景かも。制服を着た男子高校生と、ピンクのロリータ衣装を着た少女・・・・兄妹にも恋人同士にもあまり見えない。
ロリータは背丈がかなり低い、頭の位置がオレの肘辺りにある。近くに立っていると、顔を極端に下に向けないと顔が見えないくらいだ。ふと横を見ると、さっきゲーセンで取った人形をじっと見つめている。人形を取ってあげた事が相当嬉しかったのだろう。
駅のホームで待つこと数分、ロリータが乗る上りの電車が到着した。
「じゃあね、晃樹くん。バイバイ」
「ああ、じゃあな」
「・・・また、会えたらいいね」
「え?」
すると、少女は電車の中へ歩いていった。電車は込んではいなかったが席はすべて埋まっている。電車に乗り込むと、窓越しでオレに手を振ってきた。
「・・・・・」
扉が閉まり、電車は動き始め走り出した。ロリータは見えなくなるまで手を振っていた。あの少女については気になる事ばかりだ。特に、最後に言い残した言葉の意味が気になって仕方なかった。
あの少女と別れてから数分、オレが乗る電車が到着した。オレも電車に乗り込み家路を辿った。
オレは、ペンを片手に教科書を見つめている。相変わらず、先生の言っている事は意味不明理解不能だ。周りの奴らは、よくこんな授業に耐えられるなと思う。
今日もサボろうかな。ふとそう感じた時、昨日の出来事を思い出した。何より分からない事ばかりだからな。もしかしたら、今日もまた会えるかもしれない。そしたら、いろいろ聞いてみようかな。あの少女だって、またオレに会いたいような事を言っていたし。しかし、それがオレにとって一番気になる事なのだが・・・・
とにかく、そうと決まれば早速会いに行くか。学校をサボろう。会えなくても別にいいや、学校が面倒な事に変わりはないから。
受けていた授業が終わると、オレはすぐにサボる準備をした。すると、それを見た友達が話しかけてきた。
「晃樹、お前また学校サボるの?」
「ああ、面倒くさい」
「テストが近いのに大丈夫かよ」
「カンケーねぇよ。それに受験だってやる気ねーし」
「ふーん」
「じゃあ、また明日」
オレはそう言って教室を出た。
学校をサボると決めて、実行する事はすごく気持ちがいい。この日も下駄箱に行くまで、細心の注意を払いながら進んでいく。もちろん、今日もすんなり下駄箱まで来る事が出来た。オレにとって学校をサボるという事は、ごく当たり前の事だ。だから、先生が歩いていそうな場所は何となくだけれども分かってしまう。しかし、今日は詰めが甘かった。オレがいい気分で外に出ると、そこに一人先生がいる。当然、その先生はオレに話しかけてきた。
「おい浅野。お前、まさかとは思うがオレの目の前で学校をサボる気じゃあるまいな?」
「別にサボりに来たんじゃないですよ、ちょっと外の空気でも吸おうかなって」
「そうだったのか。まぁサボりだったら、引きずってもお前を教室に叩き入れてやるとこだがな」
「だから、サボりじゃないですって」
すると、授業の始業ベルが鳴り出した。
「もう外の空気は充分吸っただろう。ほら授業だ、教室に戻れ」
「ちぇ、分かりましたよ」
「ハハハ・・・・残念だったな浅野、しっかりと授業を受けてこいよ!」
嫌な先生だ、サボろうとしてたのを知っててからかってやがる。しかしオレとした事が。油断した。この時間に、体育の授業があった事を忘れるなんて。それさえ頭に入れてればこんなヘマはしなかった。仕方ない、この時間は諦めよう。次の休み時間に改めて抜け出すとするか。オレは、渋々教室に戻った。
オレは、伸びをしながら街の中を歩いている。サボるところを体育教師に見付かり仕方なく授業を受け、やっとの事で学校を抜け出してきたところだ。携帯を見ると11時三30分を示していた。確か昨日は、その時間にどこに行こうか迷いながらで駅ビルに行った。なら、ゆっくり歩いて昨日行った駅ビルの喫茶店に向かえばちょうどいいな。
街を眺めると、たまにオレと同じように制服を着た学生が歩いている。きっとそいつらも、学校をサボってきたのかもしれない。
そして駅ビルに来たオレは早速、昨日入った喫茶店に向かって行った。今日も昨日と同様、お金はあまりかけられないのでフレンチトーストを頼もうと思った。店に着いたオレは、とりあえず昨日と同じテーブルを使おうとそこへ向かう。あの席が使われていなければいいのだが。
「あれ・・・」
「あ!晃樹くん、また会ったね!」
何と、昨日と同じ席にロリータは座っていた。しかも、またロリータ衣装を身にまとっている。
「晃樹くん、私のとこのテーブルに座ってよ!席空いてるから」
「ん・・・ああ」
席を促してきたので、オレは同じテーブルの席に座った。二人が向かい合う四人席だったので、向き合う感じで座った。
「いつもここのテーブルを使ってんの?」
「違うよ。ここにいれば、また晃樹くんに会えるかなって思って」
「・・・・・」
何を言っていいか分からず、オレはメニューを開いた。といっても頼むものは決まっているのだが。
「晃樹くん、今日も学校サボったの?」
「そうだよ」
「ふ〜ん・・・・・あ、まだ私も注文してないから一緒に頼もう。今日は何食べるの?」
「・・・フレンチトーストにしようかな」
「飲み物はどうする?」
「・・・いらない」
「晃樹くん、お金がないんでしょ。私が出すよ」
「悪いからいいよ。それに、女にお金を出してもらうなんて情けねーし」
「別に私はいいんだけど」
「お前が良くてもオレが良くないの・・・・で、お前は何食べるの?」
「私はチョコレートパフェ食べよーっと」
「パフェ好きだなぁ」
「私、お菓子が主食だから」
「げっマジ・・・・絶対体悪くするぞ」
「うっそ〜♪」
「・・・ウソかよ」
「副食でした〜♪」
「どっちも変わらねーよ・・・とりあえず注文するぞ」
注文のベルを鳴らすと、すぐに店員がやってきた。そしてオレは、フレンチトーストとチョコレートパフェを頼んだ。注文を聞くと店員は調理場の方へ戻って行く。
メニューを頼んでから少し沈黙があった。ロリータはぼーっとしている。しかし、オレには聞きたい事があったので、とりあえず話しかける事に。
「なぁ・・・・お前って何歳?」
「14歳だよ」
「14かぁ・・・じゃあ中学生だよな。お前もサボり?」
「違うよ。私、学校行ってないもん」
「・・・・・・」
「驚いた?」
「別に・・・学校なんかつまんないし、少し羨ましいって思った」
「ふーん」
すると、店員が注文したものを運んで来た。テーブルの上に、フレンチトーストとチョコレートパフェが並ぶ。店員は伝票を置き、颯爽と自分の持ち場に戻って行った。
「いただきまーす!」
そう言って少女は手を合わせた。小さいスプーンを片手に、嬉しそうにチョコレートパフェを食べ始めた。黙々とパフェを食べている。頬にはアイスとチョコクリームが付いている。子どもだ・・・・オレは、そう思いながらじっと見ていた。
「ん?・・・どうかしたの晃樹くん?そんなにじっと見て」
「あ、いや、口の回りにクリームが付いてるよ」
そう言うと、舌で口の周りをぺろりと一周してクリームを舐めた。
「まだ付いてる?」
「もうとれたよ」
ロリータは再びパフェを食べ始めた。オレもフレンチトーストを食べよう。
「お前ってさ」
「ん?」
「いつもそういう服着てるの?」
「うん。私はこういう服が好きだよ、可愛いし。家でもロリータファッションかな。晃樹くんは可笑しいって思う?」
「変わってるなぁとは思う。けど、それは価値観の違いだから悪いなんて思わないよ。オレにだって、いろいろな価値観があるからさ」
「そうだね・・・・・ねぇ晃樹くん」
「どうかしたか?」
「もし良かったら、今日も時間潰すの手伝ってよ」
「別にいいけど、今日は金を使わないで時間を潰すぞ」
「・・・・・うん」
食べ終わったオレらはレジに向かった。会計は別々に支払う。こういう時は、オレがまとめて会計を済ませたいところだがお金が足りない。オレ一人分くらいのお金しか持っていなかった。ロリータが会計をしようと財布を取りだす。あまり見るのは良くないと思うがやはり財布の中には、14歳の少女が持つには多すぎる金額が入っていた。
そして、オレたちは喫茶店を出た。
「よ〜し晃樹くん、今日は何して遊ぶ?」
「とりあえず街を歩きながら考えようぜ」
街の中を歩いていく。街は人ごみでまみれていた。
「そうだ、気になったんだけどさ、何でそんなにお金持ってるの?」
「私、お金とかあんまり使わないから。どんどんたまっていくの」
「ウソつくな」
「・・・・・・・・」
「親からもらう小遣いを貯めたって、そこまでいくかよ。やっぱどこか金持ちのお嬢様じゃないの?」
「違うよ。私、仕事してて全部自分で稼いだの」
「仕事?お前まだ14だろ、それに中学だって出てないし・・・・仕事なんて出来るの?」
「出来るよ。じゃあこれ晃樹くんにあげる、私が仕事をしてる証拠」
そういって一枚紙をオレに差し出した。名刺か?オレは手に取り内容を見た。
「・・・・・・・」
渡された名刺を見て驚いた。名前はロリータ。しかし、それはホステスとしての名前で、あと携帯の番号などが書いてある。ロリータという名前は、仕事上での名前だと分かった。
「これって・・・メイドカフェのようなのじゃないの?」
「ぜんぜん違うよ、お酒とか飲むもん。キャバクラを装った売春クラブって言えばいいのかな」
「そんな仕事していいのかよ」
「ダメに決まってるよ」
「・・・・・」
「驚いた?」
「・・・・驚いた」
「確かに晃樹くんが言ったとおり中学校も行ってなくて、しかもこの年齢じゃ普通の仕事なんて出来なくて」
「まぁ・・・・そうだな」
「でも、私ってすごいんだよ!こういう服着てロリータを売りにホステスやったら評判が良くて♪」
「それで儲かってんだな」
「うん」
少しの間、沈黙があった。この少女の事を知って、オレは明らかに動揺している。それを気づかれないように、オレは必死に平然としているように見せていた。
「・・・・でも、そういう仕事して楽しいと思う?」
「楽しくはないけど、一緒にお酒飲んだり寝たりするだけでお金が貰えるから私はいいと思うよ!」
「それも価値観の違いだね」
「でも、クラブのお姉さんたちは優しくてくれて楽しいよ。仕事ではライバルだけど、仕事が終わればいい友達なんだから!」
「ふーん・・・」
「あ、でもこの前ね、ロリータ××××なんてあだ名つけられちゃった。お客さんもみんな言うんだよ!」
オレたちは、人ごみの中を歩いている。
「おい、もう少し声のボリュームを下げろよ」
「エヘへ・・・ごめんなさい♪」
「・・・でも、どうして働いてんだ?」
「どうしてって言われても、生活をするためだよ」
「一人暮らしでもしてるの?」
「うん・・・親いないもん」
ロリータは、まだ物心つく前に施設に預けたそうだ。その当時、両親には何らかの問題があったみたいで、子どもを育てる事が出来ない状態だったらしい。しかし、両親はロリータをとても可愛がっていた。両親は施設側に、必ず迎えに来ると言っていたが、一度施設に預けて以来、再びそこに訪れる事はなかった。そして連絡も途絶え、居場所さえも分からなくなってしまったのだ。それから、ロリータは施設で育てられる事になった。しかし、少女の年齢が上がって内に施設の職員との価値観の違いがうまれ、施設での生活は乱れていった。そしてついに、退屈でつまらない日常に我慢できなくなり、施設を抜け出し自由の世界に飛び出した。その時、少女の年齢は12歳だったという。
「お前、すごいな」
「最初は野宿だったけど、今はちゃんとアパートで暮らしてるよ!」
「・・・・お前、寂しくないのか?」
「別に〜」
「あ・・・そう、ならいいけどよ」
オレたちが話しながら歩いていると、いつの間にか目の前に大きな川が見えていた。駅から、少し離れたところに大きな川があるなんて知らなかった。
「ねぇ晃樹くん、堤防を降りて川沿いに行ってみようよ」
「ああ」
オレたちは階段を下りた、太陽の光が川の水面に反射して眩しい。川沿いは、砂浜になっていて歩きづらいがロリータは、はしゃぎながら川の方へ走っていく。そして水面を覗き込んでいる。こんな川、特に珍しいものでもないが、彼女にとっては大きな川を見る事は楽しいのだろう。
「あんまり近づくと落ちるぞ」
「大丈夫よ」
そう言うものの、オレの方をまったく向いていない。それだけ川に夢中みたいだ。
しばらく離れて見ていたが、一向に川に飽きる気配はない。水面を見つめたり、足元に落ちている石を川に投げたり・・・・ずっとそんな事をしている。しかし日差しが強い。因みに今は6月の終わりくらいである。まだ梅雨明けしていないが夏らしい暑さになってきている。
「少し日陰に入って休憩しようぜ」
「うん」
この川をまたぐ大きな橋がすぐ近くにあったので、オレたちはその下で休む事にした。
「橋の下なんて久しぶり」
「そうなの?ずっと珍しそうに眺めてたから、初めて川に来たと思った」
「野宿してた時はよく橋の下にいたの。雨も凌げるし、私にとっては思い入れの強いところよ!」
「そうなんだ・・・そういえば今日、仕事あるの?」
「ないよ、今日はお休みだよ。昨日は晃樹くんと別れてから仕事行ってたんだ」
「今日は何で時間を潰したいの?」
「何となくだよ。退屈でやる事なかったから。晃樹くんは何で学校をサボったの?」
「面倒くさかったから」
ロリータにまた会えるかなと思ったからなんて言えなかった。でも面倒くさいのは確かだ。
「私は晃樹くんに、また会えるかなって思って仕事を休んだんだ」
「え・・・・・」
この少女が何を思っているか分からない。昨日の言葉も今の言葉もそうだが、どういう意味で言っているのかが気になって仕方がない。オレは思いきって聞いてみた。
「どういう意味?」
「晃樹くんと遊んで楽しかったから。クラブの友達も楽しいけど何か違う。すごく自然でいられるし安心できる。たぶん、クラブの友達の中では自分らしさが出せないんだと思う」
「別にオレは特に何もしてないし・・・よく分からねーな」
「エヘヘ・・・私も」
何だかんだで、話しをしていると辺りは暗くなり夕方になっていた。大きな橋の影にいるオレたちは、余計に辺りが暗く感じる。
「いつの間にか暗くなってきたな。そろそろ帰ろーぜ」
オレは立ち上がり呼びかけたが、少女は何も答えず動こうとしない。
「どうした?」
「晃樹くん・・・」
「ん?」
「今から私の家に来て」
「帰った方がいいよ、仕事がないんだから休めよ」
その時、オレは一瞬寒気を感じた。少女は何故か涙ぐんでいて、今にでも泣き出しそうな感じであった。それを見たオレは、言う通りにするしかなかった。
オレは一緒に上り電車に乗った。ロリータの目にはもう涙はいないが、明るさはなく元気はない。
「大丈夫か?」
「・・・晃樹くん、わがまま言ってごめんなさい」
「別にいいって。オレは何もないし気にすんなよ」
これで会話は終わった。しかし、どうして急に泣き出したのか。今は聞けなかった。
いくつか駅を通り越して、オレたちは電車を降りた。ここから先は、オレには分からないので、彼女の後をついていく。
「私のアパートは駅から近くにあるから、歩いてすぐに着くよ」
「ん、ああ」
オレたちは駅を出て歩き出す。言った通りだった、駅を出て三分くらいでアパートについてしまった。駅を出てから裏道に入って、少し歩いたところにアパートはある。それほど大きいアパートではないが、建物自体はキレイでおしゃれな感じだった。
部屋は一階にあり、ロリータはカギを差し込み、扉開けた。
「どうぞ晃樹くん、入って」
「あ、ああ・・・」
オレは、促されるままに部屋の中に入った。
「女の子らしい部屋だね・・・キレイだし」
一言で言うなら、お姫様が住んでいそうな部屋だった。部屋のところどころにはぬいぐるみが飾ってあり、カーテンやベッドもピンクで可愛いらしい。もちろん、昨日取った人形も飾ってあった。それに、しっかりと部屋の中は整頓され、掃除もよくしているように見える。
するとロリータは、座布団を一枚持ってきてテーブルの近くに敷いた。これも可愛いらしい女の子物の座布団だ。
「ここに座って」
「ありがとう」
オレは、敷いてくれた座布団に腰をおろした。
「何か飲む?飲み物はジュースしかないんだけど・・・・」
「何でもいいよ」
「分かった」
そう言うと、キッチンの方へ歩いて行った。部屋で一人になったオレは辺りを見回した。いろんなとこにロリータ衣装がかけてある。しばらく、部屋を眺めているとロリータは戻ってきた。
「お待たせ、カルピスだけどいい?」
「ああ」
二人分のカルピスをテーブルに置き座り込んだ。
「・・・あのさ、マジ大丈夫?」
「うん、いきなりごめんね。何か自分でもよく分からないけど、泣きそうになったの。もう大丈夫」
「そうなんだ・・・大丈夫ならよかった」
オレは、心の中に寂しさを多く溜め込んでいるんじゃないかと少し感じた。こんな少女が、生活費を稼いで一人で生活して笑顔でいる。一見、心が強いのだと感じるが、まだ14歳の少女だ。親だっていないし、施設も抜け出してきたのだから、しっかりと見てくれる人もいないんだろう、おそらく同年代の親しい友達も。きっと毎日、恐怖や寂しさと一人で戦っていたんじゃないだろうか。ずっと一人ぼっちで。
「最近サボらなくなったな、晃樹」
「ん・・・まぁ、少し真面目に授業を受けようかなって」
「この前の期末テストが悪かったんだな、さては」
「別にそうじゃねーけど、何となくしっかりしようと思っただけだよ」
オレは、授業をサボらなくなった。あの少女の事を知って以来、毎日しっかり授業を受けている。オレよりも年下の少女が、毎日を生きる事に必死なんだ。あいつの生活に比べれば、オレなんて時間を無駄遣いしたり、面倒な事から逃げたりしてるだけだ。確かに、授業を受けたって何にもならないと思うし今でも大嫌いだ。つまらない話しを聞くのは辛いし、やはり逃げ出したいと思う。だけどこの経験は今だけ、学校に通っている間しか出来ない。授業は嫌いだけどせっかくのこの時間、オレは逃げ出さず我慢しようと思った。それに、ロリータの事を思い出すと何でも我慢出来そうな気がした。
「なぁ晃樹、今日サボらない?やっとテストが終わったんだ、ゲーセン行こうぜ」
「いや、やめとくよ」
「マジでどうしちゃたんだよ・・・・つまんねーな。ホントに真面目くんになったのかよ」
「真面目になんかなってねーよ。とにかく、オレはもうサボらないようにする」
オレをよく知る友達や先生は、この変わりようには驚いている。周りがどう思おうとオレには関係ない。先生は喜んでいるようだが。
そして、一日の授業が全て終わりオレは急いで学校に出た。本当なら、友達と帰るところだが今日は用事がある。オレはバイトをしてみようと思った。部活もやっていないし、このまま帰っても暇だから、自分の小遣いを稼ごうと考えた。それに初めてあいつに会った時に、ゲーセンでかなり金を出してくれた。だから、ちょっとでも小遣いを貯めて、今度はオレの金で何かしてやりたい。ロリータは毎日、様々なものと闘っているんだ。少しでも、楽しい思いをさせてやりたい。それで、今日はコンビニにバイトの面接をしに行く。そこは、学校の帰り道に通るところにあるので、学校が終わった後にバイトが出来ればと考えている。
オレはコンビニに向かう途中、ふと思った。あの少女と出会ってから、オレは生きる事が楽しいと少し感じるようになってる気がした。やりたい事、やらなければいけない事があるからかもしれない。オレは今、一生懸命に生きている・・・そんな感じが体中を駆け巡っていた。
コンビニについたオレは、店長を呼んで店の奥で面接をした。オレは今までバイトをした事がなかった。初めてバイトの面接を受けて、こんな事を聞かれるのかと思う質問もあった。でも、オレは全ての質問に対して、自分の気持ちを素直に言った。
オレは、自分の部屋のベッドで横になっている。今日のバイトの結果は、この日の夜に連絡してくれるらしい。今日の面接の手ごたえはない。だが、緊張はしていない。しかし、よくよく考えると面接中は少し緊張していて何を言ったのかあまり思い出せなかった。それにオレは、ちゃんとした事を言っていたのかという不安も出てきた。
いきなり家の電話が鳴り出した。オレは勢いよく上半身を起こした。電話に出ようと自分の部屋を出ようとしたが、電話の音が消えた。おそらく、親が電話に出たのだろう。そう思って部屋を出るのをやめたが、すぐに誰かがオレの部屋に近づいてくる足音が聞こえた。たぶん親だろう、オレの部屋の扉をノックする。扉を開けると母親が立っていた。
「晃樹、コンビニの人から電話よ」
「ああ」
オレは電話の方へ向い、少し緊張した面持ちで電話に出た。何やら店長らしき人が話しているのが聞こえる。オレは軽く混乱してしまい何を言っているかよく分からなかったが、一つだけはっきり聞こえた事がある。「明日から早速来て下さい」オレはバイトが出来る事を確信した。
テストが終わってから、夏休みになるまではあっという間だった。授業をサボらずに、しっかりと学校に行き夏休みを迎えた。もちろん、コンビニのバイトも続けている。バイトを始めてから、自分の時間がかなり限られるようになったが、それでも学校をサボりまくっていた時に比べると、今の生活の方がいいと思う。しかし、授業をサボらなくなったから、ロリータの家に行って以来、一度もあいつに会っていない。だが、夏休みに入り少し時間に余裕が出来たので、久しぶりに会いに行こうと思った。バイトを始めた事や、給料が入ったら遊ぼうという事も伝えたい。この日の昼食前の時間、オレはあの少女と出会った喫茶店に行った。店に入った時、ロリータはいなかっが、もしかしたら来るかもしれないと思い、前と同じテーブルで来るのを待った。
しかし、いつまで経ってもあいつはここには来なかった。オレはバカだ。いつもこの喫茶店に来るとは限らない。それに、ここで会うという約束もしていない。あいつが、今日この喫茶店に来る事はないとやっと察した。しかし、オレはここで来るのを待った。ここにいれば会えそうな気がしたからだ。だが、あの少女がここに来る事はなかった。
仕方なくオレは喫茶店を出た。街を歩いてれば会えるかもしれない。ロリータ服は目立つし、見つけやすいだろう。街中を歩き回った。一緒に行ったゲーセンにも行ったし、あの大きい橋の下も見に行った。それでも会う事はなかった。結局、オレは歩き疲れて会うのを諦めた。初めからあいつの家に行けばよかった。そう思った時にはもう夕方になっていた。今から家に行っても仕事に出かけていると思うし、今日行くのは諦めよう。その時、ふと前にもらったクラブの名刺を思い出した。確かその名刺には、ロリータの携帯の番号が書いてあったな。しかしその名刺は今、家にある。それに、電話しても仕事で出られないだろう。今日は家に帰るしかなかった。明日の昼にでも連絡をしてみよう。そう思った。
その翌日、早速オレは電話をかけようとした。何故か緊張してしまう。ただ、久しぶりに遊ぼうと言うだけなのに。かなり躊躇ったが、勇気を振り絞ってオレは電話をかけてみた。
「・・・・・・・・」
つながっているのだが電話に出ない。着信に気付いていないかもしれないな。一度電話を切って少し時間を置いてかけなおす事にした。仕事で疲れて寝ているのだろう。そして、1時間くらい経ってからもう一度電話をしてみた。けれど電話に出そうな気配はない、どうしたのだろうか。その後も少し時間を空けて、何度も電話をかけたがロリータは出なかった。オレは少し心配になった。
彼女の身に何かあったのか、オレの中に不安がよぎる。そして、気になっていてもたってもいられなくなった。オレは自分の家を飛び出した。心配だ、あいつの家に行こう。家は前に一度行っただけだが、降りる駅も憶えているし、駅からも近いから一人でも行ける。オレは駅に急いだ。
ロリータは何をしているのだろうか、考えるほど不安が募る。何もない事を祈る。
駅に着いて、急いで上りの電車に乗った。降りる駅まで、それほど遠くはないのだが、今日はすごく長い時間だと感じた。少しでも早くという気持ちがあるせいか、オレは落ち着きがなかった。少し落ち着こうと大きく息をつく。次第に少しずつ落ち着いてリラックスしてきた。落ち着いて考えると、オレは悪い方に考えすぎだと思った。電話に出ないだけで何かあるなんて、オーバーに考え過ぎだったかもしれない。思い返してみれば、オレはこの前、丸一日携帯をほったらかしにしてメールや電話をシカトしてた事があった。そう思うと少し大げさだったな。
駅に着いたオレは、とりあえず家に行ってあいつに会おうと思った。せっかくここまで足を運んだわけだし、このまま帰ってしまっては時間の無駄になる。オレは、この前通った裏道に入りアパートに向かって行った。駅を降りればもう着いたようなもんだ、すぐにアパートの目の前に到着した。そして、一階にあるロリータところの扉のチャイムを鳴らした。しかし、何一つ音はしない。何度かチャイムを鳴らしてみるが、やはり無反応だ。外出中か?
「ロリータいる?オレだよ、晃樹だよ」
「・・・・・・・」
何となくドアノブに手を置き回してみた。鍵はかかっていない、扉は開いた。オレは、そっと部屋の中を覗いたが部屋は真っ暗で何も見えなかった。
「おーい、ロリータいるのか?」
おかしいと感じたオレは、声を出しながら部屋に入り進んでいく。だが、本当に真っ暗だ。とりあえず電気をつけようと思った。カーテンも閉めているようで、ほぼ全く何も見えない状態だ。オレは暗闇の中を手探りで歩き回った。そして偶然、壁に手を置いたところにスイッチのようなものがあった。オレはそのスイッチを押してみた。すると、部屋の電気がつき一気に明るくなる。
「・・・・・・!」
オレは自分の目を疑った。部屋中には、物が散乱していて前に来た部屋とは全く違う。オレは部屋を間違えたのかと思ったが、部屋のいたるところにぬいぐるみやロリータ衣装が乱雑に置いてあるところを見て、ここはあいつの部屋である事を確信した。しかし、前に来た部屋とはとても思えない。ロリータは、整頓し掃除もしっかりやっていた。それに大切であろう、ぬいぐるみやロリータ衣装も雑に置かれている。それにしても、あいつはどこにいるのだろう。恐るおそるキッチンの方へ向かった。心の中で、何となく行ってはいけないような気がしたが足が勝手に動いた。
オレは見てしまった。
ロリータは、キッチンにある冷蔵庫に寄りかかってしゃがみこんでいた。そして、首はだらんと下を向いている。
「・・・・・・・!」
ウェーブがかかったキレイな髪はぼさぼさで、着ているロリータ衣装もしわだらけだ。ここ数日、着替えすらしていないように見えた。
「おいロリータ!?大丈夫か!オレだ!」
オレは叫びながら少女の体を揺すった。すると、少女のまぶたがゆっくり開いた。しかし、上の空でオレなんか全く見ていないようだった。
「しっかりしろよ!」
オレは叫びながら、ロリータの肩を軽く叩くと、口の中から何かがポロっと落ちた。オレは、それを手に取ってよく見てみた。唾液で溶けかかっているが何かの錠剤である事が分かった。
「お前・・・何の薬飲んでるんだ?」
オレはロリータの口を手であけて、覗いて見ると口の中にはその薬が大量に入っていた。オレは慌てて口の中にある錠剤を取り出した。
「こんなに飲むんじゃねえよっ!」
すると、今の呼びかけにロリータの視線はゆっくりと定まってくる。オレは、すぐにそれに気付き必死で呼びかけた。
「オレだ!しっかりしろよっ!!」
声が聞こえたのか、ゆっくりと口が開いた。
「・・・・来てくれたんだね」
「!!」
「ありがとう・・・・私・・・寂しくて苦しい・・・死にそう」
オレはバカだ。こいつはいつも寂しくてたまらなかったんだ。おそらく、悲しみでいつ潰れてしまうか分からない状態だったに違いない。前にこの部屋に来た時に、何故そこまで気付く事が出来なかったのだろうか。オレは、橋の下で見せた涙の本当の意味を今やっと理解した。だが遅かった。オレは、いつもこいつの事を考えていたのに何も分かっていなかった。そんな自分が情けなかった。だが、今悔やんでいても仕方ない。とにかくロリータの容態が心配だ。
それにしても、こいつが飲んでいた薬は何なのだろう。オレは辺りを見まわした。すると、周りにはその錠剤ともう一種類また別の錠剤が大量に散らばっていた。そして、ふと近くに置いてあった瓶に目を向けた。
「・・・・・!」
その時、少女が口に含んでいた錠剤が精神安定剤であると確信した。更に近くにはピルケースが散乱している。おそらく、もう一つの錠剤はピルであろうと感じた。
ロリータは、精神安定剤とピルを大量に摂取していたらしい。そこまで精神的に辛かったのだろう。オレは親友という事で、少女を抱えて近くの病院まで連れて行った。医者が病名や症状について話していたが、難しくてよく分からず、何一つ覚えていない。けれど、命には別状はないと言っていたので安心した。しかし、気を失っている彼女を病院に連れて来なかったら、かなり危険な状態になっていたみたいだ。
しかし、問題はこれからだ。少女が目を覚ましてある程度体力が回復したら、おそらく家族や生活環境など尋ねられるのだろう。その時、彼女はどうするのだろうか。こいつの今後の生活はどうなっていくのだろう。
この日、ロリータはずっと病室で眠っていた。オレ長い時間そばにいたが夜になり、この日は一度家に帰る事にした。
帰り道、今日の出来事がショックでずっとあいつの事を考えていた。とにかく明日も病院に行こう。そして謝ろう、オレは自分の事しか考えていなくて、あいつがいろいろ悩んでいた事に気付けなかった事を。もし、あいつがよければ明日もそばにいてあげよう。それが、オレに出来る精一杯の事だから。
そういえば仕事はどうなったのだろうか、やらなきゃ生活は出来ないし。考えれば考える程、心配になっていく。しかし、話しはあいつが目を覚ましてからだ。今オレ一人が考えたってどうしようもない。オレは、明日が来るのを待つしかなかった。
オレは家に着き自分の部屋に行こうとした。すると、いきなり母親がオレを呼び止めた。
「晃樹、ちょっと前にバイト先から電話が来てたわよ」
「あ・・・今日、夕方からバイトだった。すっかり忘れてた」
家の時計を見ると、バイト時間はとっくに過ぎていた。
「何か携帯に電話してもつながらないって、家にかけてきたわよ」
「分かった・・・・後で電話して謝っとく」
オレはそう言って自分の部屋に向かった。部屋に入り携帯電話の電源をつける。病院にいるときは電源を切ってたから、コンビニからの電話が繋がらなかったんだ。オレは、すぐにバイト先のコンビニに電話をした。
「もしもし店長ですか?・・・・浅野ですが、今日は申し訳ございません」
とにかく店長に謝った。そして、ついでにかなり迷惑なお願いをした。明日から一週間休みをお願いしたのだ。それを聞いた店長は初めはすごく怒ったが、友達が入院したという事を告げたら渋々休みをくれた。オレはしばらく病院に通うつもりだ。ロリータが退院するまではそばにいてあげたい。
次の日の朝、オレは早速病院に出かけた。あいつが目を覚ましているか気になって仕方ない。病院に連れてこられた事も知るはずもないから、目を覚ませば混乱して怖がってしまうのではないか。それが心配だった。
病院に着いたオレは、少女のいる病室に向かった。そしてノックをしてゆっくり扉を開ける。
「・・・・・・・・・」
ロリータはまだ病室のベッドでぐっすり眠っていた。オレは静かに歩み寄り、寝ているベッドの隣にあるイスに腰をかけた。そして見守る事に。そういえば、ロリータ服以外の服を着ているところを初めて見る。布団をかけて肩ぐらいしか見えないが、おそらく病院の患者用の服なのだろう。
顔も少しやつれているように見える。この小さい体で、いろいろな苦痛に耐えて来たのだろう。オレには絶対に出来ない。そう思うとものすごい少女だ。
すると、いきなりロリータの肩が動いた。
「ロリータ・・・・?」
まぶたはゆっくりと開いた。
「・・・・・・・・」
少女は、天井を見上げたまま動かなかった。そして、少ししてから口を開いた。
「ここ・・・・どこ・・・?」
「病院だよ」
「晃樹くん・・・なんで・・・病院に?」
「お前、丸一日寝てたよ」
「え・・・?」
ロリータの意識が戻ってきてから、オレは昨日の出来事をゆっくり話した。これには流石の彼女も驚いている。
「私、家で気を失っていたなんて・・・信じられない」
「最初は驚いたよ。真っ暗な部屋の中でしゃがみ込んでて・・・」
「・・・そうだったんだ」
「それより、どうして精神安定剤なんかを持ってたんだ?」
「買ったの。何だかすごく寂しくて耐えられなかったの。で、いつの間にかそれが嫌になってきて・・・すごくおかしくなっちゃって、それで飲み始めたの」
「自分の変な気持ちを落ち着かせようとして買ったんだな」
「それで、薬を飲んでも効いているかよく分からなくて不安で・・・いっぱい飲んだのをおぼえてる」
「そうか・・・・」
「たぶんピルは、精神安定剤を飲んでる時に区別がつかなくなって飲んでたんだと思う。仕事の事でほぼ毎日ピルを服用してたから、いっぱい持ってるし」
「・・・・仕事はまだしてるの?」
「うん。何日か休むって伝えといた」
すると、ロリータはニッコリと笑顔を見せた。
「晃樹くん、ありがとう。おかげで助かったよ」
「それは・・・・・違う」
「え?」
「一人でいる事が辛かったんだろ。お前をそこまでさせたのは、オレのせいだ」
「・・・どういう意味?よく分からないよ」
「前に家に行った時に、今にでも崩れそうな状態だったお前に、気付いてあげる事が出来なかった。橋の下に一緒に行った時だって泣いてたじゃねーか。オレは、本当の気持ちを分かっていなかったんだ」
「だからって・・・晃樹くんは悪くないよ」
「オレが早く気づいていたら、ここまで傷つく事はなかった」
「・・・・・・」
「ごめん・・・・・ロリータ」
その後、しばらく沈黙が続いた。少女は寝ながらずっと天井を見つめている。こいつがオレをどう思っているかは分からない。もう友達と思わなくてもいい。オレのせいでこうなってしまったのだから。
「あーお腹すいた!」
いきなりロリータは大きな声で言った。しばらくの間、この部屋はしーんとしていたので彼女の声はよく響いた。オレは顔を見ずにうつむいていたので、突然の大きな声に少しびっくりした。
「お腹すいたよ〜チョコレートパフェ食べたい!晃樹くん、お願い買ってきて」
「はぁ?」
「最近、甘いものぜんぜん食べてないから食べたいよ」
「・・・冷たいもの食べて平気なのか?医者に怒られるぞ」
「平気だよ。医者なんてバレなきゃ大丈夫。だからお願い買ってきて!私、寝てるフリしてるから」
「本当にいいのかよ?」
「甘いもの食べないと死にそうだよぉ!チョコレートパフェ食べたーい!」
「分かった、買ってくるから静かにしろよ」
仕方なくオレは部屋を出る。あいつの目はマジだったので、止める事は出来ないと悟った。流石にチョコレートパフェは買えないので、病院にある売店で小さなアイスクリームを買う事にした。それより、あの様子の異常な変わり方は何だ。心配してほしくないと、わざと元気な姿を見せているのか・・・よく分からない。
オレは、アイスを買って再び病室に入った。
「冷たいの買ってきたよ」
ノックをして扉を開けてそう言うと、ロリータは勢いよく上半身を起こした。
「いきなり起きて大丈夫なのか・・・?」
「うん、いっぱい寝たから大丈夫。チョコレートパフェは?」
買ってきたアイスクリームを少女に渡す。
「パフェじゃない・・・・」
「いくらなんでもパフェは売ってないよ、アイスで我慢してくれ」
「だったらもう少し大きいのが良かった」
「ダメだ。お前は入院患者だ。まず、勝手に患者に食べ物をあげるなんてマズイだろ」
「分かってるよ。でもせっかく買ってきてくれたから食べよ〜っと」
ロリータはアイスクリームを食べ始めた。何か食べている時の顔はやっぱりすごく子どもに見える。そんな様子を見ていると、さっきまで沈んでいた気持ちが和らいでいく。
「・・・晃樹くんは悪くないよ。私がこうしていられるのは晃樹くんがいたから。助けてくれた時すごく嬉しかったよ。何となく覚えてる」
「ロリータ・・・」
「だから、私が退院したらまたゲーセン行こう。そしたらまたいっぱいお人形取って」
その時、オレの目から涙が零れた。呆然としていた。ふと我に返ると、少女はじっと見ている。オレは慌てて涙を拭いた。
「泣いてるの?」
「違う・・・・泣いてなんか・・・・」
しかし、目からはどんどん涙が流れる。
「晃樹くん?」
「・・・お前は何でそんなに明るく振る舞えるんだ?昨日、家に行った時だってお前、寂しくて苦しいとか死にそうって言ってた」
「・・・そんな私を見てると可哀想だと思うの?」
「そんなんじゃない・・・・お前は苦しいんだろ?孤独でありながらも、いろんな事に耐えて強い人だと思う。でも、どんなに強くても辛さや苦しさを感じているんだ。だから助けてとか言ってくれよ、橋の下にいた時みたいに泣いてくれよ・・・・じゃないとオレ、心配で・・・・」
すると、ロリータの瞳からも涙がポロポロ零れた。
「・・・・どうした?」
「晃樹くん、しばらく泣いてていい?」
「ああ」
オレがそういうと、ロリータは思いっきり大きな声で泣き出した。こんなに激しく泣くんだな、子どもみたいに。今まで生きてきた全ての苦しみや悲しみを、洗い流すように泣き叫んでいる。オレの目の前で、初めて本気で泣いて弱みを全て見せた少女だった。そしてオレも泣いた。もう二度とロリータを傷つけない。
オレらは何時間か泣き続けた。もう涙は出ない。そして、泣き止んだころには少女の顔は赤くなって腫れ上がっていた。オレも目の周りがヒリヒリしている。おそらく、オレの顔もこいつみたいに赤く腫れているんだろう。
「・・・・泣き疲れたな」
「うん・・・もう涙出ないよ・・・晃樹くん、変な顔」
「お前も」
すると、ロリータはニッコリと笑った。
「めちゃくちゃ泣いたらすっきりした・・・」
「そうだな、てか何でオレまで泣いてるんだよ」
オレらが大泣きしている時、この病室に何回か医者が来たが、オレが泣きながら「後にして下さい」と言うと、すぐ病室から出て行ってくれた。よく分からないけど気を遣ってくれたのかも。
「ねぇ晃樹くん、一つだけ言わせて。私を傷つけたって言ってるけど、私は本当にそんな事思ってないよ。確かに、ずっと会ってなかった時は寂しかった。けど昨日、私を助けてくれて嬉しかった。ありがとう」
「・・・・」
「本当は私が謝らないと・・・わがままいっぱい言ったし、昨日みたいに心配かけた。ごめんなさい」
「オレの事はいいんだ。悪いのは・・・」
「もうこの話はやめよう。埒が明かないよ。お相子って事にしようよ」
「ロリータ・・・」
「だから、これからも今まで通りに接してよ。そうじゃなきゃ私、ホントに生きていけない。私には晃樹くんしかいない・・・」
「・・・分かった、もうやめよう。今まで通り接するよ」
オレたちは笑った。
「実はオレ、最近コンビニでバイトと始めたんだ」
「えっ晃樹くんが!じゃあ、今度そのコンビニに買い物に行こっと」
「あ、でもしばらく休みをとったんだ。お前がよければ、退院するまではそばにいたいから」
「ホントに!私は構わないよ。嬉しいなぁ」
「そうか、ならよかった・・・なぁ、ロリータ」
「ん、なぁに?」
「もう少ししたら、バイトの給料が入るんだけどさ。お前が元気になったら、どこか旅行にでも行かないか?今度はオレの金で」
「えっ行きたい!」
「まだ、何も行くとことか考えてないけど」
「そんな事いいよ、いつでも決められるじゃん!じゃあ一緒にどこか旅行に行こう、約束だよ!」
「ああ」
ロリータはすごく喜んでくれた。オレは嬉しかった。
「ねぇ晃樹くん、私の本名知りたい?」
「え、いや・・・・いいよ」
「何で?知りたくないの?」
「・・・・」
「知りたかったら教えてあげるよ」
「・・・今はまだ、知りたくない」
「えっ?どうして?」
「・・・・」
「晃樹くん・・・?」
「ロリータって方が合ってるし、オレはいいと思ってる。とりあえず、そう呼んでいたいんだよ」
「ふーん」
彼女は納得していなそうな感じである。だが、これで納得してもらわないと困る。
「あのさ・・・ロリータ」
「なぁに?」
「・・・やっぱいい、なんでもない」
「何それ、言いかけといて気になるよ」
「そうだな、ごめん」
「晃樹くん、何か変だよ」
確かにオレは何か変だ。この変な感じは、自分でも分からなかったが段々と気付いてきた。もしかしたら、こいつの家に駆けつけた時からそうだったのかもしれない。こんなにもロリータの事を考えて、必死になって助けたいと思ったんだから。でも言えないな、もしこいつが、そんなオレを知ったらきっと可笑しくて大笑いをするだろう。
分かるよな、オレはロリータの事が・・・・
「私は晃樹くんの事が好きだよ」
「え・・・」
不意打ちをかけられたようでオレは呆然とした。しかし、すぐに我に返り当たり前のように混乱した。
「顔が赤いね・・・驚いた?」
言葉に出せなかったけど、めちゃくちゃ驚いた。ようやくオレが発した言葉は「どういう意味?」だ。
「愛してるってこと」
彼女は、微かに頬を赤らめたが堂々としている。そんな姿を見ると恥ずかしくなってくる。
「あ、あのさ・・・オレも・・・・」
「でもね、晃樹くん」
「でも・・・?」
「これは告白じゃないよ」
「・・・・」
「私は、仕事で多くの異性関係を持ってる。でも、これからも生活するために仕事をするわ。淫らでしょ?私はそんな自分が大嫌いなの。だから、好きな人と一緒にいてこんな仕事をするのも私自身許せない事なの。だから、告白はしない」
「・・・なるほど」
「だけどね、この仕事をずっと続ける気はなくていつかは辞める。だからその時まで、晃樹くんの事は我慢する・・・」
「なぁ実はオレ、学校の授業をサボらなくなったんだぜ」
「晃樹くんっ!私は真剣に話してるのよ!告白じゃないって言っても・・・私は・・・」
少女はいきなり怒り出した。確かにオレは、突然話を変えたように思えるかもしれない。けれど、決して話を変えたつもりはない。
「真面目に聞いてるよ、オレの話も聞いてよ」
ロリータは膨れっ面でオレの事を睨んでいる。
「まぁ何だ・・・オレは特に何かやりたい事とかなくて、授業サボってばっかだったんだけど・・・しっかり授業を受けるようになったんだ。でも、勉強したって実際に役に立つとは思わないし、今でも大嫌いだ」
「・・・?」
「悔しいけど、大嫌いで役に立たない事でもやらなきゃ何も出来ない事もある。だから、オレはしっかり授業に出るようにしたんだ」
ロリータは、オレが何を言いたいのかを全く分かっていないみたいだ。すごく不満げな顔をしているのがよく分かるが、それでもお構いなしに話を続ける。
「それでオレ、自分のやりたい事を見つけて何か仕事をしたい。そして、仕事が出来るようになったら、お前の仕事を無理矢理にでも辞めさせてやる。でオレ、ロリータと結婚したいなぁ・・・なんて」
「・・・!」
「オレが一人前になって、お金を稼げるようになったらお前を迎えに行くかも。そしたらロリータを幸せにする。もう二度と悲しませない。本名はその時にでも教えてくれればいいや」
「・・・私、超驚いた」
「オレも・・・」
「・・・ありがとう、晃樹くん。じゃあマジで楽しみにしてるからね」
「ああ」
恥ずかしかったが、ロリータは笑わずに聞いてくれたからよかった。
「あ、それと旅行も行こうね。晃樹くんのお金で」
「もちろん」
そして、オレたちは今までで一番でかい声で大笑いをした。部屋の外を歩いている医者に怒られても構わない。そんな事気にせず笑いまくった。
ロリータはすごい少女だ。
小さな体で、様々な事に耐えてきた事がすごいんじゃない。何にもやる気が起きなかったオレを、こんなにも前向きに生きようとさせてくれた、そんな不思議な力みたいなものがすごいんだ。前向きに生きようと思った時から、オレは生活する事が楽しい。だからオレは、ロリータのために出来る事をしていきたい。今度は一緒に楽しい生活が出来るように。
彼女とは、これからも友達として接していくだろう。でも、いつかはマジで迎えに行くつもりだ。そしたら本名も聞こう。まだまだ先の見えない話だけど・・・オレが必ず、ロリータを幸せにする。
そして、オレは言う事が出来なかったけど、その時には正直にしっかりと言えるようにしておこう。
“ロリータのことが好き”という事を。絶対に伝えてやる。
だから待っててね、ロリータ。