007
鬼。
日本古来より、強靭な体躯と、虎の皮の腰巻や、褌。また何よりも、それらよりも秀でて、異常であると分かる、角を持つとされる、化物。
力任せに暴れ周り、人を襲っては食らい殺す。
また、却って、地獄では、閻魔大王に付き従える獄卒として、亡者を呵責しているという。
「鬼。陰だとか、隠が由来なんだけどね。鬼は悪者だと思われがちだけど、彼らを神として崇めている人達だっている。それに何より、鬼っていう言葉だけで、悪逆非道、傍若無人って、感じがするだろ?人間共通の感覚さ。さらに言えば、中国の追儺、所謂節分の豆まきだけど、それだって皆、然も当たり前のようにやっているだろう?ちなみにあれは豆と魔目、また魔滅をかけてるんだけど、まぁそれはいいか」
「……つまり、どういう事?」
ふふん、と笑って、天は言う。
「つまり、だ。鬼は、陰や隠と言ったように、俺達の日常や風習のみならず、どこにでも居るのさ。街の中にもゴロゴロいるね」
どこにでもいる。
人ならざる者が。
「いや、待ってくれよ。鬼だぞ?第一、そんなの本当に──」
「いるんだよ」
僕の言の葉を遮るように、ぴしゃり、と言われた。
「いるのさ、本当に。現に、お前は会ってしまったんだよ、日向蓮。今更、そんな体に──いや、そんな魂だけの姿になって、信じられないとでも言ってみせてくれるってのか?」
「………………」
確かに、そうだ。
僕は、会ってしまったらしい。
鬼と。
どこにでもいる。
人との、判別もつかない、鬼と。
いつだろう。
いや、若しかすると。
いつから、なのかもしれない。
にしても、だ。
「鬼に怨まれると……何で、燃やされるんだ?鬼といったら、いくら変化能力があると聞かされても、やっぱり金棒やら、その恵まれた体躯を駆使するってイメージがあるんだけど」
天は頷く。
「うん。それは合っている。でも、鬼はそれだけじゃないのさ。アイツらは、知ってか知らずか、ある物を生み出せるんだよ」
天は、勿体ぶるように一息ついてから口を開いた。
「鬼火。名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
鬼火。独りでに空中を浮遊する、正体不明の火の玉。
「鬼火、って人魂とか、狐火とかと同じような?」
「違う違う、確かに傍から見れば同じかもだが、全然違う」
「ふぅん」
鬼火、かぁ。
相手を火傷状態にしそう。
なお根性には注意。
天は「それはさておき」と言い、さらに続ける。
「鬼火というのは、本来、鬼が昂った感情を暴走させないように、外に放出した、感情の思念体なんだ。暴れたい、と思えば辺りでボヤを起こすし、飯が欲しいと思えば、人を連れ去ったりもする。謂わば、鬼の隷属だな。まぁ、必ずしも従ってくれるのかと言えば、そうでもないらしい。あくまで、その時の自分の感情の写鏡であって、自分ではないだろうしね」
昂った、感情。
その──思念体。
僕を襲った、鬼の感情。
「……じゃあ、つまり」
僕は、鬼に。怨まれた。
怨まれた、と言えばそれだけだが。
具体的には違う。
「『日向蓮を殺したい』という溢れんばかりの殺意が産んだ、鬼火の仕業、だな」
殺意。
僕に向けられた、明確な、殺意。
「だから、燃えたのは、僕だけ……」
鬼の感情の、写鏡。
明確な殺意に、的確に応えた。
その結果、僕だけを、日向蓮の肉体だけを、焼き殺した。
一切の無駄なく。
「人体自然発火現象。蓮はそう言っていたけど──これは、立派な殺人だよ。言うなれば、人体作為発火事件、かな」
──四月十九日、火曜日。僕、日向蓮は、鬼の殺意に、殺された。