005
「おっと、初対面なのに、無礼だったね。悪い悪い」
男は、にこにこと笑顔を浮かべながら、フードを脱いだ。
まだ少し、幼いようにも見える顔立ちに、黒──どちらかと言えば灰色の髪と、やはり、赤い目が特徴的で、先のイメージ通りに、本当に僕と同い年、若しくは、少しばかり歳が下に思えた。
「き、君は……?」
「俺か?俺は桔梗ソラだ。怪奇現象専門の探偵をやってる」
どこからともなく名刺を出すが、僕に見せることなくすぐに仕舞った。死人にそんなのを渡したところで仕方ないし、当然といえば当然だ。
「──空?」
「あ、お空の方の空だと思ってんだろ?そうじゃなくて、天変地異の、天、の字で、天だ」
何だその例。もう少し普通なのあるだろ。晴天とか。
まぁ、晴天という気分ではないけれど。
どちらかと言えば曇天。
「それで……天は何してるんだ?……他人の家で」
「何って、捜査だよ。捜査。探偵だからな」
捜査?
「いや、そんなの呼んでなければ、呼べもしないんだけど。それに、怪奇探偵だなんて胡散臭い肩書き知らないし」
「胡散臭いって言うな!どうせ、探偵って職業自体信用してないだろ、お前?」
「んぐっ」
それはそうだ。
探偵。漫画や小説の世界では、まるで金を払えばなんでも調べてくれる便利屋って感じだけど。
実際、現実で困ったから探偵に頼ろう、なんて思ったことはない。
二次元の中だけのヒーロー。そんなイメージ。
しかも、怪奇探偵。
怪奇現象専門の、探偵……ということなのだろうか。うん、胡散臭い。絶対に詐欺の類だ。
信じられるか!
「はー……やっぱダメだなぁ。まずは、そういう所のイメージアップが必要だよなぁ……」
天はため息をして、少し項垂れた。
でも、この男には、僕が見えている。声が、届いている。それだけで、信用する価値はある。
と、思う。
だが。
「いや、僕死んでるし、今更捜査されても、仕方ないっていうか……」
「死んでないぞ?」
天は即答した。
「────」
今、なんて言った?
死んでない?
「いや、さっき死んだって……」
「そりゃ、お前がそう思ってるだろうから、そう言ったんだ。お前も言ってたが、死んだ人間の力になったって、しょうがないだろ」
お金とか、と顔を背けながら小声で呟く天。
聞こえてるけど……?
「──さて、こっからは仕事の話だ。お前さんが俺を雇うのならお前さんを──まぁ、平たくいえば、生き返らせてやる。」
「そんな事出来るの!?」
恐るべし怪奇探偵。
「まぁ、厳密に言えば違うのかもだが、そんなところだね。勿論、金は貰うよ」
まぁ、そうだろう。
お金、か……あまり手持ちに余裕はないのだけれど。
「い、いくら?」
闇医者のように大金を支払わされるパターンなんだろうなぁ……なんと言っても人の命だし。と、僕は思った。
「うーんと──五万かな」
逆の意味で思いがけない金額に、力が抜けた。
「安いな僕の命!?」
日向蓮、十七歳。僕の命は、五万ぽっきり。
何だろう。安いことに感謝していいのだろうか。あれ、もしかして、バカにされてる?怒るべきところなのか?
「まぁ、さっきっから言ってるけど、死んでないからな、お前さん──あぁ、そうだ、名前聞いてなかったね」
「……ひ、日向、蓮……です」
「日向蓮、ね。じゃあ、おあつらえ向きの言葉を言わせてもらおうか。蓮──生き返りたいか?」
「ッ……!」
まさかの展開だった。美少女でも、能力覚醒でもなく。異世界での二度目の人生でもなく、怪奇探偵に救われるらしい。同世代の、男に。
なんか少し、嫌かも。華がない。
でも、華は無いが──断る理由も無い。
「もちろんだ」
「よし!──ほれ」
僕の前に手が差し出された。
少し、動じてしまった。
「……いや、僕、触れないし……」
「違う違う。触れないんじゃない。触るんだ」
安心しろ、と続けて言った。
さらに天の手が伸びる。
僕も、恐る恐る、手を伸ばす。だが、引っ込めてしまう。
あの感覚は、とても、怖かった。
自分が、異常であると、叩き込まれた。
お前は、生者に、二度と、関われない。
何かに、そう、言われたような気さえした。
ため息を吐き、天は「仕様がないな」と呟いた。
手を、握られた。
「差し出された手は、掴まないと勿体ないんだぜ?」
手の持ち主は、ふふん、と笑った。
他者の、温もり。魂だけの僕が、温もりを感じるのか。
それにしても、久々に、握手なんて、したかもしれない。
「よろしくな、蓮。安心しろ、俺にまるっと任せとけ」
「──はは、うん。任せた。怪奇探偵」
何かが目を伝う感触がした。もう、出ないんじゃないかと思っていたソレが。頬を伝う。
──なんだ、まだ、出るんじゃないか。
なら、諦めるには、早いのだろう。
人生を諦めていたとしても、まだ、生きたいと思ってしまうのだから。
会いたい人がいる。会わなきゃいけない人がいる。
「さて、捜査再開だ」