003
なんで、この人は笑ったのだろう。僕の声が届いた?この人にだけ?いや、単に、ここにいる全員が、ただ、本当に無視していただけではないだろうか?
そんな事さえ思ってしまう。
いや、違う。そうじゃない。
そうで、あってもらわなければ、困る。
僕は続けた。
「なんだ、聞こえているのなら、ちゃんと反応してくださ──」
「どうした……?」
……遮られた。
……この金髪長身、意識的に僕の言葉を遮ったんだよな……いや、酷いヤツだな!?
「いや、ごめんごめん。思い出し笑いしちゃった」
──思い出し笑い?
いや、僕の方見てただろ?
あと当然のように無視するな!
だいぶ、心の中だけの空元気も空回ってきた。
そろそろ、辛くなってきた。
「えー? なになにどんな事、モモちゃん?」
「ふふ、秘密」
「なんだよーそれ。いいじゃんかよそれぐらいー」
モモと呼ばれたピンク髪の女と、赤髪の男が話していると、長身の男は溜息を吐いてから、その目を一層細め睨みつけるように二人を見る。
「おい、騒ぐな……周りの住人が来ると面倒だ」
「分かってるわ……ふふ、ごめんなさいね」
ここまで、誰かにコケにされたことがあっただろうか。
「……もういい」
そこまで無視するというなら、僕にだって考えがある。
話を聞いてもらえないなら、反応をしてもらうには。まだ、出来ることはある。
「まーた、レーダーの誤作動なんすかねぇ」
「さぁね。どうであれ、一旦本部に戻った方がいいんじゃない?ここ……何も無いし」
何も、無い……?
「……そうだな……」
そうだな、で片付けられてたまるか。
金髪の男との距離を詰め、はっきりと、聞こえない筈のない、明瞭な声で、叫んだ。
「僕を見ろ!なぁ、見ろよ!見てくれよ!……頼むから……!」
クラスメイト全員に、無視される類のいじめがあるらしい。
そんな事、よく平気で出来るよな、と思った。僕は三人相手でさえ、死にそうな程に、苦しい。もはや、誰からも認識されない事が、酷く、辛かった。吐き気がする。悪寒がする。透明人間だとしても、声は届くはずだ。無視されているだけでも、近寄って、大声を発せば、嫌でも反応するはずだ。
──なら、それでも駄目な時、どうするか。
僕は、拳を、強く、握った。
簡単だ。
物理攻撃。肉体接触。
特に、殴りかかってきたら、流石に避けるなり、反撃するなりの反応があるはずだ。
「いい加減に……っ!」
そう、考えた。
そう、思っていた。
相手の腹部目掛けて放った僕の拳は、いや、それだけではなかった。僕の体全体は、いとも簡単に、そうなるのが当然のことのように、男の体をすり抜け、地面に突っ伏してしまった。
地面に勢いよく倒れたが──痛みはなかった。
それと同時に、否でも応でも、理解させられた。
漫画や映画で、ゴーストになってしまった人間が、友人や街ゆく人に体をすり抜けられるアレだと。
僕は、魂だけになっていた。霊体というヤツだ。
やはり、死んでいた、らしい。
三人の黒服は、用が済んだのか、部屋から出ていく。
その足を掴もうと手を伸ばしたが、すぐにやめた。
そんな僕の様を見て、桃髪の女は、鼻だけで笑ってから、僕へと顔を寄せて「可哀想」と呟いた。
霊感と呼ばれる類でもあったのだろう、彼女だけは。
仲間に言ってくれてもいいのに。酷い奴だ。
そうして、部屋から、生者は一人もいなくなった。
──一人の死者だけを残して。
そして、今に至る。