拷問用魔道具
「初めまして! 今日からここで生活することになる菅原虎太郎だ! 好きな物はイタズラ、趣味もイタズラだ! 異世界から来たばっかりで迷惑をかけることもあるかもしれないが、よろしくな!」
俺の自己紹介を聞いてもぽけーっとしていたモヤシくんとボウズくんだったが、やがて話が飲み込めたのかモヤシくんが口を開いた。
「…………もしかして、さっきまでのって全部君が?」
「そうだぜ! 創意工夫を凝らした全力の挨拶だ! 楽しんでくれたか?」
「へぇ、そう。つまりは君の悪ふざけだったわけだ。そんな悪ふざけに巻き込まれて、僕はあんな思いをするハメになったんだ。ふぅん、そうか」
あ、なんだかやばそうな雰囲気。モヤシくん、キレると怖いタイプ?
モヤシくんの色白な肌には血管が浮かび上がり、血が上っているのか顔はうっすら赤い。誰が見てもブチ切れていると判断する状態だ。
ボウズくんも立場は同じはずなのに、モヤシくんの怒気に押されて萎縮してしまっている。
「ロボト、アレ持ってきてよ。昨日見せてくれたやつ」
「あ、アレでありますか? でも何に使うのであります?」
「ちょっとお仕置きに使おうかなぁって。まぁとにかく持ってきて」
「りょ、了解であります!」
ボウズくんはビシッと敬礼してから寝室へと走っていった。ボウズくんがいなくなって、モヤシくんと2人きりになった。モヤシくんはハイライトが消えた目でじっと俺を見つめてくる。瞬きすらもせずに、ただただ見てくる。
居心地が悪くなって目を逸らそうとすると、ガシッと上から頭を掴まれて目を覗き込まれた。
ボウズくん! 早く戻ってきてくれ! 俺はこれ以上この空気に耐えられる自信が無い!
俺の願いが届いたのか、ボウズくんが寝室から戻ってきた。モヤシくんは俺の頭から手を離し、顔を上げた。
た、助かった……。
ほっと一息ついて、救世主であるボウズくんを見ると、彼は病院でよくあるベットのようなものをカラカラと引いてきていた。
「な、なぁボウズくん。それ、なんだ?」
お仕置きに使うって言ってたし、何か危険なものなんじゃ……。
「ぼ、ボウズくんって我輩のことでありますか……? いやそれよりも、この発明のことが知りたいのでありますね!?」
ボウズくんは怯えた表情から一転、目をキラキラさせて水を得た魚のように勢いよく語り始めた。
「これは我輩がここ最近寝る時間も惜しんで開発した魔道具でありまして、その効果はなんと回復魔法を延々とかけ続けるというものであります! これの活用方法は幅広く、応急処置から本格的な治療までの繋ぎ、
果ては日々の疲れを癒す道具としても使えて――――」
「ロボト、ストップ」
「はい! 我輩黙るであります!」
苛立たし気なモヤシくんの言葉にボウズくんがビクンと震えた。再び敬礼して、銅像のごとく直立不動になった。
「じゃあ、コタロウだっけ? そこに寝転がって」
「俺をベットに寝転がらせて、男二人がかりでナニする気だ! やめろ! 俺にそんな趣味は――」
「早く」
「……はい」
くそっ、目が笑ってない笑顔で静かに言われたら逆らおうという気すら起こらねぇ。何だよこいつ、怖ぇよ。
これ以上軽口を叩くことも出来ず、渋々用意されたベットに寝転がる。
「ロボト、起動して」
「了解であります!」
ボウズくんはベットに取り付けられた水晶のようなものに手を当てた。途端に体が温かいものに包まれて、心地よくなってくる。
このまま寝てしまいたいくらいだが、冷たい目で睨み続けているモヤシくんがそれを許さない。
「そ、それで、俺に何をするつもりなんだ?」
「大したことないよ。アイアンクローをするだけさ」
アイアンクロー……? 俺はモヤシくんの真っ白で今にも折れてしまいそうなくらい細い腕を見た。こんな手でアイアンクローをされたところで痛さなど感じないに違いない。
「そうかそうか。存分にやってくれたまえ! モヤシくんのか弱い握力なんていたくもないと思うがね!」
ベットに仰向けになったまま腕を組んでそう言った俺を、何やら憐れむような目で見てくるボウズくん。
? 何でそんな目をするんだ?
「モヤシ、くん……? へぇ、僕のことそんな風に思ったんだ。これはますます遠慮する必要がなくなったね。じゃ、思いっきりいくよ。スキル《怪力》、発動」
「へ? 怪力? 何言って――――ガッ!?!?」
ミシミシミシと音を立てて指がめり込んでくる。頭が潰れそうな痛みに意識を失いかけた瞬間、再び温かいものに包まれて痛みが消えた。
だが息付く暇もなくモヤシくんのアイアンクローが俺の頭を襲う。思考をすべて埋め尽くすような激痛に意識が遠くなる。だがそれをベット型の魔道具が癒し――そんなループを続けること1分。痛めつけて治す、そしてまた痛めつけて――ってこれ拷問じゃねぇか!
「そ、そろそろ許してあげてもいいんじゃないでありますか?」
ボウズくんがモヤシくんの顔色を伺いながら提案した。
おぉ! ボウズくん! あなたが神だったのか。ないのかあるのか分からない言い方だけど、感謝するよボウズくん、いやボウズ神! 君は俺の救世主だ!
「……そうだね」
俺はようやくモヤシくんの手から解放された。
あぁ、頭が締め付けられていないというのはこんなにも素晴らしい事だったのか。今まで気づかなかったぜ。
「よし! これでさっきのはチャラってことで! それじゃあ改めてよろしくね、コタロウ。僕はマハトだよ。で、こっちがロボト」
さっきまでの冷ややかな目はどうしたのか、モヤシくんは爽やかな笑みでこちらに手を差し出してくる。俺は呆気にとられたままモヤシくんと握手をした。
「ロボトであります! 趣味は魔道具作りであります! コタロウ、これからよろしくであります!」
続けて差し出されるボウズ神の手。俺はその手を取らずに地面に跪いた。
「なにしてるでありますか!? 頭をあげるであります!」
「それはできません。ボウズ神は私の命の恩人でございますゆえ。あそこでボウズ神が止めてくださらなければ私の命はなかったでしょう。ですからご尊顔を拝するなど恐れ多く……」
俺は視線を地面に向けたまま慇懃に答えた。
「ボウズ神ってなんでありますか! やめるであります! ルームメイトなんだから、仲良くするであります!」
お優しいボウズ神は光栄にも私ごときに対等でいようと仰ってくれた。ボウズ神の御厚意を無下にするわけにはいかない。俺はすくっと立ち上がるとボウズ神の肩に手を回した。
「そうかそうか。じゃあよろしくな! ボウズくん! いや、魔道具作りが趣味って言ってたし……そうだな、うん、メカ! ボウズくんの事はメカと呼ぶことにしよう! よろしくな、メカ!」
魔道具は元の世界でいう機械みたいなものだろうし、メカでいいだろう。
メカは急にフランクになった俺を見て目を白黒させている。
「なんなんでありますか……ほんとに……。異世界からの訪問者は変人ばかりなのでありますか……?」
俺はブツブツと何かを呟いているメカを無視して、モヤシくんの方を見る。
「モヤシくんはそうだな……うん、やっぱりモヤシくんはモヤシくんだ!」
「酷いなぁ。確かにひょろっとしてるのは認めるけどさ」
あれ? 怒らない? なるほど、モヤシくんはキレると怖いが、ちょっとやそっとの事じゃキレないってことか。怒りの沸点が高いんだな。
「モヤシって、俺の元いた世界じゃ萌やしって字で書くんだ。表現しづらいんだが、可愛いに近い意味があるんだぜ。だからモヤシくんってのも褒め言葉なわけだ」
「可愛いって意味でも嫌だけど……まぁいいか」
微妙な顔をしていたモヤシくんだったが、吹っ切れたのかどうでも良くなったのか、モヤシくんの愛称を受け入れることにしたようだ。
「それじゃあ……トランプでもする?」
モヤシくんはちゃぶ台に置いたままになっているトランプを見てそう言った。
くふふふ、よもや俺にトランプで挑もうとは。命知らずなヤツらめ。俺はトランプは大得意なんだよ!
俺は黒い笑みを浮かべながら席についた。