幽霊なんていない!いないったらいない!
この扉を開けるとルームメイトとの記念すべきファーストコンタクトになるわけだ。となると適当に済ますわけにはいかない。何事も初めが肝心だからな。
……よし、このプランで行こう。
こっちの世界が家の中は土足なのかがはっきりしなかった為、靴を脱いで鞄に入れた。
俺は深呼吸をして、背筋を伸ばし、礼儀正しく扉を三回ノックした。
「はーい、どちら様ですかー?」
ガチャりと扉が開き、中から色白で白髪の少年が出てきた。俺は即座に開いた扉に身を隠す。少年はしばし廊下をキョロキョロと見回した。
「あれ? 誰もいない?」
少年が戻ろうとした瞬間、俺はタライ召喚を部屋の中で発動した。
ガァン!
2個同時召喚したタライはぶつかり、大きな音を立てた。その直後にタライを消滅させて証拠隠滅をはかる。
「何の音!?」
少年は慌てて部屋の奥に引っ込んだ。扉も閉めずに。俺はその隙に部屋の中へと体を滑らせ、身を隠した。
よし、作戦の第一段階は成功だ。やってることは不法侵入だけど、ここは俺の部屋になるらしいし、まぁ問題は無いはずだ。
俺は少年が鍵を閉めに戻ってくる前に部屋の奥へと進んだ。ここの住人に姿を見られることなく、この部屋の間取り、家具の位置、そして住人の数を確認する。
玄関から進んで、右に曲がれば右手にトイレ、前方に洗面所。玄関から真っ直ぐ行けば8畳程のリビングがある。洗面所を左に曲がればキッチンがあって、そこからもリビングに繋がっている。
寝室にはリビングの奥から行ける。どうやら寝室は一部屋だけのようだ。
寝室が狭くて置けないのか、クローゼットがリビングに設置されていた。
住人はさっきの病弱そうな真っ白モヤシくんと、小柄で背が曲がった、坊主頭でツルツルの少年だけのようだ。モヤシくんは鍵を閉めたあと、リビングでボウズくんとトランプをしている。
俺は身軽になるため、学生鞄から必要なものを取り出したあと、鞄をトイレの中に隠した。その時、扉は少し開けたままにしておいた。
よし、作戦第二段階、開始だ!
俺は足音を立てないようそっと、洗面所へと向かった。洗面所の蛇口は、前世と同じ仕組みでコックを上にあげれば水が出る。
俺は右手で勢いよくコックを上にあげ、激しい水の音を聞いた瞬間、急いでその場から逃げ出した。そして扉を開けておいたトイレに滑り込み、身を潜めた。
「ね、ねぇ。あっちから水の音してないかな」
「た、確かに聞こえるであります。で、でもなんで急に水が流れ始めたんでありますか?」
「わからないけど、と、とにかく見てきてよ」
「わ、我輩でありますか!? む、無理であります! せめて一緒に……!」
よし、怖がってる怖がってる! そりゃそうだよな。家の中で急に水が流れ始めりゃ怖いよな。幽霊の影がちらつくはずだ。
だがこれで終わりじゃあないんだぜ!
俺はタイミングを間違えないように耳をすませた。……足音は二つだ。結局は2人で確認することにしたんだろう。足音はゆっくりと近づいてくる。音の遠さからおおよその位置は把握できる。
2人が洗面所に入り、上がった状態のコックを目にする数秒前、俺はスキルを発動した。召喚されたタライは重力に従って落ちる。落ちた先にはコックがある。
ということは――
カァン!
甲高い音をたててタライがコックにぶつかる。その衝撃でコックは元の状態、すなわち水が出ない状態へと戻った。俺は即座にタライを消滅させる。
「また何の音!?」
「何でありますか!?」
ドタドタと2人が走ってくる音が聞こえた。
「な、何も無いよ……」
「み、水も止まっているであります……!」
「もしかしてこれって、幽霊の仕業とか……」
「そ、そんなわけないであります! 幽霊などいるわけがないのであります!」
ボウズくんは強がってはいるがその声は震えていた。よしよし、順調だ!
2人が洗面所で怯えている隙に、俺はトイレから出て角に身を隠した。2人はこちらに背を向けていて俺に気づいていない。
俺は駆け足でリビングへと向かった。多少足音が鳴ったが、後に聞こえた短い悲鳴から考えるとこれも心霊現象だと捉えられたことだろう。
2人が戻ってくる前に、俺はある動画を再生中のスマホをリビングのカーテンの隅に隠した。そしてカーテンをそっと閉める。
それから、リビングのクローゼットの中に身を潜めた。うっすらと隙間を開けておくことは忘れない。
カーテンを閉めた時や、クローゼットを開けた時に出る物音は、少し強引だがタライで出して発生させた音で誤魔化した。
クローゼットの隙間から覗くと、モヤシくんとボウズくんが互いの手を握りながら、震えた足でリビングに戻ってくるのが見えた。2人はさっきのことを忘れようとしているのか、リビング中央のちゃぶ台の周りに座ると、わざと明るいトーンで話し、トランプを再開した。
トランプに熱中することで、2人はさっきの恐怖を薄れさせようとするが、そうは問屋が卸さない。カーテンに隠れたスマホが再生している動画は、最初の数十秒は無音だが、その後苦しそうに呻く女の声を再生するように編集してあるのだ。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!』
「だ、誰かいるの!? ねぇ、居るんでしょ!?」
「わ、悪ふざけもいい加減にして欲しいであります!」
2人は身を寄せあってガチガチと震えた。だが呻き声はいつまでたっても鳴り止まない。2人は生まれたての子鹿のような足で、ゆっくりとカーテンへと近づいていく。
カーテンの前に立つと、2人で一緒にカーテンをつかみ、顔を見合わせた。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!』
「せーので開けるよ……!」
「了解であります!」
「「せーの!」」
シャアアア!
カーテンが勢いよく開かれた。
「だ、誰もいない……?」
「あの声もやんだであります……」
スマホがあるのは隅なので、当然窓の外には何も無い。そして、スマホが再生中の動画はちょうど呻き声のパートが終わったようだ。
「きっと風の音か何かだったんだよ。うん、そうに違いない」
「そうでありますな! それ以外考えられないのであります!」
力強く断言する2人だが、強ばった表情からそれが思ってもいないことであることは明白だ。人ならざるものが今ここにいるとほとんど確信しているだろう。ただ、認めたくないだけだ。
ならばここは畳み掛けるのみ!
俺はさっき鞄から取り出しておいたアイテム、不気味な日本人形をポケットから取り出し、2人の頭上めがけて投げた。
このままなら人形は壁にあたり、しかも飛んで来た方向から俺の存在がバレるかもしれない。
だが、俺には素敵スキル、タライ召喚がある!
俺は日本人形がモヤシくんのちょうど頭の上に来た時に、人形が描く放物線を邪魔するようにタライを召喚した。
当然、日本人形は進路上に現れた障害物にぶつかる。その後タライを消滅を消滅させると、日本人形は横ベクトルの力を失い、真下――モヤシくんの頭の上にぽずっと落下した。
「ひっ、な、何!?」
モヤシくんは情けない悲鳴をあげて、頭上に手をやった。恐る恐る頭の上の何かを掴み、それを胸元に持ってきて視認する。
――無造作に髪を伸ばし、薄ら笑いを浮かべている日本人形と目が合う。
「「ぎゃああああああ!!!」」
仲良く悲鳴をあげた2人は腰を抜かして、地面に座り込んだままズサズサっと後ずさった。
だが恐怖はまだまだ終わらない。
動画が呻き声のあとの無音パートを終え、次のパートに入った。
『くひっ、くひひひひ! ハイレタ、ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ!!』
狂ったように入れたと繰り返す女の声に合わせて、俺はタライ召喚を連続で発動する。
ガァン、ガァンガァンガァンガァンガァン!
リビングを取り囲むように鳴る金属音に、2人は逃げることも出来ずリビング中央でガタガタと震える。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「許して欲しいであります! 我輩何もしてないのであります!」
ちょ、なんてテンプレな反応だよ。くそ、ちょっと吹いちまったじゃねぇか。
これ以上笑いをこらえるのも限界だし、ネタばらしと行こうか。
動画の再生が終了し、それと同時にタライ召喚も止めると2人は恐る恐る周囲をうかがう。
2人も口を噤んだため、部屋に静寂が訪れた。
俺はゆっくりと、非常にゆっくりとクローゼットの扉を開け始めた。クローゼットがたてる、キィキィという音が静かな部屋にやけに響く。
モヤシくんとボウズくんはぐりんと首をこちらに向けると、泣きそうな目で、しかし穴が開くほどじっと見つめてきた。
その目にまたも吹き出しそうになるのをこらえて、扉が半分ほど開いた瞬間、ダンっ! と扉を開け放ち、2人の前へとジャンプした。
目玉が落ちないかと心配になるくらい目を見開いた2人をみて、俺は満面の笑みで言った。
「初めまして! 今日からここで生活することになる菅原虎太郎だ! 好きな物はイタズラ、趣味もイタズラだ! 異世界から来たばっかりで迷惑をかけることもあるかもしれないが、よろしくな!」
ぽかーん、という音が本当に聞こえてきそうなくらい呆然としているモヤシくんとボウズくんを見て、俺は腹を抱えて笑った。
今回もイタズラ――じゃなくて、ファーストコンタクトは大成功だな!!
次の更新は、夜の10時半頃の予定です。