お約束は作るもの
メイドさんに案内されたのは、さっきの部屋よりも豪華な部屋だった。大きなテーブルに、座り心地の良さそうな椅子。
そこにはさっきの爺さんがいた。部屋の隅には護衛なのか、騎士らしき全身鎧が控えている。
爺さんは愛莉の髪型を見て、ぶふっと変な笑いを漏らした。全身鎧くんも鎧をガタっと鳴らして、中からくぐもった笑いを響かせた。
愛莉は数秒首をかしげたあと、原因が自分の髪型だと気づき、真っ赤な顔で俺を小突く。
「ゴホン、も、申し訳ない。その髪型はお主たちの世界では一般的なのかもしれんが、セアリアルでは見たことがないものだったのじゃ。だから少しばかり驚いてしまっての」
「ち、違うんです! これはちょっとふざけてただけで――!」
俺は愛莉より一歩前にでて、爺さんを見た。
「そんな事より、爺さん。あ、敬語使った方がいいか? 多分、身分が高い人なんだろ?」
「構わんよ。堅苦しいのは好きじゃないんじゃ。ほれ、早く座れ。お主も早く話がしたいようじゃしの」
俺と愛莉は、メイドさんが引いてくれた椅子に座った。
「じゃあまずはさっき出来なかった自己紹介でもしようかの。儂はマギーア=ヴァイスダムじゃ。魔導師という職に就いておる。まぁ、この国の最高の魔法使いなどと過分な称賛を得ておるが、気にせず話してくれ」
最高の魔法使い!? この爺さんとんでもなかったんだな。まぁ、本人が気にするなと言ってるんだし、近所のじいさんと話す感覚で行こう。
「俺は菅原虎太郎。元の世界では学生をやってた。天下のイタズラ小僧という過小な称賛を受けてるが、構わず話してくれ」
腕組みをして、できるだけ偉そうに言ってみた。
「なんでマギーアさんの真似してんのよ……。コホン、私は及川愛莉。このバカの幼馴染みです。虎太郎と同じで学生でした」
愛莉は律儀に丁寧語で話していた。まぁ、年上相手には大体丁寧語で話す奴だしな。
「ふむ。コタロウにアイリじゃな。覚えたぞ。ではこのセアリアルについて少し話そうかの。セアリアルはお主らの世界と違って魔法とジョブというものが存在しておる。魔法というのはお主らの世界のおとぎ話でよくあるものと同じらしい。じゃから、ジョブについてのみ話すとしよう」
そうか、時々俺たちの世界からセアリアルに来る人がいるんだったな。だったら俺たちの世界のことはある程度伝わっているのか。
「ジョブというのはの、神様から全ての人間に分け隔てなく与えられる才能なのじゃ。与えられるジョブは1つで、ジョブによって違うが様々なスキルが使えるようになる。異世界からの訪問者にも当然与えられて、しかも強力なジョブを与えられることが多いのぅ」
神様、か。こっちの世界では神様がいるのが当たり前みたいだな。あと、俺たちが丁重な扱いを受けている理由が少しわかったな。有用なジョブを得るかもしれないから、国としては手元に置いておきたいわけか。
「そのジョブっていうのはどうやって確認するんだ?」
「この水晶を使うんじゃ」
爺さんはメイドさんに指示して、一抱えはある水晶持ってこさせた。ガラスの台に乗せられて運ばれてくる水晶は、大事そうにクッションに乗せられており、かなり雰囲気がある。
「この水晶に手を当てれば宙に力の詳細が浮かんでくるんじゃ」
ほう、それはなんとも不思議な……。あ、これってラノベで見た魔力測定の道具と似てるな。確か、主人公が使うとヒビが入って割れちゃうんだっけか。
「力が強すぎて壊れるとか、無いよな?」
「ほっほっほっ。それはありえんよ。大英雄の勇者ですら全く問題なかったんじゃからな」
マギーアの爺さんは立派な白ヒゲを撫でながら笑う。
「それなら安心だ。じゃあ、俺からいっていいか?」
愛莉の方にチラッと視線をやるが、問題はなさそうだった。
俺は立ち上がって水晶へと歩いていく。うっかり躓き、ポケットに両手を入れていたためヒヤリとしたがコケることなく水晶の前へとたどり着いた。
唾を飲み込み、恐る恐る水晶へと手を伸ばした。すると水晶が強烈な光を放った。
「うっ」
ピシリ、ピシッ。
妙な音が響き、しばらくしてから光が収まると水晶には無数の黒い線が入っていた。
「なんと!?」
「えっ!?」
マギーアと愛莉が驚きに叫ぶ。俺はその声を聞き――
「ぶっ、ははははは! 冗談だって! ヒビなんて入ってないって!」
盛大に笑った。そしてハンカチでその水晶をよく磨くと、黒い線はキレイさっぱりなくなった。
「な、何をしたんじゃ?」
マギーア爺さんは杖を落とすほど動揺していた。メイドさんも全身鎧くんも落ち着きがない。
「簡単なことだぜ。あの光はこのスマホのライトだ。亀裂が入る音は俺が口で再現した。一種のポイパだな。俺の特技だ。んで、最後に水晶のヒビは、コイツだ」
俺はさっきポケットから取り出した、水性のマーカーを(極細)を取り出した。
「これで黒い線を書いただけだ。普通ならすぐに気づいただろうけど、動揺してると案外わからないもんなんだな」
本当のヒビと黒い線は全然違うし、気づかれてもおかしくないんだが、前もってヒビが入る可能性をにおわせておいたし、効果音も付けたから騙されてくれたんだろう。うむ、今回も完璧なイタズラだった!
一人成功を喜んでいると、愛莉に頭を掴まれて、下に押さえつけられる。強引に頭を下げさせられた状態だ。
「すいませんでした! その、この水晶多分大切な物ですよね。なのにこのバカがイタズラして……。ほら! アンタも謝る!」
「う、……ご、ごめんなさい」
愛莉がマギーア爺さんに向けて頭を下げて謝罪した。
「ふぉっふぉっふぉっ。別に構わんよ。傷がついたわけでもなさそうじゃからのぅ。だが心臓に悪いからもうやめて欲しいわい」
「はい! この馬鹿にはきつく言って聞かせます。本当にすいませんでした」
頭を下げたまま、愛莉がコソッと小声で話しかけてくる。
(なんであんなことしたの?)
(俺がイタズラするのに理由は必要ないだろ?)
(誤魔化さないで。虎太郎はイタズラでやっていい範囲をちゃんと弁えてる。今朝の校長へのイタズラだって、校長がカツラを自虐ネタに使ってたからやってもいいと判断したんでしょ?)
図星だ。ハゲ、もしくは薄毛は本人にとっては深刻な悩みになりうる。だから、本人が気にしているなら俺がイタズラでそれを笑い物にすることは絶対にない。
俺はイタズラにキチンとやっていい事と悪いことの区別をつけている。
(なのに、今回のはやり過ぎだった。大切な物だっていうことは簡単に想像出来るのにそれに落書きするなんて、いつもの虎太郎なら絶対しないはずでしょ? なにか理由があるはず)
幼馴染みには隠し事が出来ないな。こんな些細なことから見抜かれるなんて。困ったものだが、妙に嬉しくもある。
(……マギーア爺さん達が、異世界から来たやつを国に引き込もうとしているんじゃないかと思ってな。異世界から来た人間は有用なジョブを持つことが多いって言ってたろ? だから、俺たちを優遇して、飼い慣らすつもりなのかと)
この国の最高の魔法使いがわざわざ相手をしてくれているんだ。そのくらいの思惑はないと逆に不自然だ。
(だから、扱いにくそうな悪ガキを演じたと?)
(その通りだ。国の面倒に巻き込まれるのは嫌だったからな。異世界に来たのに自由を奪われるのは勘弁だ)
(なるほどね。まったく、そんな考えがあったなら私にも話しときなさいよ)
本当はそれだけじゃないんだけどな。俺が馬鹿なことして、愛莉がそれを諌めれば俺を制御するには愛莉が必要だと印象づけられる。そうすれば愛莉と離れ離れになる可能性は低くなる。
「ゴホン、内緒話は終わったかね?」
「は、はい! すいません」
マギーア爺さんに話しかけられて、愛莉がビクッとして背筋を伸ばした。
「それじゃあ早くジョブを確認してほしいんじゃが」
「わかりました」
愛莉が水晶の前に立ち、そっと水晶に触れた。するとゲームのウインドウが出るように空中に紫色の半透明の板が浮かび上がった。
その板の中央には大きくジョブ名が書かれていた。
「獣人……?」
「獣人か。初めて見るジョブじゃな。その板を触ってみてくれ。ジョブの詳細が出てくるはずじゃ」
愛莉は言われた通りに獣人の文字をタップした。すると更に上にもう1枚のウインドウが浮かび上がった。
ジョブ 獣人(レベル1)
『レベルアップ:動物的行動によりレベルアップ』
スキル 猫化(レベル1)
『効果:猫の力を身に宿す』
『効果時間:現在10分。レベルによって延長』
『クールタイム:12時間。レベルによって短縮』
『レベルアップ:猫化時の動物的行動によりレベルアップ』
「ふむ? よくわからんのぅ……。試してみなければならぬが、とりあえずコタロウよ、ジョブを確認しておくれ」
「りょーかいだ」
俺は愛莉の隣に立ち、水晶に手を当てる。さっきは手を当てる直前で止めていたが、今回は触れたのでウインドウが出てきた。
「えーと、なになに……悪戯師?」
「なんていうか、虎太郎らしいジョブね……」
「これまた聞いたことがないジョブじゃのぅ」
ジョブ名だけじゃ全く分からないので、詳細を見てみた。
ジョブ 悪戯師(レベル1)
『レベルアップ:イタズラにより生まれた感情によってレベルアップ』
スキル タライ召喚(レベル1)
『効果:タライを召喚する。召喚できる場所は使用者から半径5メートル以内かつ、高度は使用者から2メートル以内。また、タライは10秒で消滅する(任意で消滅させることも出来る)。レベルアップによって延長』
『クールタイム:無し』
『レベルアップ:タライ召喚により生まれた感情によりレベルアップ』
タライ召喚って……。
………………スキルを使ってみた。
ごん!
子気味いい音をたてて、コントでよく見るようなタライが地面に落ちた。そしてすぐに消えた。
「これは、なんとも……しょぼい――ゴホン。使い方が難しいスキルじゃな」
「虎太郎……その、ドンマイ」
メイドさんと、気のせいか全身鎧くんも憐れみの目を向けてきている気がする。
「え、なんで?」
だが、俺には皆に憐れまれる理由がわからなかった。
「最高のスキルじゃないか! 仕込みなしでタライを降らせるなんて! あぁ、これを使ってどんなイタズラをしようか!!」
俺は両手を広げ、天を仰いで神に感謝した。
……皆から残念なものを見るような目で見られていることには全力で気付かないふりをすることにした。
次の更新は本日の昼12時頃の予定です。
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