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2/10

心の栄養剤、イタズラ

 俺と愛莉が異世界に召喚される数時間前のこと。



「はい。すいませんでした。反省してます。もう二度としません……」


 俺は学校の職員室に呼び出され、1時間にわたる説教を受けていた。

 今朝の朝礼で、校長のカツラを暴露したのを怒られているのだ。プロペラによって天高く舞う校長のカツラ……あれは最高だったな。うん。またやろう。


「はぁ……。ここでお前のその言葉を聞くのはこれで何回目だろうな。成績は良いんだから、素行さえなんとかしてくれれば……はぁ、もういい、帰っていいぞ」

「はい! 失礼します! よっしゃ、やっと帰れる!」

「せめて最後まで反省したフリ続けろよ!」


 担任教師の怒鳴り声を背に受けながら、職員室の扉を開け、外に出た。


「今日は長かったわね」


 そこには壁にもたれかかり、少し疲れた様子の幼馴染みの姿があった。純黒のロングヘアーは見る人の心を捕らえ、少しつり目がちの大きな目にすっと通った鼻だちはクールビューティという言葉がピッタリだ。

 その美しい髪に付けられた可愛らしい花飾りが彼女がクールなだけでなく、少女の一面もあることをアピールしている。

 惜しむらくは胸が非常に慎ましやかということだろうか。高校2年にもなるのに、その胸は成長の兆しを見せない。


「待っててくれたのか。ありがとよ」

「クラスの用事で遅くなったから、ついでよついで」


 ふむ。俺と愛莉は同じクラスで、今日は特に何も無かったはずだが……照れ隠しか。これはそっとしておくのが大人の対応なんだろうが、


「そうかそうか。俺と一緒に帰りたくてずっと待っててくれたんだな! 素直じゃないなぁ、愛莉は」

「違うって言ってんでしょ!」


 ぺしっとマフラーが顔にぶつけられる。愛莉の香りがほのかに香り、内心ドキッとした。


「ほら、バカ言ってないで早く帰るわよ」

「りょーかい。校長に見つかったら面倒くさそうだし、さっさと帰ろう」


 いつも通りの帰り道を二人で歩いていく。


「お、虎太郎と愛莉ちゃん。今帰りか、遅いな。また虎太郎が何かやらかして怒られてたんだろう?」


 八百屋のおっちゃんがからかうように笑いながら話しかけてきた。


「おう! 校長のカツラを宙に浮かせて怒られたぜ!」

「ガハハハ! そいつぁ、面白そうだな。俺も見たかったぜ! だがあんまり愛莉ちゃんに迷惑かけんじゃねぇぞ? 愛想つかされて出ていかれちまう」

「それは困るな。愛莉がいないと俺の暴走を止めるヤツがいなくなる」


 おっちゃんにそう返すと、愛莉に軽くチョップされた。


「私はいつからアンタのストップ役になったのよ」

「相変わらず仲がいいみたいで安心だ。これからも夫婦仲良くな!」

「ちょ、おじさん! 私たちはそんなんじゃ――」

「お、わりぃ、カミさんに呼ばれちまった。じゃ、またな!」


 おっちゃんは店の奥に引っ込んでしまった。愛莉は訂正の機会を失い、恥ずかしさからか頬を赤くしている。

 ここは俺がこの空気を何とかしなくては!

 俺は息を大きく吸い込み、手をメガホンのようにして口に当てた。


「おっちゃーん! 俺と愛莉はボケとツッコミの関係なんだぁー!!」

「誰がツッコミ担当か!」


 すぱーんといい音で俺の頭が叩かれた。

 そう言われたら、返す言葉は一つだけだな。


「愛莉、ナイスツッコミ!」


 歯を見せて親指を立てるが、愛莉はそれを無視してスタスタと歩いていってしまった。


「あ、置いてくなって!」


 小走りで愛莉の隣に行こうとすると、愛莉の背中が輝き出した。いや、背中だけではなく全身がだ。


「愛莉、お前、神様だったのか?」

「何言ってるのよ。とうとうおかしくなった? 虎太ろ――」


 愛莉はこっちを振り返る途中で動きを止め、言葉に詰まった。


「虎太郎、アンタ光ってるわよ?」

「愛莉こそ」


 愛莉はギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく首をしたに向けた。そしてスカイツリーのライトアップにも負けないくらいに光り輝く自分を確認した。


「光ってるわね」

「あぁ、そうだな。光ってる。眩しすぎて目が痛いくらいだな」

「……これ、虎太郎の仕業?」

「いんや。俺じゃない。でもこれ、面白そうだな。やった奴に仕掛け聞いて、今度のイタズラに使おうっと」


 急に人を光らせるなんて、どんな仕掛けを使ったんだろうか。ぜひとも聞いて見なくちゃな。


「いや、落ち着いてる場合じゃないでしょ!? 何が起きてるの!?」

「あー、これはあれだ、多分俺たちの正体はホタルだったんだよ。それなら光るのも納得だろ?」


 ふむ。我ながら完璧な推理だな。ホタルとは光るものである。俺たちは光っている。つまり、俺たちはホタルだった。完璧な三段論法だ。これには愛莉も納得して――


「納得できるかぁぁ!」


 愛莉の悲痛な叫びと同時に、俺の視界は暗転した。




 一瞬の浮遊感にバランスを崩し、地面へと倒れ込んだ。


「痛てっ」


 俺の上に愛莉が倒れてきていた。というか肘が脇腹に刺さってるんですが。


「痛た……何が起きたの?」

「それは分からないけど、愛莉、さっさと起き上がってくれ。俺の脇腹が死ぬ」

「あ、ごめん。気づかなかった」


 愛莉は立ち上がり、スカートについた埃を手で払い落とす。


「あぁ、スカートが汚れちゃった。お母さんに怒られるかな……」

「なぁ、愛莉。どうやらそんな心配はしなくてよさそうだぜ」

「はぁ? 何言って――」


 愛莉は顔をようやく上げ、周りの様子に気づいて体を固まらせる。


 そう、周りには、鈍い光を放つ剣を天に向けている金属鎧がずらりと並んでいるのだ。

 更に注意深く辺りを見回すと、壁は石造りで、絨毯は何かの革を使っているのか恐ろしく高級そうだ。天井の灯りはシャンデリアで、壁にはよくわからない絵画が飾られている。

 端的に言えば、お城のようだった。それも、千葉県にある某夢の国にあるようなお城だ。


 目の前には、質の良さそうなローブと三角帽子、更に大きな水晶がはめ込まれた木製の杖をもった老人がいた。


 さっきまで家への帰り道にいたはずだが、次の瞬間には立派な城の中にいて、周りには騎士らしき人達と怪しげな老人。


 状況はわからないが、とりあえず――


「ご苦労だったな。状況を報告してくれ」


 偉そうにふんぞり返ってみた。

 すると、後頭部に衝撃を感じた。


「なんで偉そうにしてんのよ!」


 幼馴染みのツッコミだったようだ。

 硬直は解けたようでなによりだ。


「召喚直後でここまで緊張がないのは初めてじゃな……。ゴホン、それでは説明をさせてもらうぞ」


 老人の説明をまとめると、こうだった。


 ここは俺達がいた世界とは違う世界で、セアリアルというそうだ。俺たちはこのセアリアルに世界の穴? から落ちて来てしまったらしい。俺たちみたいに他の世界からセアリアルにやってくるヤツらはたまにいるそうだ。


「虎太郎。ホントだと思う?」


 愛莉がこっそりと聞いてくる。だがその顔には信じたくないという思いがあるだけで、本当は疑っていないようだった。


「本当だろうよ。さっきの魔法は手品じゃなかった」


 異世界だということを証明するために、老人は魔法を見てくれた。何も無いところに水が生まれ、その水が自由自在に宙を泳いだ。

 手品のタネの9割は分かるし、残りの1割もおおよその見当がつく俺でも、さっきの魔法だけはどうしても分からなかった。だから、あれは本当に魔法で、ここは異世界だという突拍子もない話を信じる気になった。


「それで、爺さん。俺たちは元の世界に帰れるのか?」


 一番重要なのはそこだ。ここが異世界だろうとなんだろうと、元の世界に戻れるのならどうでもいい。

 隣で愛莉がゴクリと唾を飲み込むのがわかった。


「残念じゃがそれは無理じゃ。異世界からの訪問は五百年前からあったようじゃが、誰一人として帰ったものはいない」


 老人は申し訳なさそうに、だがはっきりと可能性を否定した。


「そんな――じゃあ、もうお母さんにもお父さんにも、クラスの友達たちにも会えないの!?」


 愛莉が叫び声をあげ、顔に手を当てる。地面に座り込み、動かなくなってしまった。


「すまない、爺さん。どこか落ち着ける場所に案内してくれないか? 今は話どころじゃない」

「そうじゃな。部屋に案内させよう」


 爺さんが呼ぶと、本格的なメイド服を着た女性が出てきた。本当に異世界に来たんだなぁと思いつつ、愛莉に肩を貸してメイドさんの案内についていく。


「この部屋を自由に使っていただいて構いません」


 メイドさんは綺麗に一礼すると、下がっていった。俺は部屋に入り、愛莉を椅子に座らせる。愛莉は俯いたままで何も喋らない。


 部屋の中にはティーセットがあり、中に紅茶も準備されていたので、紅茶を注ぎ、角砂糖を二つとミルクを入れて軽くかき混ぜ、愛梨に差し出す。


 愛莉はちらっとそれを見ると、ちびちびと飲み始めた。


「少しは落ち着いたか?」


 愛莉は視線をテーブルに固定したまま、ボソリと呟く。


「……なんで虎太郎はそんなに冷静なのよ」

「んー、だってなぁ、俺の両親は俺が居なくても呑気に笑ってそうだし、魔法とか面白そうだし……なにより」

「なにより?」


 愛莉が一緒なら何も問題は無い。


 そんな本音を口にするのは余りにも恥ずかしく


「異世界ならもっと面白いイタズラが出来そうだろ?」


 なんて言って誤魔化した。


「何よそれ、アンタは能天気でいいわね」


 俺の回答は愛莉には不満だったようで、再び視線がテーブルへと向いてしまった。


「まぁ、なんだ。異世界だろうと何とかなるって」


 俺はそう言いながら愛莉の頭を撫でる。何か言われるかと思ったが、愛莉は思いの外文句の一つも言わずに俺の手を受け入れた。

 さぞかし不安で怖いのだろうと、俺は黙って愛莉の頭を撫で続けた。撫でながら、バレないようにこっそりと髪の毛を編んでいく。

 片手で撫でながら髪をあむのはかなり苦労するが、俺は手が器用な方なのでなんとか編んでいく。


「いつまで撫でてんのよ」


 少しは落ち着いたのか、愛莉が顔を上げて俺の手を掴んだ。


「ちょっと待って、あとすこしで完成する」

「完成って何が――」

「よし! 出来た」


 不思議そうな顔をする愛莉に、学校の鞄から手鏡を取り出して差し出した。


「なっ、アンタ何してんのよ!」


 鏡には東京タワーのように立派に天に伸びる髪が。


「ヘアメイクアーティスト虎太郎の傑作だ。名付けて、天をつらぬく角。通称天つらだ」


 まぁ、見た目は全然天つらじゃないんだが。名前がちょうど良かったからってだけだ。


「ぷっ、あはは。意味わかんないわよ。あぁ、もう。虎太郎は相変わらずね。励ますの下手くそすぎでしょ」


 愛莉はからからと可愛らしく笑った。あぁ、やっぱり愛莉には笑顔が似合う。本人には絶対言わないけど。


「べっ、別に励ましてなんかないんだからね! ただちょっと髪の毛で芸術を表現したくなっただけなんだから!」

「何言ってんのよ」

「愛莉の真似」

「へぇ? 喧嘩売ってるなら買うわよ」


 愛莉が額に血管を浮かべ、握りこぶしを作る。


「ま、待て、話せばわかる!」

「問答無用!」


 コン、コン、コン。


 扉を控えめにノックする音が聞こえた。愛莉はその音に拳を下ろした。


 た、助かった……。


「もう大丈夫でしょうか? 魔導師様が今後について話をしたいと仰っているのですが……」


 さっきのメイドさんの声だ。愛莉の方へと視線をやると、コクリと頷いていた。


「あぁ、もう大丈夫みたいだ」


 メイドさんは扉を開け、中に入ってきた。愛莉を見ると――正確には愛莉の髪型を見ると微かに驚きを見せたが、流石はプロ。すぐに動揺を隠したので、愛莉はそれに気づかなかったようだ。


 愛莉、天つらヘアーのこと忘れてるよな。うん、面白そうだから黙っておこう。


 さて、異世界での俺たちの扱いはどうなるんだろうか。メイドさんの話し方からして、あの爺さんかなりの身分みたいだし、そんな爺さんがわざわざ相手してくれたってことは酷い扱いは受けないとは思うんだが――



 次の更新は、夜の12時頃の予定です。

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