イタズラは俺の生き甲斐だ
新作書いてみました。コメディ色の強い話ですので、楽しんでくださると幸いです。
俺こと菅原虎太郎は幼馴染みと共に異世界へと迷い込んでしまった。それから何やかんやあって、王都で一番大きい学園に通うことになり早数ヶ月。
元の世界への未練、カルチャーショックやトラブルなんかも多々あったが、今はそんなのどうだっていい!!
なぜなら俺は今、神経をすり減らす真剣勝負であり、学園の支配階級たる教師との高度な心理戦――すなわち、黒板消しトラップを仕掛けている最中なのだから!!
ターゲットは我らが学年主任。鬼教官の異名を持つ男、フロワ=ヘルツィヒ。
黒板消しにはたっぷりとチョークの粉をつけてある。これを慎重に扉へと挟み、準備は完了だ。これまでの統計によるとターゲットがやってくるのは2〜3分後の可能性が90%だ。
クラスメイト達も固唾を飲んでその時を待っている。皆物音一つ立てずに扉を見つめている。クラスが一丸となっている空気に感動しつつも、ターゲット襲来に備えることは怠らない。
カツ、カツ、カツ。
足音が聞こえてきた。俺は小柄で背の曲がったクラスメイトの方へ勢いよく顔を向けた。彼は機械に強く、メカの愛称で俺から呼ばれている。彼はこっそりと右手でOKのサインを送ってきた。
これは足音の主がターゲット、フロワであることを表す。事前に録音しておいたフロワの足音と一致したのだ。
緊張がピークに達し、汗が額を流れる。万が一にもしくじらないように、手汗をズボンで拭った。
カツ、カツ、カツン。
フロワが扉の前で止まった。ガラス越しに見慣れたしかめっ面が見える。彼は、視線を少し上にやり、挟まれている黒板消しを見て小馬鹿にするように笑った。
(気づかれた!!)
フロワは後に一歩下がってから扉を開いた。このままでは黒板消しは彼の顔の前を通り過ぎるのみで、彼の群青の髪を白髪へと変えることは出来ないだろう。
そう、このままでは、だ。
(もらったぜ!)
黒板消しがフロワの顔の前まで落ちた瞬間、俺は手に握った細い糸を軽く引っ張った。すると横長の黒板消しの廊下側の端に結び付けられた糸がピンと張った。
落下の勢いを残したまま、片端のみの落下が止められた棒状の物体はどうなるか。
――黒板消しは振り子のように半円を描きながら廊下側へ、すなわちフロワの顔面へと飛んでいった。
ボフンッ。
間抜けな音と共に、フロワの顔が真っ白に染まった。
「ぶっ! あははははは!! おい見たか皆! あんなドヤ顔の直後にボフンッって! ボフンッっていったぞ! 真っ白になって折角のイケメンが台無しだ!!」
俺は耐えきれずに吹き出した。クラスメイト達も耐えきれずに声を上げて笑う。机を叩いて爆笑しているやつまでいる。割れんばかりの笑い声が教室を包み込んだ。
「……アクア」
フロワがボソッと呟くと、水球が生まれフロワの顔についたチョークを洗い流した。
群青の髪から水を滴らせながら、般若も真っ青の凶悪な目付きでクラスを睨みつけた。
途端に水を打ったように静まり返るクラス。
フロワは俺を強く睨みつけると、ゆっくりと近づいてきた。カツ、カツと死神の足音がやってくる。
俺は引きつった笑みを浮かべながら必死に弁明しようとする。
「いや、その、これは――」
死神は口角だけをゆっくりと上げた。ただでさえ凶悪な顔つきが、最早凶器レベルにおぞましいものへと変わる。
「今日の授業はアクアバレットという魔法についてだ。アクアバレットの魔法は基本的に、アクアの魔法を回転させながら打ち出す感覚だ。こんなふうに!」
直後、中に数十もの水の弾が出現した。それらは矛先を俺へと向け、次々に発射された。
「ちょ、痛、痛い! 待って、これ痛い!」
ゴムボールを全力でぶつけられてるみたいな痛さだ! これ絶対あざになるって!
全力で逃げ回るも、アクアバレットは一発たりとも外れずに俺へと命中する。
「先生、悪かった、俺が悪かったから! もうやめ、ゴボォッ!?」
拳大の水の塊が口へと飛び込んできた。水は勢いのまま喉を通り胃へとダイブしていく。
ちょ、これ、苦し、し、死ぬ!
「せんせ、口はまずいって! 苦し、ゴボァァ!?」
言った直後からは全ての水弾が口へと吸い込まれていった。のたうち回っているのに、相も変わらず狙いは正確だ。
これ、マジで死ぬ! 息が、息ができねぇ!! し、死ぬ……あ、もう無理。
9割方意識を手放した頃になってようやく攻撃が止まった。俺は急いで酸素を体内に取り入れる。
「ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ……先生、殺す気、かよ……」
「ふん、早く席に付け」
興味を失ったように俺から視線を外すと、フロワ先生はつかつかと教壇に登った。
俺はびしょびしょの体を引きずりながら自分の席へと戻る。席つくと同時に机に突っ伏した。
「黒板消しトラップごときの仕返しがこれかよ……重すぎんだろ。日本だったら文句なしで体罰になってトップニュース飾るレベルだぞ……」
腹はちゃぷちゃぷしてるし、全身が痛てぇ。
「自業自得でしょ。これに懲りたらもうあんな馬鹿なことやめたら?」
そう言って冷ややかな目を向けてくるのは、俺と一緒にこの世界に転移してきた幼馴染みの、及川愛莉だ。
「冗談じゃない! イタズラは俺の生き甲斐だぞ!? やめるなんて選択肢は無いっ!」
俺はガラッと椅子を蹴り飛ばし、立ち上がって叫んだ。
「勝手に立つな。私語は慎め」
冷淡な声とともにチョークが飛来し、俺のおでこを強打する。
「ぐはっ」
再び机に突っ伏す俺。くそっ、あの教師加減ってものを知らねぇぞ。今の、額割れたんじゃねぇか? え、血とか出てないよね?
「はぁ、全く……。アンタは異世界に来ても相変わらずね。ほら、こっち来なさいよ」
愛莉が手招きしてきた。なので俺は椅子ごと愛莉に近づく。愛莉はそれを確認すると、俺へと手を翳して目を瞑った。
「じゃ、治すわよ……ヒール」
全身が暖かい何かに包まれ、全身とおでこの痛みが引いていく。傷を治す魔法、ヒールの効果だ。この世界ではどうも魔法が当たり前に存在しているらしく、日本から来た俺達にも魔法が使えた。
「おう、いつも悪いな」
「そう思ってるならもうやめなさいよ」
俺は再び勢いよく立ち上がり大声で言った。
「それは出来ない! なぜならイタズラは俺の――」
「うるせぇぞ、クソガキ」
額に青筋を浮かべたフロワ先生による、チョーク第二投目が投擲された。そしてチョークは寸分違わずさっきと同じ場所へと当たった。
「がっ!?」
俺は机へと崩れ落ちた。
「はぁ、なんでまた同じことするのよ」
呆れた様子の幼馴染み様。
「だって、芸人的に天丼ネタは大事だから……」
「アンタは芸人でもなんでもないでしょ。ったく、またヒールかけないといけないじゃないの」
「苦労をかけるな……」
「だからそう思うならやめなさいっての」
「それはできな――」
「もういいっての!」
立とうとした瞬間、割と本気で頭を殴られて勢いよく机にキスをするハメになった。本日四回目だ。こんなにキスしてたら机に恋しちゃうかもしれないな。
キスから始まる机との禁断のラブストーリー。ふむ、あり、か?
「くだらない事考えてないで授業に集中しなさいよ」
流石幼馴染み様。俺の考えはお見通しみたいだ。愛莉とは赤ん坊の頃からの付き合いだからなぁ。家が隣だから、親同士も仲が良くて家族ぐるみのお付き合いってやつだ。
俺は授業を凛とした表情で授業を受ける幼馴染みの顔を見つめる。……こいつもようやくこっちに馴染んできたなぁ。最初の頃はそれはもう酷かった。
あれは確か、転移初日のことだったか……。
黒板消しを顔に当てるのは失明の恐れがあり、危険なので真似しないでください。
主人公はフロワ先生なら瞬時に目を瞑れるだろうと先生の反射神経を信じていたからこそ、黒板消しトラップを仕掛けました。