第四話 人の助け 中編
一対の触覚、三対の足、丸みを帯びた黒い甲皮、それは蟲だった。二十の巨大な蟲は黒の塊となって唸りを上げ、木々を薙ぎ倒し地面を抉り、土埃を上げながら森を進行する。王都をその黒き波で呑み込まんと、一直線に迫る。その進撃を阻まんと三十機余りの灰色のマギウスナイトが待ち構える。装飾のなされた一機が魔法によって拡声された声で叫ぶ。
「全機、鶴翼の陣!魔獣の頭を押さえる!」
森と平原の境目を弦とし、高さ二十メートル余りの人型の巨体が等間隔に弧を描いて陣を形成する。
「盾構え!迎撃用意!魔法筒充填開始!魔法連結機構作動!」
号令に従い、両腕に格納された魔法筒と呼ばれる一時的に魔力を納めるシリンダーへと魔力を流す。次第に魔力が充填されていくと、鎧というにはあまりにも無骨な腕の装甲が薄いピンクに発光し始めた。
しっかりと密閉された操縦席には、外の景色が透視の魔法によって映し出され、眼前に左右と中央を合わせて長方形の形で三つ並ぶ。映し出された景色には、もう目と鼻の先まで魔獣の群れが迫っている予兆が見えている。弾き飛ばされた木々と岩、大きくなる轟音、震える空気と地面、額に汗がにじむ、緊張と不安で今にも爆発しそうな感情を堪え操縦桿を握りなおした。
それは爆発だったのかもしれない。次々と森からあふれ出す、黒の濁流、陸地で起きた生きる洪水、地面を抉り何もかもを吹き飛ばす魔獣の姿はまさしくそれだった。今まさにマギウスナイトを飲み込まんとしたその時に、貯められた魔力は号令と共に解き放たれる。
「衝撃、放てえええぇぇぇぇ!」
遠くまで響き渡るほどの大きな破裂音と指向性を持った衝撃波、マギウスナイトとほぼ同じ高さと三倍はあろうかという幅の中型魔獣の半数程と、無数に居た小型魔獣を吹き飛ばしその足を止める。衝撃、そう呼ばれた魔法は”風の加護有れ”と盾に刻まれた刻印魔法を、魔法連結機構によって束ねた合体魔法だった。中型なら足止めに、小型ならその四肢や頸を捥ぎ吹き飛ばす、集団で放つ魔法のシールドバッシュとしては破格の威力だろう。だが、全てを仕留めるまでには至らない。
「槍、構え!火炎弾、撃てえええぇぇぇ!」
足を止め怯んだ隙を逃さず続けざまに槍の刻印魔法をぶつける。
ギギギィガガガガァァァァ
断末魔を上げ蟲が息絶える。無数に撃ち放たれた火の弾は甲皮を貫いて体内を焼くが、仕留められたのは五匹、仲間の死骸を盾に後ろの蟲達は態勢を立て直しつつあった。もう一度火炎弾を撃てば更に数を減らせるがしかし、次弾は魔力充填に時間が掛かる為、通常ならばここで後ろに控えたマギウスナイトと交代し充填とするが今は居ない、では突撃か?それは元々が無理な話だった。中型魔獣一匹にマギウスナイトが四機で当たらねば勝ち目は薄い。マギウスナイトは三十機余り、魔獣は残り十五匹、どうやっても数が足りてなかった。その内の一匹が包囲を破らんと突出する、しかし彼らは引かない、何故ならば―――
「銀の妖精中隊、突撃!」
戦場に響き渡る声、その凛とした号令はオリヴィエ・リンドグレーンのものだった。包囲の後ろから飛び越え、戦場へと突入するマギウスナイトが五機、銀色で統一された五機は剣を腰だめに盾を構えて、一機を中央に据え正方形の陣形を崩すことなく突出した蟲へと駆け抜けてゆく。しかし中央の一機は明らかに他の四機とは違っていた。通常の機体よりも細く、全体が尖ったデザインに右手には細剣を携え、両足が薄いピンクの光で尾を引きながら、魔法によって宙に僅かばかり浮き上がって滑走していた。
「「うおおおおおおおおお!」」
気合の入った者達の声が聞こえる。突進した四機が蟲の動きを止めんと盾でぶつかる。間髪入れずにガラ空きになった正面から、細身のマギウスナイトが蟲の口から細剣を突き刺し―――
”炎よ!わが剣に纏いて撃ち滅ぼせ!”
炎の槍が蟲から突き抜け陽炎を残す。蟲の体が焦げた臭い、焼け焦げた音を立てて、口から尻にかけて大穴を開けられた蟲は絶命した。
「四機は後方に回り魔獣を撹乱!ベル、隊の指揮は任せるわ!」
「了解!」
「私はこのまま敵中に突撃する!」
「隊長も無理をなさらずに!他の者は私に続け!」
四機が右から迂回し後方へ回る。前方に二機、後方に二機、正方形の陣形を崩さず駆ける。阻止するために蟲が体を半分程出して、横から前足で前方の一機を狙うが四機の足は止まらない。甲皮に包まれた鋭い前足を盾で滑らせるようにいなし通り過ぎると、その後方の一機がすかさず剣を振り前足を切り落とし過ぎ去る。だが、今度は行く手を阻む様に正面へ一匹が飛び出す。
「ちっ!仕留めるよ!コンラッド、メイナード、火炎弾!」
「充填は完了している、いつでも!」
「…了解。」
前方を走る二機、ベルとイーサムの機体が更に加速して突っ込む。鋭い右足がまたベルを襲う。同じように盾でいなし、今度は自分でその足を切り落とす。蟲のバランスが崩れる、その隙を逃さずにイーサムは左足を難なく切り払う。バランスが更に崩れ、顎を地面に突っ伏した。駆け抜けざまに剣を甲皮の隙間に突き刺し、コンラッドとメイナードは刻印魔法を撃ち込んだ。
ギュピッ!!
短く断末魔を奏で息絶える。一発の刻印魔法火炎弾は完膚なきまでに顔面を消し炭にし、一発は体内で爆ぜ炭に変えた。
四機は歩みを止めない。立ちはだかる蟲をいとも簡単に倒した、だが並の兵士ではこうは行かない。同じことをしようとすれば、隊に損害が出ている。彼女らは練度、隊の連携、そして度胸が違った。それもそのはず、中隊長であるオリヴィエ・リンドグレーンを筆頭に、幾多の戦場を生き抜いた百二十四名の銀の妖精中隊の中でも、指折りの実力を持った四人だった。この四機を止めるのは容易では無かった。
「―――足の速い蟲型の魔獣ばかりね。整備が万全ではないけれど、手早く片付けるわ。…蟲は嫌いよ。」
オリヴィエ・リンドグレーンは軽く毒を吐く。四機に命令を下した後、正面に立ったまま睨み付けている。彼女はたった一人で十匹もの蟲を相手にしようとしていた。あの四機でもこの数を一度に相手は出来ない。だが、オリヴィエ・リンドグレーンにはそれが―――出来る。
「”炎よ、飛べ!”」
短縮詠唱で魔法を撃つ。剣を払い弧を描く、それと同じ形の炎が蟲目掛けて高速で飛んでいった。この魔法自体に蟲を殺すほどの魔力は無い。蟲は身を少し屈めて黒い甲皮で弾く、体を起こすと眼前にはオリヴィエの機体が肉薄していた。機体がふわりと跳ねる。飛び越えざまにオリヴィエの細剣が甲皮と甲皮の間の隙間に差し込み振り上げ、背中から蟲の腹を二つに割る。
「…一つ!」
細身だが巨体が音もなく着地する。魔法でわずかに地面から浮いているせいだった。着地を狙ったかのように二匹がオリヴィエに襲い掛かる。だがオリヴィエはマギウスナイトという巨体を物ともしない。二匹の間をスルリと滑走して抜ける。ならばと後方の蟲が自身の巨体を飛び上がらせ、頭上から押しつぶそうとする。群れの中へと入ったオリヴィエに逃げ場はない。
「”大地よ、隆起せよ!”」
細剣を逆手に持ち直し地面に突き立てる。飛んだ蟲が地面に帰ってくることは無かった。突き立てた直ぐそばの地面から、マギウスナイトよりも背の高い岩の円錐が突き上げ、蟲の甲皮の無い胴体を貫いていた。
「二つ!」
蟲達は悟ったのか、簡単に倒せぬ相手と見て地上から上からも一斉に襲い掛かる。オリヴィエの機体の足元が弾ける。あの金属を叩く様な甲高い音を立てて、真上へと飛び上がった。針を通すように真上に開いた隙間を潜り抜け、蟲の上に剣を突き立て着地すると蟲の体は発火した。まだ絶命には至っていない、止めを刺す前に別の蟲が飛び掛かる。剣をすぐさま抜くと、機体を横にずらしながら回転させて片側の足だけを一薙ぎで切り落とす。この個体はもう満足に動けないだろう。オリヴィエは蟲の上を華麗に滑走する。まるで水面で遊ぶフェアリーの様に。
「さあ、これで三つ目よ!」
―――通常の機体、あの四機ですらこんな事は出来ない。手に魔力を集中して魔法を連続行使することは、時間をかけて訓練すれば出来るようになるだろう。しかし攻撃魔法を撃ちながら更に足で魔法を行使し、長時間持続させ巨大な機体を浮かせ操るほどの精密性と魔力はオリヴィエだけが持つ天性の才能だった。
この銀の妖精を傷付ける事が出来る魔獣は、ここには居ない。幾多の戦場を越え、いつしか”銀の妖精”と呼ばれるようになっていた。
…
……
………
時は少し遡り、城門の上へ。真田蒼真は苦虫を噛み潰していた。
「あまり妾の主をイジメんで貰えんかや?群長とやら。」
「子供の出る幕ではない!下がりなさい!」
リアが恐ろしい剣幕で怒鳴る。
「そこもとには言うとらんよ。…群長とやら、こやつはちょこ~っと踏ん切りが付かぬだけじゃ。妾がお願いすれば、直ぐにでも力になるはずじゃて。」
「子供がしゃしゃり出てきて何を言う!」
いきり立つリアをローランドは無言で制止する。
「小娘、そこの小僧は腑抜けにしか見えん。役に立つとは到底思えない。さっさと腑抜けを連れて立ち去れ。」
「やる気にさせるのは、なあに簡単じゃ。」
ラナは悪い顔で笑う。何かを仕出かすつもりだ。
「”理よ、我が命を持って墜ちたる楔を解き放て!”」
ラナは俺に向かって魔法を唱える。突然に景色が逆さになった。
「ってうおおおおお!何だこれ?!体がっ…浮いてる?!」
「ははは、主よ、あんまり暴れると酔うぞ。」
「おい!ラナ!どうなってるんだ?!」
もがけばもがく程にクルクルと体が回る。地面から少し浮いて無重力状態だった。
「理力の系統をその歳で修めているとはな…大した技量だ。」
「なあに、妾なぞ大した者ではないぞ。」
「その前に下ろせえええ!」
「うるさいのう、主の下ろす場所は決まっておる。」
ラナはそう言うとローランドに近づき、ひょいっと腰に携えた剣を取り上げそのまま投げて寄越す。落としそうになりながらも両手で何とか掴んだ。
「おうっとっとっと。」
「な?!小娘、何をする!」
「良い剣じゃが、使わねば意味はあるまい?ちょいと借りるぞ。」
ローランドが取り戻そうと俺に掴み掛るが空を切り、理力によって俺の体は高く高く空に上がる。
「さて主よ!行って……くるのじゃあああああああああ!」
飛ばされたというよりも、射出されたに近い。見上げる程に高く舞い上がった俺の体が直角に城の外へと投げ出された。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!」
開けては貰えぬと分かっていても尚も城門に群がる難民、そこから少し離れて無数の小型魔獣との間に立ちはだかる騎士が、幾つかの集団に分かれて陣を敷いている。その二つを飛び越え、落ちる先は魔獣の群れのど真ん中だった。
風の抵抗を利用して何とか体制を立て直そうと試みる。このまま顔面から地面に突っ込むのだけは勘弁したい。
「ちくしょうめ!どけえええええええ!!」
どこかのヒーロー物宜しく、俺は何匹かの魔獣を巻き込んで飛び蹴りで戦場に乱入した。止まるのにかなりの距離を要した。土埃を上げ巻き込んだ魔獣をミンチ同然にして、やっとの思いで勢いを殺す。周りには、人の頭よりも大きな蜂、いつかの夜に襲ってきた狼、角の生えた鹿、どれもこれも体格が大きく明らかに人間に対して敵意を持っていた。
『ぼさっとするてない!さっさと剣を抜かんか!』
頭の中にラナの声が響くと、ハッとして慌てて剣を抜くがしかし、―――剣、それは両手持ちの所謂クレイモアと呼ばれるものだった。だがそれには刃は無く、只の幅のある肉厚な鉄の板だった…。
「剣…じゃない…?」
『後ろじゃ!』
飛び掛かってきたのは狼、抜いた両手剣では重すぎて間に合うとは思えなかった。
「くっそおおおお!」
倒せるなんて思ってもみなかったんだ。破れかぶれに振り上げた拳は、顎を砕き、頸の骨を直角に折り曲げ、空高く錐揉みしながら吹き飛ぶ。水を含んだ肉が嫌な音を立て、地面に墜ちると体長二メートルはある黒い狼はピクリとも動かなくなった。
「は…?」
格闘技でもやっていたのかと聞かれれば、いいえと答える。もし習っていたとしてもこんな事は出来るはずがない。さっきの着地もそうだ。足の骨も折ってないし、着地の衝撃だって殆ど感じなかった。明らかに神とやらに授けられた力に他が無い。
『剣を使わずに倒すとは主はマゾか?』
「急にこんな場所に放り込んどいて言うことか?!」
『ちなみに主の声はこっちには聞こえんからの。ほれ、また来たぞ。』
「くっ!!」
角を突き出して鹿が突進してくる。迎え撃つように剣を両手で持ち振り下ろす。頭を狙った一撃は地面に小さなクレーターを作り鹿の頭蓋を叩き潰している。魔獣は一定の距離を保ったまま睨みを利かせている。どうやらこの一撃で簡単な相手ではないと悟ったらしい。
自分でも驚く程、剣は羽のみたいに軽かった。火事場の馬鹿力的な感じなのだろうか、どうにも自分の力が扱いにくくて戸惑う。
『主よ、鈍器として扱うのも悪くは無いが、その剣は結晶剣じゃ。使い方は魔法と同じ、刃を想像し魔力を込めるのじゃ。』
よく見ると、剣の根本から先にかけて半透明の青い鉱石の様な物が埋め込まれて、裏側の景色が薄らと見えている。
『結晶剣は術者の込めた魔力に応じてその威力を増す、主の馬鹿に大きい魔力でも刻印剣よりは持ちこたえてくれるじゃろう。』
「だからその魔力の制御ってやつが出来ないんだっての!」
『魔獣が怯んだ今が期会じゃ、やらねば死ぬぞ。』
毒を吐きたい気持ちをぐっと堪える。
帰ったらたっぷりと聞かせてやる!
剣に意識を集中する。あれから一度も成功はしていないが、魔法を操るイメージは教わっている。集中した先に光と熱を感じれば、魔力が魔素に繋がった証拠だ。もっとだ、もっと集中…して…光を…光…を…。
体が…熱い…!燃え盛る炎の中に居る様だ。だが不思議と心地良い、力が内側から溢れ出るような感じだ。でも何かがつっかえている、殻のような何かが押さえ込んでいる。もっとだ…もっと力を…!
―――自分を押さえつけていた殻が、割れた。
ただの感覚だ、でも同時に赤いハッキリとしたオーラの様な物が体を包み込んでいた。今なら分かる、そうだ、これが魔力だ。俺から発せられた魔力はオーラとなって纏われ、全身に確かな温かさを感じる。自分の存在が一つ大きくなったような新しい感覚がある。
もう一度結晶剣に集中する、今度は簡単だった。これは最早鉄の板なのでは無い、真っ赤な刃が俺の魔力によって鋭く作られていた。片手で持った結晶剣は羽の重さすらも感じない、まるで空気で作られているように軽い。
魔獣を見ると、黒いオーラを纏っているのが見て取れた。だがそれは今にも消えそうなくらい小さく震えている。もしかして怯えているのか…?
目の前の三匹が不意に走る。恐怖に駆られてか、感情が爆発したように俺へと駆ける。だがそれは無謀だった。
「今なら…やれる!」
一振りに払い抜ける。手応えは感じない、決して倒し損ねたわけではない。感じないほどに切れ味が良過ぎたのだ。三匹は上下に両断され、地面にその躯を投げ出していた。
『主よ、上手くいったようで何よりじゃ。その調子でじゃぞ。』
「…何がその調子だ、そっちこそ調子のいい事言ってるじゃないか。」
しかしその通りである。今ならこの囲まれた状況でも、何ら恐怖も気後れも感じない。
「そっちから来ないなら…俺から行くぞ!」
足に魔力を集中し駆ける。疾い、疾い、疾い。幾体もの魔獣が宙を舞う、為す術なく赤き凶刃に命を散らす。最早どれだけ居ようとも物の数では無かった。
…
……
………
「うむ、ようやっと操れるようになったの。」
「なんだあれは?!あの魔力、自己強化の理力…こんな出鱈目なものは見たことが無い…。」
ローランドは驚愕する。遠目からでも分かるほどに濃密で強靭な魔力と魔法は、今まで見たきた魔術師や魔道騎士とは次元が違っていた。
「小娘!あれは…何者だ?!あれほどの理力、大魔術師でも容易く行使出来るものではない!あれは…あれは本当に人なのか?!」
「安心せい、人じゃよ。紛れもなく…な。ところで群長よ、妾と取引せんか?」
「取引だと?」
「そうじゃ、簡単な取引じゃよ。そちらにも悪いは無いではないはずじゃ。」
「話が見えん限りは取引をする理由が無いな。」
「即答とはつれないのう。妾の力を見てからもう一度考えては如何かの?」
「何?」
「リアとやら、その腰の物を妾に貸してはもらえんか?」
「何を馬鹿な事を!」
「…構わん、貸してやれ。」
「は?」
群長は無言で返す。不服そうにリアは自分の杖を差し出した。
「うむ、よい杖じゃな。これなら十分に力を発揮できよう。」
杖の先には長細くカットされた青い結晶がくっ付いている。青い結晶、それは込めた魔力を増幅し魔素への働きかけを強める一種の魔力増幅器の役割を果たす。
「では今から見せるのは、妾お得意の大魔法じゃ。その眼で確と焼き付けよ!」
城門の端、大人の腰ほどの高さの壁を器用に上り杖を掲げる。
「戯言を、子供の出る―――」
「”炎よ―――”」
「馬鹿な!たった一人で魔法陣を作り上げているだと?!」
リアが驚愕の声を上げる。
掲げた杖の先に魔法陣が浮かび上がる。頭上に一つ、左右に二つ…四つ、まだ増える。魔法陣一つで魔術師が四人から五人は必要な大魔法を、ラナは簡単そうに左右対称に計十一の魔法陣が浮かび上がらせた。
「”我が魔を持って素に命ず!手繰れ!集結せよ!収斂するは原初にして終末の炎!劈頭を焦熱せよ!終を灰塵と為せ!今、我が理を持って示す名は―――炎獄!”」
十一本の火柱が魔法陣から放たれる。向けられた先には、大地を黒く塗りつぶしていた小型魔獣が犇めくその色を、爆炎と轟音、眩い光を伴って一瞬で灰へと帰した。
「………ちと、張り切り過ぎたかの…?」
大魔法を撃ち込んだ先には土煙と太い黒煙が立ち並ぶ。クレーターとなった場所にはソーマが居たはずだった。
『ぬ、主よ~、主殿よ~?い、生きとるかいのう?』
「おい、ラナ………今何をした…?」
『は、張り切り過ぎただけじゃ、別に主なら大丈夫だろうとか、久しぶりに撃ち込めるから楽しくなって来たとか、そんな事は思っておらんよ?』
「お前は俺を何だと思っているんだ?!…その前に何で会話出来てるんだ?聞こえないはずじゃ…」
『あ…』
「あ…ってなんだ?!……ラナ?おい、ラナ?!」
土煙の中に薄ピンク色をした魔力の極細の糸が、俺の頭から城門に向かって繋がっている。ラナからの返答が無くなると同時にプツリと切れた。
これで会話していたのか…罰はメシ抜きの刑だな。
「これは…後で弁明せねばならんかのう…。」
「こんな大魔法をたった一人で…馬鹿な!」
リアが驚愕し叫ぶ。
「…ラナ・ローウェル!杖を捨てなさい!!」
腰に差してある短刀を引き抜き、ラナに向ける。
「杖を捨て、所属と階級を名乗りなさい!…こんな小さな娘に扱える魔法ではありません。ましてや十一もの魔法陣を行使する魔術師が居るなんて聞いたこともない!」
「何を言うとる、今目の前で見ただろう。お主の見識だけで語られても困るんじゃが?」
「黙れ!私に聞かれた事だけ答えればいい!ラナ・ローウェル、お前をこのまま拘…。」
腕をリアの目の前で軽く上げ、ローランドは続く言葉を遮る。
「私も気になるな、たった一人で魔法陣を行使出来る魔術師は歴史上に一人しか思い当たらないのでね。賢者ソシエール、名前くらいは聞いたことがあるだろう?この国の、いや、この世界の魔法体系を作り変え進化させた三百年前の偉人だ。もはや伝説と言っていい。何せ彼女の作り上げた体系のうち最も有名なのが魔法陣に関する理論なのだからな。」
「もちろん知っておる。それがどうかしたかの?」
「彼女も一人で魔法陣を行使可能だったが、弟子、孫弟子、そして三百年経っても彼女の理論を完全に理解できるものは終ぞ現れなかった。しかし、だ。君は十分に理解しているようだが一体何処で、誰に、学んだのか詳しく知りたいものだ。」
「使える者が現れなかったのは皆ヘボだっただけじゃ。それに何処で誰に教わったのかも別にどうでもよかろう。妾も忘れたわ。」
「嘘をつく気もなければしらの切り方も大雑把と来たか。他にも秘密を抱えてそうだな、ますます興味が沸く。」
「そこだけ聞けば酷い趣味を持っているように聞こえるぞ?」
「悪いがそんな趣味は持ち合わせがない。…さて、どうすれば真面目に答えてくれるのかな?」
「そうさな…。」
…
……
………
一つまた一つと切り捨てられる魔獣の死骸、数え切れぬ程に積み上がっても魔獣の数は減ったようには見えなかった。猛攻は止まらない。二つ斬ってもまた二つ、三つ斬ってもまた三つ、正しくそれは数の暴力と呼ぶに相応しい。しかし、ソーマはそれに呼応するかの様に切り伏せる。
「どれだけの数が居るんだ?全然減りやしない!」
急に魔獣の動きが止まった。何がどうしたのだろうか。今更怖気づいた訳では無さそうだが、あれ程攻撃の手を緩めなかったのに今は一定の距離を保って不気味なほどに微動だにしない。
『上だ!避けろ!』
先ほど途切れたはずのラナの声が頭の中に響いてくる。一体何なのかは碌に確認もせず、地面を強く蹴って後ろに飛ぶ。次の瞬間、轟音と土塊そして風圧を巻き起こし、地面が破裂した。
風圧と土塊に当たりバランスを崩しながらも何とか手を付きながら着地に成功した。
一体何が起こったというのか。上からというラナの警告、地面を抉り巻き上げる程の衝撃、爆撃とか砲弾とかその辺の類だろうか?…いや、ある意味ではもっと厄介なものだった。
土埃が晴れ、地面を抉ったその正体が姿を現す。それは…。