第三話 人の助け 前編
ひどい臭いが漂ってきた。何かが腐ったような、とてもじゃないが直接呼吸をしたくない臭いだ。
「注意してくださいね、ここで隙を見せて大勢に襲われでもしたら一溜りもありません。物乞いにも注意してください、話しかけられても無視して目を合わせないように。」
百人…もっと多い、二倍…いや、三倍に届くか?半ば死んだような目付きでこっちを睨んでる。襲ってくると言われれば嫌でも緊張してくるな…。
「何故ここに留まっているのですか?城内に入れてしまえばこんな状況には…。」
「物流が今ほど厳しい状況でなければ受け入れていたのですが、隣国ダルスター公国が滅亡して以来、国境沿いまで魔獣が頻繁に現れるようになりました。騎士団が何とか侵入を食い止めていますが、それも完全ではありません。軍事費が嵩み、流通ルートが半減、王国の財政も悪化の一途、今年はとうとう赤字になるでしょうな…。」
「ですが、これでは余りにもひどいというか…。」
「この国はもう難民を支えられるほどの余裕は無いのです、ですから王は踏ん切りをつけて欲しいと考えているのですよ。近いうちに王都が最前線になると王は予測しているのです。そうなってから民を逃がすのでは遅いとの判断でしょうな、そのための準備もしている。」
「何故そんなことが分かるのですか?」
「今回の荷ですよ。納品先は王国の工廠ですから、品目と頻度を考えれば見えてくるというものです。私も命が惜しい、ソーマ様に助けて頂いたあの道を使ったルートも今日で最後です。この国で商売出来るのも長くは無いでしょうな。」
二の句が継げなかった。仕方ない、俺には如何する事も出来ない、そんな言葉が真っ先に浮かんだからだ。でもなんだろうな、心の奥底に何かがつっかえる。日本ではテレビやネットを通してでしか見たことが無いからだろうか、少なくとも俺が安心で安全な国で生きていたって事なんだろうな…。
「止まれ!」
城門の前まで辿り着くと、二人の門兵が進路を塞ぐ。他に四人ほど近づいて来たが、門の奥にはさらに十人近い兵士が待機していた。ふと城門を見上げると小窓から弓兵らしき人影が見える、かなり物々しい雰囲気だ。
「通行許可証と目録を出せ。」
デルバートは何も言わず封蝋のある丸められた書簡と目録を差し出す。門兵は封蝋を確認し目を通す。
「目録に間違いは無いな?」
「はい、ありません。」
「荷を改めさせてもらう。おい!」
随分と高圧的だ。合図と同時に残りの四人は強引に荷を確認していく、まるで犯罪者として疑われている気分だ。
「無作法にも程があろう、腹立たしいわ。」
「仕方ありませんラナ様、荷に紛れて難民が入ってくるのを嫌っているのでしょう。」
「本当にそれだけかのう…、まあよいわ。さっさと済ませて貰いたいものじゃ。」
「確かに直ぐにでも離れたい感じだ。」
検分が終わり兵士が戻って来た。遺体を発見したが装備品で護衛の一人だと判明した事を告げ、それ以外の問題は見当たらないと報告すると四人は門へと戻っていった。そして高圧的な門兵は書簡と目録を返すと、通れと一言発し戻っていった。
「では、参りましょうか。」
「そうですね。」
馬を進め、門を潜り大通りに出る。沢山の商店が立ち並び客引きの声が飛び交う、行き交う人々は様々だが、取り分け兵士と冒険者と思われる武装した格好の人が目についた。
「武装している人が多いんですね。」
「ええ、魔獣が増えてますからな。隊商の護衛に雇ってもらって、一稼ぎしようと腕に覚えのある者が集まってるのですよ。」
「なるほど。」
「そんな事はどうでもよい。まだ着かんのか?腹が空き過ぎてもう動けぬ。」
「ははは、もう直ぐですよ、この大通りの先ですから。さあ、見えてまいりましたぞ。」
「え、もしかしての大きな建物がそうなんですか?」
「ええ、そうです。」
で、でかい。大通りを抜け広場に着くと、白い壁に五階建て、横は三百メーターを優に超える、そんな建物が現れた。
「ソーマ様、ラナ様、お疲れさまでした。ここが王都最大を誇るオーガスト商会でございます。」
「はぁ~、すごいな。」
「なかなかに立派じゃな。」
ギギィと豪華な装飾の両開きの扉が開かれる。幾人かの執事風の男性が現れると、屋根の付いたポーチを進みデルバートに挨拶をした。
「お帰りなさいませ、デルバート卿。」
「うむ、馬車を裏の厩舎まで運んでおいてくれ。」
「畏まりました。」
目録を受け取ると颯爽と馬車に乗り込み、建物の裏へと消えていった。
「デルバートさんて爵位持ちだったんですか?」
「ははは、大昔に戴いたもので、商人の私にとっては今でも苦い思い出です。お恥ずかしい話になるのでそのへんで…。」
「はぁ…。なんかすいません、爵位を持ってる方に不躾な態度をとってしまって。」
「良いのです。命の恩人に気遣いをされてはそれこそ爵位の名折れというもの、今まで通りで構いません。それに、そこまで位の高いものではありませんし。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「いえいえ。では、我が商会のギルドマスターにお会いして頂いてもよろしいですかな?」
「ええ、分かりました。」
「分かりましたではない!妾はもう腹が減って一歩も動けぬぞ。行くというなら主一人で行ってくれ。」
「もう少し我慢出来ないのか?みっともないぞ。」
「朝も昼も何も食べとらんのだぞ、主は減らぬのか?」
「俺はまだ―――」
ぐぅ~と腹の虫が自己主張を始めた。こんな時に鳴らなくてもいいだろうに…。
「ははは、では腹ごしらえと行きましょう。面会はその後でも後日ということでも構いません。」
「いやー、申し訳ない…。」
「主も減ってるではないか。我慢は良くないぞ。」
「お前なぁ、ちょっとは遠慮というものをだな。」
「そんなものなぞ知らん。して商人よ、その旨い店の肉は絶品なのじゃな?」
「ええ、もちろん。この私が保証いたしましょう。ではご案内いたしましょう。」
デルバートの後を付いていく、さっきまで一歩も動けないと言っていたはずなのに、足取りは軽やかだった。こいつ絶対肉が食いたいだけだぞ…。
引き返すように大通りへ、脇道を過ぎること三本目、次の角を左に曲がるとその店はあった。宿屋”牛と狩人達の安息”看板にはそう書いてある。西洋風に言うならカウアンドハンターズインといったところか。
「ここは宿屋が酒場と食事処を兼ねているのですよ。絶品の肉というのは牛肉の事でして、名物料理を看板に入れたわけですな。さあ入りましょう。」
中に入ると夕食時には少し早いが、席は半分くらい埋まっていた。三人で空いている席に座る。すぐさま給仕姿の赤いショート髪の女の子が笑顔で近づいて来た。
「いらっしゃいっス!あ、デルバートさんじゃないっスか。ご無沙汰っスよ~。」
「肉を寄越すのじゃ!妾に絶品の肉じゃ!」
「お、おい。」
「ははは、仕入れで長い事王都から離れていました。今日やっと戻ったので、恩人を連れてきましよ。」
「そうだったんスか、じゃあ、お兄さんとお嬢さんは初めてっスね!私はミュリエット・ローレイドっス、ここの看板娘っスよ!ヨロシク!」
片目を閉じてポーズを決める。なんだこの子は…。
「俺は真田蒼真、ちっこいのがラナ・ローウェルだ。こちらこそ宜しく。」
「へぇ~、貴方がデルバートさんの恩人っスか~。」
まじまじと見つめられる。青色の透き通った両目、白い肌にすっと通った鼻筋、唇は若干のうるおいが見て取れる。全体的に整った顔立ちで可愛い印象だ。というか、なんでこんなに見られてるんだ?ていうか、近い!顔が近い!ド、ドキドキする!
「あ、あの…何でしょうか?」
「ソーマさん、凄く強いっスね。」
「ミュリエットさんは見抜かれましたか。」
「へ?」
「はい、数々の冒険者や腕に覚えのある人を見てきましたから、私の目は確かっスよ~。」
「分かるんですか?」
「ミュリエットさんの目は確かですよ。今回連れて行った護衛も彼女からの紹介です。」
「へぇー。」
「へぇー、じゃない!妾は肉を寄越せと言っておるのじゃ!店に入ってまでお預けされとうないわ!」
「あははは~、これは申し訳ないっスね~。では、牛肉の香辛料焼きが三人前で良いっスか?」
「ええ、それで。後は私にはエールを、こちらのお二方には果実の飲み物を。」
「分かりましたっス、少々お待ちくださいっスね~。」
注文を取り終えるとパタパタと早足に厨房へと向かっていった。あんなに顔を近づけられて、ドギマギしちゃったけどかわいい子だったなー。ちょっと変わってると思ったけど…。
「主よ、鼻の下が伸び取らんか?」
「の、伸びてない!」
「主の好みの女子はああいった感じかの。主では尻に敷かれる未来しか見えんがの、くっくっくっく。」
「だからそんなんじゃないっての!」
「彼女はこの店のオーナーの一人娘ですし、気立てもよく料理も上手い、容姿も良いので狙っている者は多ございますよ。まあ、ソーマ様なら射止められましょう。」
「デルバートさんまで…、よしてください。」
そんな事を延々と言い合っていると、料理を持ってミュリエットが戻って来た。
「お待ちどっスよ~。牛と狩人達の安息名物、牛肉の香辛料焼きっスよ~。お好みで塩とソースをどうぞ。」
パン、飲み物、そしてメインの肉、ってこれステーキじゃないか。でも見た目といい、香辛料の匂いといい、日本で食べてたものと同じ感じがする…!
「おお!やっと来たな!では早速頂くとするかの。」
「ええ、冷めないうちに頂きましょう。」
ナイフで切り取って口に運ぶ。
「旨い!」
三人同時に声を上げる。香辛料で引き立った肉の味、噛めば溢れ出る肉汁、固くなく柔らか過ぎない赤身は、しっかりとその歯ごたえを伝え肉を食っている満足感を与えてくれる。これは旨い!
「これは旨いですね。ここに来て日は浅いのですが、この味はなんだか懐かしくなります。」
「ソーマ様は香辛料焼きをご存知で?」
「故郷によく似た料理があったのですよ。それを思い出しました。」
「なるほど、そういえばソーマ様はどちらの出身で?」
「東の方です。」
「東ですと?!」
あ、まずった。爺さんに話した時も同じ反応だったな。この世界じゃ東側はもう人の住めない土地だったな。
「御国の名前は何というのですかな?」
「あー、いやー、そのー。」
やめてええええ、それ以上突っ込まないでえええええ!日本ですなんて言っても余計に怪しまれるだけだ、どうしよう…。そうだ!ラナに助け船を………ダーメだこいつ、食うのに夢中で会話を聞いてねぇ!そうだ!話を変えよう、そうしよう。
「そ!そういえば、言っていたお勧めの宿はどちらの方にあるのですか?」
「その宿でしたら、ここですよ。」
「へ?」
「ここは元々宿屋ですから、王都の中でも良い部屋があるんですよ。そして何より私の顔が利きますので、ミュリエットに伝えて頂ければ御用の品などは届けられますよ。」
「そうなんですか、それは便利ですね。」
「どうぞ、お気軽にお申し付けください。」
「なんだか悪いなぁ。」
「いえいえ、よいのですよ。…さて少々早いですが、私はこれでお暇させていただきますね。書類仕事を残しているので。」
「はい、今日は本当に助かりました。」
「いやいや、助かったのは私の方ですよ。本当にありがとうございます。宿泊の件はミュリエットの方に話を通しておきますので、では。」
「はい、それでは。」
「商人殿よ、待つのじゃ!」
「な、なんでございましょうか?ラナ様」
「…もう一皿、よいか?」
「ふふふ、気に入られた様で何よりです。今私が注文してまいりますね、それではまた。」
「ははは、すいません。」
そういうと席を立ちカウンターのミュリエットへと歩む、店を出る時にこちらへ一瞥を投げデルバートとはここで別れた。
「本当に良く食べるな、ラナは。」
「主が食べなさすぎなのじゃ。男は体が基本じゃ、もっと食べるがよい。」
「俺はもう十分だよ。」
残り半分となった飲み物を呷る。お婆さんが出してくれた物よりは落ちるが、これもなかなかに旨い。
「口にソースがついてるぞ。」
布を取り出し口元を拭ってやると、ラナは追加で来た目の前の御馳走に夢中になる。食べている姿は年相応に見えた。俺もだが、こいつも根無し草なんだよな…。助け合えるだけ僥倖…か、確かにそうかもしれない。小さな女の子が一人で生きていくには余りにも大変だ。後先考えているのも、魔法が得意なのも生きてく上で必要な事だったんだろうな。爺さんの所で出会ってなければ、ラナもあの難民の中に居たのだろうか。……俺が元の世界に戻るまでだが、それまで一緒に居てやるのもいいかもしれない。
「満足したか?」
「うむ、妾は満足じゃ。もう食べられぬ。」
「そうか、俺たちが泊まる宿はここの上だそうだ。移動しなくていいから楽だぞ。」
「それはよいな。」
二人は席を立ち、カウンターへと向かう。ミュリエットの姿はまだそこにあった。
「ミュリエットさん、デルバートさんから聞いていると思うけど、ここに泊まれるかな?」
「聞いてるっスよ~。うちで一番の部屋をご用意させてもらってるっス。」
「一番?なんかデルバートさんに頼りっぱなしで悪いなぁ。」
「あの人はかなり稼いでるので問題無いっス。代金は向こう二十日分頂いてるので、ゆっくり使えるっスよ~。」
「あれ?割引って話じゃなかったんだ。…一応宿泊費の内訳を聞いていいかな?」
「良いっスよ~。一番いい部屋が一泊で金貨二枚、それと食事代が一日三食で銀貨六枚と、風呂代が一日銀貨一枚、風呂はいつでも使い放題っス。全部で金貨四十一枚と銀貨が四十枚っスね。それ以降は泊まった分だけデルバートさん持ちになるっス。」
「うげ!俺と取引した金額の四倍以上じゃないか。これはちょっとやりすぎな気がしてきたぞ。」
「私らは儲かるんで嬉しいっスよ。」
「このお礼は何かで返そう。」
「そうだ、ソーマのお兄さん、ちょっとお耳を。」
ミュリエットが手招きしている。何やら内緒話の様だ。
「お部屋、もう一つ借りて女の子呼ばないっスか?」
「は?!なんでそんな…いいよ!呼ばなくていいよ!」
「ちぇ~、商機だったのに残念っスね~。どうせデルバートさんにツケるんで女の子を呼びたい放題っスよ?」
「それはとても魅力的…じゃなくて!呼ばなくていい!」
「そっスか~。あの部屋を借りた人は大抵豪遊していくんっスがね~。なら奥の手っス。初物大サービスっスよ~。なので、もう一回お耳を。」
また手招きをしている、次は何だ?
「実は、私、空いてるっスよ。」
「へ?!」
心臓が飛び出そうになる。とっさに抑えた耳が熱い。前かがみになったままのミュリエットは腕を組んで胸を押し上げて挑発している。この子スレンダーかと思ったら意外と大きいぞ…。って違う!
「だからいいってば!早くへ、部屋の場所を教えてよ!」
「これは流石に傷ついたっス。部屋は最上階の一番奥っスよ~。」
出された鍵を引っ手繰り、ラナの手を引いて逃げるように階段を上る。ラナの視線が痛いのはこの際無視することにした。
「あの客人、無欲だな。」
厨房から筋骨隆々の男が出て来た。
「そっスね~。胸に視線が行った時はイケると思ったんっスけどね~。」
「生娘が何を言っている。お前は客を取るような真似はしなくていいといったはずだぞ。」
「私だって狙いたい男くらい居るっスよ~。これでもモテるんスからね。自信あっただけに傷つくっスな~。…まさか本当にロリコンなんスかね?」
「馬鹿な事言ってないでオーダー取ってこい。」
「はーいっス、お父ちゃん。」
背筋に悪寒が走る、何やら変な誤解をされたらしい。部屋に入るとなかなかに豪勢な作りだった。何より嬉しいのは枕が羽毛だったことだ。靴を脱いで横になる。ラナはすでに俺の横で寝ている。今日は疲れた。これは深い眠りになりそうだ。明日は街に出て情…報……を集め……。
…
……
………
結果から言うと情報は集められなかった。二日目の朝、と言っても日の傾きから察するに昼近い。部屋の窓を開けて外の空気を吸う。一緒に起きて来たラナと連れ立って窓の前で大きく伸び。思わずふぅ、と息が漏れる。しかし、昨日はよく歩いた、おかげで今でも足が若干痛い。首を軽く回しながらテーブルに置いてある金貨の袋を見る。金貨十三枚、銀貨八十枚くらい、銅貨に至っては数えてない。これは昨日の朝にデルバートさんの使いの者が届けてくれた金貨だ。
「おいボウズ、ちょっと来い。」
厳つい筋骨隆々の男に呼び止められる。溜まった疲れと汚れを落とす為に朝風呂へ行こうとカウンターの前を横切ろうとした矢先だった。
「俺、ですか?」
「そうだ、お前に渡すものがある。」
ものすごくどすの利いた声の主は何やらカウンターの下からジャラジャラ音のする袋を出してきた。
「デルバートさんからお前に渡して欲しいと頼まれた、色を付けておいたので今後とも宜しく、だそうだ。受け取れ。」
「これはもしかして取引した代金かな?」
中には金貨十五枚が入っていた。色と言っても五枚上乗せはちょっと多いんじゃないか?
「デルバートさんは他に何か言ってませんでしたか?」
「………」
え?あれ?なんかすごい睨まれてるんだけど…。俺、何かやっちまったのか?
「あ、あのぅ…。」
「………俺はミュリエットの父親だ。男手一つで大切に育てて来た大事な娘だ。俺にとっては目に入れても痛くない程、可愛い可愛い娘だ。もしもミュリエットに何かあれば、まず真っ先にお前を疑い、そして縊り殺すことだろう。いいか、手を出したら命は無い事を覚えておけ…!」
「は…いぃぃ…。」
金貨の入った袋を取り階段を駆け上がる。ミュリエットの親父さん怖いよ、あの眼光は確実に二人三人くらいはヤってる眼だった!むしろ俺が死にそうだったよ…。
警告を食らってこの先が不安になりながら、部屋の扉を開けたその先に待っていたのは仁王立ちしたラナだった。
「主よ、いい物を持っておるな。」
ジャラリと袋が鳴る、その音にラナがニヤリと笑う。なんの警戒もなく扉を開け、ラナに見つかったのが運の尽きだった。その後は王都の散策と買い食いと買い食いと買い食い、ジャイアントスイングの如く振り回された俺は、あれだけ買い食いしていたにも関わらず、夕食もきちんと取るラナに胸焼けを起こし、二日連続で深い眠りへと落ちることとなった。
そして今日に至る訳だが、朝食件昼食を取ろうと一階へ降りるとどうにも様子が変だ。どの時間でも最低二組程は絶対に居るはずの冒険者の姿が見えない、というか客が誰も居ない。カウンターには険しい顔をしたミュリエットと親父さんが居た。
「今日はどうかしたんですか?二人とも怖い顔をしてますが…。」
「ボウズか、随分と寝ていたようだな。」
「ちょっと最近疲れが溜まってて…。」
「ソーマさん、今日は部屋から出ない方が良いっスよ。」
「え、それはどういうことですか?」
その時だった。扉を勢いよく開き三人の甲冑を纏った男二人と女一人が入って来た。
「店主、サナダ・ソーマという人物は居るか?」
「それは俺ですけど、何か用ですか?」
「貴様がサナダ・ソーマか、想った以上に若いな。まあいい、貴様の力を見込んで私と共に来てもらおう。」
「なんですか急に、説明くらいするべきなんじゃないですか?あなたたちは一体誰なんです?」
「失礼、急いでいたものでな。私はアードウィッチ王国軍、魔法騎士団、機甲魔法兵群所属、ローランド・オーダムだ、こちらの二人は副官のジャスパー・リッジウェイとリア・ヒューズだ。」
「こりゃご丁寧にどうも。その騎士団の人が俺になんの用ですか?」
「今、王都は困難な事態に直面している。昨夜、我々の下に一報が届いた。半年ほど小康状態にあった国境が、三日前に魔獣共の群れに突破された。直にここ王都まで到達することだろう。今我々は残った戦力を集め防衛に当たっている。もちろん守り切るつもりだが、戦力は多いに越したことはない。君はオーガスト商会の商人を魔獣から救ったそうだな、かなりの腕前と聞いている。是非ともその力を我々に貸して欲しい。」
「はっきり言うぞ、俺は戦いの素人だ。デルバートさんの時はたまたま魔法が撃てたってだけで、殆どまぐれで生き残った様なもんだ。騎士団がどの程度かなんて知らないけど、俺じゃ力にはなれないよ。」
「だが、魔獣を十匹も仕留めたのは事実であろう?その力を借りたいのだ。」
「だから―――」
「主よ、行ってみるだけ行ってみては如何かや?」
「何を言ってるんだお前は。」
「御爺殿も言っておっただろう、逃げろと。それでいいのじゃ、主は騎士団とは何の関係もない人間じゃて、無理と見て逃げても文句は付けられまい。」
「…ボウズ、行ってやっちゃくれないか?」
「お父ちゃんも何を言ってるんスか!」
「こんないつ魔獣に国を滅ぼされるかわからない時代だが、この国は…この店はこいつの家で故郷だ。ボウズに頼むことしか出来ない不甲斐ない親父だが、出来るなら失わせたくはない。そりゃいよいよとなればこいつを抱えて王都から逃げ出すが、それでも守れるなら守りたい。だから…ソーマ、不甲斐ない俺に変わって力を貸しちゃくれないか?」
「お父ちゃん!ソーマのお兄さんも聞かなくていいっスからね!」
「………なんでこんな素人にみんなして頼むかね。わかったよ、行けばいいんだろ行けば。」
「来てくれるか!その力、是非とも期待させてもらおう。」
「言っとくけど、俺は死にたくなんかない。危ないと思ったら一目散に逃げるからな!」
「そこまで無理強いはしない。その時になったら我々を置いて逃げてくれ。」
また扉を勢いよく開ける者が現れた。
「物見より伝令!東門の物見塔より百ヘスト前方に魔獣の群れ発見!小型多数、中型二十、大型未確認との報告です!」
「来たか…サナダ・ソーマよ、我々と来てもらおう。」
連れ立って店を出る、店の前には馬が四匹待機している。
「君は馬には乗れるか?」
「乗ったことは無い。」
「ならば私の前に。」
ローランドに手を引かれ馬に跨る。背中に甲冑が当たって少し痛い。
「妾も連れていくのじゃ。」
「子供が来るところではないぞ!」
リア・ヒューズの注意も聞かずに、身のこなし良くひょいっと彼女の馬に跨る。
「構わん、急ぐぞ!ハッ!」
「危ないと思ったら直ぐに逃げるんスよ~!!!」
ミュリエットの声がもう遠い。想像以上のスピードと振動に振り落とされまいと、身を屈め馬にしがみつく。
また魔獣と戦うのか…なんでこんなことになった?震える手が汗ばむ、心臓が少し痛い…。
人の居ない大通りを突き抜け、馬を走らせること約十数分、東門へと到着した。城壁の上へと出る階段を上る。丁度、門の真上に当たる場所には少し広くなっていた。そこには―――
「オリヴィエ、留守の間ご苦労だった。」
「いえ、群長の用件は間に合ったのですね。」
「あぁ、力を借りれることになった。サナダ・ソーマだ。」
「え、三島…?」
清楚で品のある身なり、黒く長い髪は風に流され一枚の絵となり見る者を魅了する………。間違いない、三島小雪だ。
「三島、三島小雪だろ?!生きてたのか?!」
「ちょっと、何?」
「あんまり話したこと無いけどさ、同じクラスだった真田だよ!流石に名前くらいは憶えてるよ、な?ははは。でも、会えて―――」
「貴方、誰?」
「………?」
「ミシマ何とかという人じゃないわ。私はオリヴィエ・リンドグレーン、アードウィッチ王国軍、魔法騎士団の兵士よ。」
「………ッ!!」
「群長、私も出ます。」
「頼む。」
彼女は城の外へ城壁の上から飛んだ。彼女の足がわずかに光る、次の瞬間には金属を叩く様な甲高い音を立て、更に高く遠く跳躍し華麗に着地を決めた。
「オリヴィエと知り合いなのかね?」
「…そのはず、あれは他人の空似なんかじゃ…。」
「確認は生き残ってからにしてくれ、君には前線を任せたいのだがよいか?」
「来ただけだ、戦うとは決めてない。」
「我々は力が欲しい、力があれば憎き魔獣共を殲滅出来るというものだ。」
遠くの方で大きな破裂音が聞こえる。ここからでも分かるくらいに巨大な鈍い銀の甲冑が、自身と同じ大きさはあろうかという盾と槍を構えて、何十機もの巨人が一列に並んで魔獣と戦っている。あれがマギウスナイトか。
城門が何やら騒がしくなっている。悲鳴と怒号、開けて、早く入れろ…?城壁の上から下を覗く。そこには魔獣から逃れまいと、難民が押し合いへし合いの地獄絵図だった。
「おい!なんで入れてやらない?!」
「それは出来ん。」
「はあ?!ふざけるなよ?!力が欲しいって言ったじゃないか!それは復讐のためだけか?!」
「彼らはどんなことがあっても、入れる訳にはいかんのだ。今ここで王都に入れれば彼らのせいで王都は瓦解するだろう。」
「てめぇ…何言ってやがる!」
「では、よしんば入れたとして、君は保証出来るのか?食を、住居を、仕事を、そして命の保証を…!もちろん我が王国ならばこの程度の人数は保証出来よう、しかし一度入れれば際限なく集まり、いずれは何もかもが足りなくなる。なれば王都の治安は乱れ、その安定に騎士団の力を注がねばならんだろう……それでは守りたい者も守れなくなる。近いうちに王都は最前線となる、その時に居てもらっては困るのだ。」
「でも、少し入れてやるくらいは…。」
「くどい!…では何故貴様が守ってやらんのだ?」
「………」
「それ程の力がありながら、我々に言うだけで何もしない貴様は一体なんだ?」
「お、俺は…。」
「貴様の口から出るものは只の綺麗事だ、何の覚悟もなく、何の代償もなく、ガキのそれと変わらん。もういい、私の見込み違いだ。ここから立ち去れ!」
「………ッ!」
俺は死にたくないだけで…力なんか…。
「ふむ、まったく不甲斐ないな主殿は。どれ、妾が助け船を出してやろうかの。」