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第二話 森を抜けて

 揺れる馬車、ひたすら続く草原と林、森を抜けても同じ風景には流石に飽きが来る。旅立ってから四時間ほどたっただろうか、長い一本道をひたすら進むがまだまだ先は長い様だ。

 街に着いたら先ずは、後ろに積んである物を買い取ってくるれる場所を探さないとな。その後は宿の確保、転送魔法関係の情報集めかな、そういう魔法があるといいんだが、無ければ別の手段を探すしかないかな…。


 「主よ、主殿よ。聞いておるのか?」

 「ん?ごめん、聞いてなかった。」


 左に座っていたラナから小突かれる。頭の中でやるべきことを整理していたら、どうやら聞き逃してしまったようだ。


 「何をボケっとしておったのじゃ、…まあ、よい。主は魔法について興味があるようじゃが、学ぶ気はあるのかや?」

 「学ぶというか、知りたいというか、何といえばいいのかな…。」


 まさかこの世界の住人じゃないので帰るための方法を探ってる、なんて言えないよなぁ…。急にそんなこと言われたって、誰も信じないし俺も信じない。


 「まあ、なんだ。面白そうだなーとは思ってるよ。」

 「そうか、そうか。ならば妾が教えて進ぜよう。」


 満面の笑みで言われた。うーん、どうするか…。


 「教わるのはいいけど、教えられるほど魔法の事を知ってるのか?」

 「ほほう、妾を試すつもりじゃろうが、それは無駄ぞ。すでに力は見せておる。よもや今朝の事を忘れたとは申すまい。」

 「あー、確かにそうだな。あれは凄かった。」

 「そうじゃろ、そうじゃろ。」


 得意げにラナは頷く。

 短縮詠唱だったか、高等魔法技術とは言っていたが魔法に関する知識が無いから凄いのかどうかイマイチ掴めないんだよな。しかし、よくよく考えてみれば知識が無ければ調べる方針が定まらないような…。知識が全く無い状態からよりは、少しでもあった方が情報も集めやすくなるはず…。それに暇つぶしにもちょうどいいかもな。


 「わかった、教えてくれ。でも俺は基本的な事も分からないから、まずはそこから教えてくれ。」

 「あれだけの魔力がありながら何も知らぬとは…。よかろう!一から仕込んでやろうぞ。妾の教えを受ければ騎士団で一流の魔術師にも、魔道騎士にもなれるぞよ。」

 「だから騎士団に入る気はないよ。」

 「まあよいではないか。さて、まずは魔法の基礎知識じゃな。魔法とは、簡単に言ってしまえば誰しもが必ず持っている生命力で、自然現象を引き起こす法の事を言うのじゃ。その生命力で魔素に働きかけ火を付ける、凍らせる、風が吹く、などの自然現象が起きるわけじゃな。そして魔素に働きかける力の事を魔力と呼ぶ。魔力が強く多ければほど、大規模な魔法が使えるわけじゃな。そして―――」

 「待て待て。一気に言わないでくれ、追い付けない。後、質問させてくれ。」

 「ふむ、なんじゃ?」

 「魔素ってなんだ?」

 「どこにでもあるものじゃ。今ここにも、その辺にもある。じゃが、目に見えぬ故これだと示せぬがな。」

 「ふーん、空気みたいなもんか。」

 「そうじゃな。忌々しいほどに満ち溢れておる。」

 「い、忌々しいのか…。」

 「…話を続けるぞ。魔法には想像と詠唱が必要じゃ、頭の中でこれから起こす現象を思い描き詠唱によって魔素に伝達する。そうすることで実際に引き起こせるわけじゃな。まあ高位の者にとっては詠唱は補助的な役割で、簡単な魔法なら必要すらないじゃろう。じゃがここで注意が必要じゃ、想像した現象と魔力量が合っていなければ魔法は失敗する。主が今朝に起こしたようにな。」

 「込め過ぎるとああなるのか…。」

 「初心者にはよくある失敗じゃ、魔力量は尋常では無かったがの。」

 「でもあの時は想像なんてしてなかったぞ。」

 「想像しなくともよい方法があるのじゃよ、それが刻印じゃ。御爺殿から刻印剣を貰ったじゃろ、書いてある文字を見てみるといい。詠むなよ。」

 「分かってるよ。」


 荷台に積んである刻印剣を取り出し、鞘から引き抜く。赤く”風の加護有れ”と刻まれている。


 「剣に魔力を通して刻印された文字を詠めば、刻印が魔力と魔力量を矯正変換し魔素に伝達することで自動的に発動する仕組みになっておる。刻印された魔法以外は使えんがな。じゃが、そのおかげで想像が難しい者や魔力の乏しい者、調節が下手な者でも簡単に魔法が扱えるようになる優れモノじゃ。」

 「へぇー、この剣って凄い剣なんだな。こんなもん貰っちゃって良かったのかな。」

 「刻印の入った武具なぞは珍しい物では無い、ありふれた物よ。街に行けば腐るほど売ってるじゃろうて。」

 「あ、そう。でもさ、魔力を通すって言ってもどうすればいいんだ?」

 「主は気が付いとらんかもしれんが、魔力が駄々漏れじゃぞ。溢れ返ってるコップに更に注ぎ込んで無駄にしておる。刻印剣が発動したのもその無駄になった魔力のせいじゃな。」

 「え、全然そんなの感じないんだけど…。つか、危なくないかそれ。」

 「なに、魔素にさえ働きかけなければ問題は無いはずじゃ。最も魔法の訓練さえ積めば止めることも可能じゃがな。じゃが、今すぐに止められない以上は闇雲に刻印や詠唱をするでないぞ、何が起こるか分らんのでな。」

 「自分からは詠まないけど、凄く不安だなそれ…。取り合えず止め方ってのを教えてくれないか?」

 「もとよりそのつもりじゃ。どれ、手を出してみよ。」

 「こうか?」


 左手を手のひらが上になるように差し出す。ラナは目を細めて少し小さな手で俺の指先や手のひらを調べる、俺には全く分からないがラナには何か見えてるのかもしれない。


 「うむ、問題無いようじゃな。まずは指先に集中してみよ、頭の中で指先に光が集まるイメージじゃ。指先が次第に暖かくなれば、それが魔力が集まってる証拠じゃ。やってみよ。」

 「お、おう。」


 指先をじっと見つめる。光が集まるイメージか…。アニメやゲームで鍛えられた想像力を舐めるなよ?そんなイメージくらい簡単だ、後は集中して…。


 …

 ……

 ………


 「あ、あれ?出ないんだけども…。」

 「一朝一夕で出来るものか。練習あるのみじゃ、頑張れ。」

 「へいへい。」

 「ん?主よ、あれは何じゃ?」


 ラナが指を刺す方向に視線を向ける。道を塞ぐ形で馬車が三つ立ち往生している。その一つは傾いていた。周りには武装した人たちが五人ほど居た。


 「どうかしましたか?」

 「ああ、馬車の車軸が折れてしまってな。大事な荷を積んでいるというのに、これでは運べなくて困っているんだ。」


 上等な服を着た小太りの男が答える。隊商ってやつなのかな。荷には幌が掛かって中身が見えないが、大事だと言っているので貴金属か何かだろう。避けて通るのもいいが…。


 「残りの馬車に乗せられないのでしょうか?」

 「向こうには載せられるほどの空きは無いんだ、だがここに捨てていくのも出来ない。納入先が決まっていて、それが足りないとなると私の信用にかかわる。もし損ねる様な事があれば商売が続けられない。」


 詳しくは分からないが、信用第一の商売なら商品を届けられないのは論外って事か。見捨てるのもなんだか気が引ける、ここは仕方ないか。


 「良かったら俺の馬車に乗せましょうか?」

 「おお!よろしいのですか?乗せてくれるならなんとありがたい事か!」

 「このままでは埒が明きませんでしょうし、助け合いですよ。」

 「本当にありがとう!何かお礼をしなければなりませんな、何なりと言ってください。」


 俺の申し入れに商人の態度が明らかに変わる。よほど重要な物らしい。


 「いえ、構いませんよ。―――痛っ!」


 ラナに脇腹を思いっきり抓られる。そして顎で後ろの荷を指すと、潜めた声で告げる。


 (主は後ろの荷をどうする気じゃ?売る当てはあるのかや?)

 (そっか、なるほどね。)

 「お礼と言うのなら、後ろの荷を買い取ってはくれませんか?街に売りに行くつもりなのですが、買い取ってくれる当てもなくて、これが売れないと路銀も無いので困っているんですよ。」

 「お安い御用ですが、それだけで良いのですかな?」

 「ええ、暫くはラングレイに留まるつもりですので、その足しになればと。」

 「そうですか、なら良い宿をご紹介しましょう。私の名前を言ってくれれば幾らかは割引してもらえるよう手配しておきますので。」

 「それは助かります。」

 「いえいえ、恩を返せればというものです。それでは荷を拝見してもよろしいですかな?」

 「はい、どうぞ。」


 そういうと俺は荷に掛けてあった幌を外し、商人に見てもらう。荷は野菜や果実などだ。商人は物を手に取ると最近の王国の事情を話した。


 「ふむ、最近は新鮮な野菜などは不足しておりましてな、ダルスターが滅亡してから魔獣による被害が多発しておりまして、農民が逃げ出しておるのですよ。値が高騰するならば、我々商人としては良い機会となるのですが、仕入れ先が無くて歯がゆい思いをしていたところです。うん、状態も良いので全部で金十枚で如何でしょうか?」

 「それでよい、金十枚なら十分に高値じゃな。商談成立じゃ。」


 俺が答えるよりも先にラナが即答した、この世界の経済が分からないのでさっぱりだ。


 「分かりました、では代金は商会の方でお渡ししましょう。」

 「うむ、そうと決まれば行動は早い方がいいじゃろうて、そちらの荷も積むがよい。」

 「いやいや、こちらこそ良い取引でしたよ。……そういえば私としたことが失念しておりましたよ、まだ名乗っていませんでしたな。私はオーガスト商会のデルバート・ホレスです、以後お見知りおきを。」

 「俺は真田蒼真、こっちはラナ・ローウェルです。こちらこそよろしくお願いします。」


 差し出された手を握り返す。こういう時の挨拶はこっちでも変わらないらしい。


 「さあお前たち、荷をこちらに乗せ換えるんだ。ぼやぼやしていると日が暮れてしまう。」


 大声でそう叫ぶと護衛の男たちは忙しなく働きだす。デルバートの指示で馬から荷台が外され道の脇にどけられた。これでラングレイへ進めるだろう。隊商の最後尾を付いて行く、左右には馬車を引いていたはずの馬に跨った護衛が付けられていた。


 「これで護衛も只で手に入り、金貨十枚も手に入った。順風満帆といったところじゃ。」

 「俺はそこまで考えてなかったけどな。」

 「主は人が好いのう、商人がお礼をすると言っておるのじゃ、絞るだけ絞ればよい。」

 「お前って外見に似合わず計算してるよな。」

 「伊達にこのなりで一人旅しとらんわ。主よりは世間を知っているのじゃよ。」

 「さいですか。そういえばラナは何処の出身なんだ?」

 「さてな、物心ついた時には一人じゃった。故郷と呼べる国はその時に居た国になるかもしれんが、今はもう地図からも名前が消えておる。」

 「そう…か、変な事聞いたな。すまん。」

 「別に気にせんでもよい、助け合える人間が居るだけで僥倖というものじゃ。」


 空が赤く染まっている。手をヒラヒラとさせ話を切ると頬杖をつく。ラナは思う所有るのか、夕日を見ながら黙っている。見たことのない家族へ思いを馳せているのか、それとも自分の境遇を思い返しているのか、今の俺には知る由もなかった。


 …

 ……

 ………


 夜の帳が下りた、目の前の焚き火が辺りを照らす。爺さんの家で食べたような食事は望めなかったが、商人のデルバートの差し入れで十分に腹を満たすことが出来たのは幸いだったのかもしれない。胡坐をかいた俺の膝を枕にラナは眠っていた。そこにデルバートは焚き火を挟んで対面に座る。


 「ソーマさん、あなたはラナさんとずっと二人で旅をなさっているのですか?」

 「いえ、こいつとは成り行きというか…。俺にも恩人が居まして、その人に頼まれたんです。ラングレイまでは送り届けると約束したのですが、その後はどうすればいいか何も…。」

 「でしたら私が仕事を斡旋しましょうか?まだ小さいから大した仕事は紹介出来ませんが、しっかりとした娘のようですし問題無いかと思います。」

 「あはは、何から何まですいません。正直俺もどうすればいいのか分からなくて…、でもラナが良いというなら、それもいいかも知れませんね。」

 「ラナさんならきっと大丈夫で―――」


 言葉を遮ったのは遠吠え、とは程遠い獣の絶叫と言うべきか。低音も高音も混ざり合ったそれは肌を直接逆なでにし、嫌悪感を掻き立てる。湧き上がる焦燥と共に、危機が迫りくるという感覚を背中で感じる。


 「一体なんだ?!なんの音だ?!」

 「ああああっ!ご、護衛!私達を守れ!」

 「これは一体―――」

 「慌てるでない主よ、奴らが来たのじゃ。」

 「奴ら…?」


 いつの間にか起きていたラナがしっかりとした声で言う。暴れる馬を宥めていた五人の護衛は、剣と盾を持ち俺達を囲い込むように戦闘態勢を整える。デルバートは怯えた様に辺りを何度も見まわしている。


 「魔獣じゃ。ここまで気付かせずに近づいてくるとはのう、小型種で間違いあるまい。恐らくもうすでに逃げられん位置まで近づかれておる。」

 「う、嘘だろ?!」

 「何をしておる!死にたくなくば主も剣を抜け!」


 慌てて近くに置いてある刻印剣を抜く。状況が全く呑み込めない、さっきの絶叫と護衛の苦虫を潰した様な表情から、非常にまずい状況にあるとだけは分かった。


 「十?いや、十二匹か…、ちと多過ぎじゃな。この護衛の数では相手にならんぞ。」

 「じゅ、十二匹?!冗談じゃありませんよ?!私はまだ死にたくない!に、逃げる方法を考えないと…!」

 「たわけ!もう手遅れじゃ!奴らの速さに馬では勝てん!」

 「そんな!あああ…知恵と革新の女神よ!どうかお救いくださいぃぃぃぃ!」


 デルバートは天に祈りを捧げ蹲って動かなくなった。いや、小刻みに震えてはいた。


 「主よ、其方の力の見せ所ぞ。魔力の出し方は妾が指示する、やってくれるか?」

 「魔力を出せって言っても、練習で上手くいったこと無いんだぞ!?溢れ出た魔力って奴じゃ駄目なのか?!」

 「足らんな、あの程度ではヤれて二匹、主が魔獣との戦いに不慣れを足せば一匹ヤれれば御の字じゃ!――!構えよ主!来るぞ!」


 十数メートル離れた林から、赤く光る眼が三対飛び出す。

 ―――疾い!

 点であった目は三対の線となって草原を駆け抜け、一直線に向かってくる。護衛の一人が声をあげ合図し振り向いた刹那、魔獣は飛び跳ねて姿を現す。大きい、全長は二メートルくらいか、狼に似た姿に黒い体毛、剥き出しの牙は肉を食い千切るには十分過ぎる程鋭く、恐怖を掻き立てる。

 飛び跳ねた勢いを殺さずに、三匹は声を上げた護衛に襲い掛かる。眼前に迫りくる魔獣の顔面を盾で殴りそのままいなす、その後ろ二匹目を串刺しにするべく突き出した剣は、魔獣に咬みつかれいとも簡単に折られた。

 一瞬の出来事だった、襲ってきた三匹は暴風の様に過ぎ去り次の機会を伺っている。先ほどの護衛は三匹目によって、腹を八割程食い千切られ絶命した。飛び掛かったのは二匹で三匹目は地面を舐めるように突進し、一咬みで獲物を狩った。明らかに野生動物のやり方では無く、何かの意思によって統率された動きだった。皆、何が起こったのか理解が追い付いていない、余りにも突然すぎたから…。そんな状況の中、飲み込まれていない者がただ一人、凛とした声を上げる。


 「ボケっとするでない!奴らはまた襲ってくるぞ!しっかり構えよ!」


 ハッとして構えを正す、暗闇からの襲撃に緊張が走る。刹那の時間は永遠にも思える長さとなっていた。


 「皆、商人を中心に円になれ!出来るだけ狭く集まるのじゃ!よいか、彼奴らは一人を集団で襲う。ならばこちらも集団で当たるまでじゃ。狙われた者は防御に徹しよ!左右の者は狙われた者を援護し隙あらば仕留めよ!時間を稼ぐのじゃ!彼奴らを倒すのは、この主殿がやってくれようぞ!」

 「おまっ…何を言ってんだ!」

 「主よ、聞け。主の力無くしてこの状況は打開出来ぬ。やるしかないぞ。」

 「俺なんかより、お前の魔法の方がずっと勝算があるんじゃないか?!」

 「妾は大魔法が得意でな、細かい魔法は苦手なのじゃ。彼奴らの正確な位置が分かればヤれるのじゃが、こうも暗くてはかなわぬ。かといって見えてからでは主らを巻き込む…。まあ、魔法を使う時間は与えてはくれんじゃろうがな…。」


 闇の中で蠢く三匹、互いに位置を入れ替え動き回る。こちらは焚き火を背にしているせいか余計に暗闇が増す。只々不気味な音だけが届いている。


 「クッソ!八方塞じゃねぇか!」

 「そう悪態をついたものでもないぞ。主が妾の言うた通りにやってくれたのなら、無事朝日を拝めるというものじゃ。いい加減覚悟を決めよ。」


 三匹が護衛の一人に襲い掛かる。また二匹が上、一匹が地を這うように突っ込んで来た。一匹目を盾で受け止める。二匹目を右の護衛が打ち払おうと剣を振り下ろす、だが当たる寸前の所で体を捻り軽い破裂音が聞こえると、あり得ない方向へ魔獣が飛び、離れた。間違いなく魔法による破裂音だ。空気中に足場を作って避けたのだ。魔獣が魔法を使えて、尚且つ想像もしない使い方をされるとはな…。三匹目は失敗と悟ると、体を翻し距離を取ってまた機会を伺う。まずいな、今のは同じ方法だったから凌げたものの、変化を入れられるとまず間違いなく突破される。それだけの頭を持っているぞこいつらは…。


 「―――俺だって死にたくはない。信じるぞ?」

 「よう言うた、それでこそ主じゃ。」

 「そんな一面見せたこと無いよ。」

 「ふふ、よく聞くのじゃ主よ。主は今から目を瞑り魔法を繰り出す為に集中するのじゃ、その間の守りは妾が引き受けよう。」

 「魔力はどうする、足りないんだろ?」

 「そこは賭けじゃ、練習する時間ももはや無い。主が妾を信じるのじゃ、妾も主を信じようぞ。」

 「嘘言え、最初から俺の力って奴を当てにしてたようだけど?」

 「それはそれ、これはこれ、じゃ。さあ早う魔法を!」

 「くっ―――」


 目を閉じる、もう周囲の事は気にしない、意に介さず意識を深く頭の中心へと沈める。

 ―――あの魔獣を倒すにはどんな魔法がいい?俺が知っている魔法は”風の加護有れ”だけ…、この世の魔たる理は自らの想像と魔力、そして詠えばそれは起こる…。それならば賭けるのみ!

 さぁ!―――詠え!想え!魔たる力を欲せ!素を蹂躙せよ!我が魔の理を持って撃つ詠は!


 「”風よ、疾風となりて薙ぎ払え―――”」


 「な?!皆、伏せるのじゃ!!」


 間一髪、体を捻り目一杯に横薙ぎに振り回した刻印剣は、眩い赤の光を放ちながらラナの頭上をすり抜けてゆく。その魔法に音は無い。それは真空の刃だった。刃が波紋の様に広がる、音より速く遠く広がっている。草も木も岩も、そして魔獣も、その刃の前には成すすべ無く両断されていく、後に残るのは何処かへと引き込まれそうな強い風が吹くのみだった―――。


 「ばっっっっかものぉぉ!!!誰があんな魔法を撃てと言ったのじゃ!危うく皆が真っ二つじゃったぞ!!」

 「いや、そんな事言われても魔力の調節なんて出来るかよ!こっちだって必死だったんだぞ!!」

 「主は程度というものを知らんのか!これは明らかにやり過ぎじゃぞ!それ周りを見てみよ!」


 もう直に夜が明ける、空は薄明かりに包まれていた。薄暗いが焚き火が消えた今なら見えないほどではなく、辺りは何かが蹂躙し暴れまわったかの様にメチャクチャに荒れている。草原は俺を中心に放射状に遠くまで薙ぎ倒され、林があったはずの場所には一晩で木が全て伐採されており、その辺に転がっていた岩は綺麗な断面を覗かせていた。


 「…なんじゃこら……。」

 「ほれ言うたじゃろ!加減を考えんか、加減を!」

 「まあ、ほら、どうやら助かったみたいだし、それで勘弁してくれ。」

 「まあ確かに、二匹残っておったがどうやら逃げ出した様じゃな。…しかし主にはみっちりと魔法を叩き込まんと駄目じゃな!毎回こんなことをされては命が幾つあっても足らん!」

 「うへぇ、俺は魔力の止め方さえ分かればそれでいいよ…。」


 ビシッ!

 俺の手元から何かが割れるような音が聞こえた。音の元を確認してみる。それは手に持っていた刻印剣から聞こえたものだった。


 「うげ!亀裂が入ってる?!どうしよう…壊してしまったか?!」

 「それ…もう無理じゃ。」


 ラナが言い終わると同時に、剣の根本から先まで入っていた亀裂は左右に広がり、柄を残して剣は粉々に砕け散った。


 「ああああああああああああああ!!!!!!嘘だろ?!こ、粉々に…砕けた…。」

 「まあ当然じゃな。刻まれた魔法以外を使ったのじゃ、発動できただけでも僥倖ぞ。」

 「そ、そんな…。返そうと思ってたのに…。」

 「餞別として貰った剣じゃ、十分に役割は果たしたじゃろ。さて、商人殿よ。いつまで丸まっとる気じゃ?」

 「へ?」


 まるで亀の様に丸まっていたデルバートは、恐々としながらも顔を上げて辺りを見回す。小さく驚愕の吐息を漏らすと立ち上がり、咳払い。


 「いやいやいや、はははは!また救って頂いたようですな!これはもうソーマ様は英雄だ!」

 「英雄だなんて言い過ぎですよ、俺は只無我夢中でやっただけで…。」

 「商人としての信用も守ってくれた、魔獣から命も救って頂いた。私にとっては伝説のソレよりも、ソーマ様が英雄ですよ。これは最早お返しする方法が私では思いつかない。もし宜しければ御用命の際には、このデルバートをお呼びください。商人の誇りにかけて、何でも手に入れて御覧に入れます。」

 「は、はあ…。」

 「主よ、強力なコネが出来たな。ふふふ。」

 「いえいえ、ソーマ様程の御方なら必ずや騎士団にて名声を轟かせることでしょう。そのお方の一番のコネというならば…ふふふ。」


 な、なんだこいつら…。すごいゲスな笑いにしか聞こえない!なんだか怖い!


 …

 ……

 ………


 それから、犠牲となった護衛の一人を布で包み荷台に乗せる。空きがごく僅かしかなかった為、体を小さく抱え込ませてどうにかという感じだった。俺は今、自分の荷台に寝そべって空を見ていた。

デルバートが疲れているだろうと御者を買って出てくれたおかげで、こうして馬車の揺れを背中で感じながら街へと歩みを進めていた。ラナは俺の胸を枕にしてうつ伏せにぐっすりと寝ている。俺もそうしたかったのだが、どうにも戦いの余韻が残る。自分でもあれだけの魔法が使えるとは思ってもみなかった。指先に意識を集中しても、熱も感じなければ光も見えない。本当にこの世界の魔法とやらは訳が分からない。


 「ソーマ様、ソーマ様!見えてまいりましたぞ!」


 デルバートが心なしか嬉しそうに指を刺して俺を呼ぶ。体を起こして進行方向を見る。

 何やら”ふぎゃ”と聞こえたような気がするが無視した。


 「何が見えたんだ?」

 「街、いえ、王都ですよ。アードウィッチ王国、王都ラングレイです。」

 「あれが王都…。」


 いつの間にやら目的地は目と鼻の先だった。小高い丘の上から先に見えたのは、直径十キロはあろうかという円形の城壁が築かれ、存在感を放っている。この国の王都だけあって大きい。遠目からでも薄い赤の屋根が無数に見え、中心には城が建っているのが分かる。


 「主や!痛いではないか!乙女を起こすなら優しくせんか!」

 「へいへい御転婆姫、次はそうさせてもらいやすよ。それよりも見えて来たぞ。」

 「まったく、鼻が曲がったらどうしてくれる…。あぁ、王都じゃな。見えとるよ。」

 「とりあえずは着いたらメシと宿だな。旨いものを食ってゆっくりと寝たい。」

 「ソーマ様、それでしたら私めが良い飯屋にお連れ致しますよ。あそこの肉は一度食べたら忘れられないほどに旨いいんですよ。」

 「おお!それはいい、期待しちゃいますよ。ラナもそれでいいか?」

 「妾は何でもよい。」

 「ふーん…、食いしん坊じゃなかったのか―――痛っ!!脇腹を抓るな!」

 「ふん!乙女をぞんざいに扱うからじゃ、もっと妾を崇めよ。魔法を教えるのじゃ師匠と呼んでもよいのじゃぞ?」

 「断る。こんなじゃじゃ馬に崇める要素は一体何処にあるんだ、まったく…。」

 「ソーマ様、ラナ様、その辺で。」


 デルバートが会話を遮る。その表情は先ほどとは打って変って険しく変わっていた。大声で護衛に合図を送る。護衛の表情も一瞬にして固く冷たいものになる。


 「一体何ですか?」

 「昨夜に魔獣に襲われましたね。十二匹という数と集団戦が出来る魔獣は流石に珍しく命運尽きたと覚悟しておりました。しかし、二匹や三匹程度ならそれほど珍しくはないのですよ。戦って実感された通り対抗出来る者はそう多くは無い。故に、何処かの街で身を守る必要があります。ここからなら見えますでしょう?」


 指を刺した先、城門の手前には人が集まっている。入城待ちの行列ではない、城門を取り囲むようにして人々が生活をしている…。よくよく見てみれば着ている服はボロボロ、体は泥と垢で汚れ、食べる物も少なく、あちらこちらでは喧嘩と子供の泣く声、物乞いをする者まで居た。そうか、これは魔獣によって焼け出されて命からがら逃げて来た…。


 ―――難民だった。

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