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夏の怪

作者: ランボ

グロテスク注意!ホラーです。

 この世に怪異はある、と言えば、一体いくらの人がせせら笑うだろうか。しかし僕は現に、目に見えないものが人の皮膚を食い破り、骨の髄まで味わっている様を幾千と見ている。それはこの世の理が化けたものだ。

 その証拠に、毎日のようにこの街のどこかで命を絶つ人がいる。彼らはただ単に心を病んでいたのだろうか。脳の回線が狂ってしまったのだろうか。

 僕は、物の怪は姿を変え、僕たちの内部に寄生したのだと思う。知らぬ間に心を蝕まれた人々が、操られるように死地を求めたのだ。その亡骸は、彼らにとって美味たるものなのだろう。

 馬鹿にするだろうか。それとも、前述の人々のように壊れてしまったと思うだろうか? しかし、これ以外にも僕は実際に、怪異に出会ったのだ。その姿を見たのだ。それは、僕が一五歳の時、一度きりの事だ。

 これまで僕はその事実を誰にも見せず、ひた隠しにしていた。できれば墓の下までこの秘密を抱えたまま行きたかった。だが今になって、僕は初めてこの事を公開する。公開したからといって、何が変わるとも思わない。

 しかし、僕は過去に追い縋られ、取り殺される前に、どうしても言いたい。何故なら、僕は今悔恨や自責の念に、初めて勝ったからだ。再びそれらが僕の口を固く閉じてしまう前に、僕は白状しておきたいと思う。

 

 夏のその日、僕は自室で受験勉強に励んでいた。母親が持ってきてくれた夜食を頬張り、僕は重たい頭を酷使して計算問題に取り組んでいた。時刻は1時半である。外は豪雨が降っており、時折閃光が轟くとごろごろという生き物の咆哮のような音が妖しげに響いた。

 確かに、僕はその時図形問題をこなしていた。はっきりと覚えている。集中していた脳が、ふと違和感に気づいた。不思議なほどの静寂と、むっとする暖気が立ちこめた。

 さっきまで降っていたはずの雨が、からりと止んでいた。窓に反射する自室の光がやつれた自分の顔を写す。僕は、何故か自分自身の顔にぞっとした。目つきが異常なほど生気がなく、落ちくぼんだ眼窪の縁は骸骨を思わせる。僕は慌てて目をそらそうと、した。

 

 最初はベランダにビニール紐が落ちているのかと思った。

 一旦目をそらしたが、不自然なその光景に再び視線を移すと、それは1匹の蛇だった。真っ白な、はっとするような外見に、真っ赤な眼と舌を持った蛇だった。僕は体が凍り付くように感じた。何故、こんな所に蛇が? 今思えば、どこかで飼われていたペットが逃げ出したのかもしれない。しかし、僕ははっきりと、あれはこの世ならざる者だと言いたい。

 

 僕は身じろぎもせず、蛇とにらみ合っていた。そしてその内、危機は意外と間近に迫っている事が分かった。当時僕の部屋には、エアコンがついていなかった。猛暑に耐えるには、扇風機では足りなかった。窓を開け、網戸を張っていた僕は、その網戸が10センチほど開いている事に気づいた。何と言う事だ。僕は蛇が、今にも部屋に入ろうと首を伸ばすように思えた。

 僕は決心して、そろそろと窓に近づいた。閉めてしまえば、後は野となれ山となれだ。窓にゆっくりと手を伸ばした。

 すると蛇は、威嚇を始めた。首を高く上げ、口を裂けんばかりに大きく広げて、僕に攻撃の姿勢を見せた。僕はむしろ、声を上げなかった。恐怖で抑圧された感情が、脂汗となって吹き出る。しかし躊躇する余裕はない。僕は、思い切って窓に手をかけて、叩きつけるように閉めた。

 その時、「ジャッ」という声が聞こえたような気がした。

 

 そして背を向け、机に戻ると、後ろを振り返った。戦慄した。

 蛇は、まさしく部屋に入ろうとしたのだ。そして運の悪い事に、そのタイミングと僕が窓を閉めるタイミングは、一致してしまったのだ。

 結果、蛇の頭は窓に挟まれる事になってしまったのだった。

 

 私は、この時懺悔の気持ちより、単にグロテスクなその光景に対する恐怖が勝り、憐憫の情など沸かなかったのだ。この時私が少しでも謝る態度を見せたなら、赦罪してもらえただろうか。今となっては分からない。

 私は一階に駆け込み、そのまま二階に戻らず寝てしまったのだ。

 

 翌朝、私はやはり戻る気にならず、そのまま学校に登校した。帰ってきたときには、私の頭の中からは昨日の出来事は、さっぱりとなくなってしまっていた。

 私は自室に戻り、窓が視界に入るとやっと昨日の事を思い出し、再び背筋が凍った。何故なら、蛇の姿はなかったからだ。

 いや、窓には歪に潰れた頭だけが、残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが全てである。下らないだろうか?笑ってくれて構わない。しかし、その日から私の身に様々の不幸が降りかかった。その全ては書かずにおくが、現在僕の家族は一人として生きていない、といえば分かっていただけるだろうか。

 

 現在30になる僕は、この頃また悪夢を見始めた。恐らくもうすぐ僕に降りかかるであろう悪夢だ。市街地を逃げ回っている僕は、身を隠しながら塀の向こうを見やる。

 

 

 

 

 そこには、首の無い真っ白な蛇が、僕を探して徘徊しているのが見えた。

 

(了)


よんでいただきありがとうございました。

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