ご神鏡
青く抜けるような空の彼方で、烏が数羽旋回している。
緋袴を履いた巫女は黒い羽ばたきに視線を据え、その場所を目指していた。
カァ、カァという声がけたたましく響いている。
巫女が辿り着くと、そこは一軒の民家だった。
頭上の烏を追い払おうと、男が地面の石を投げている。
近くに立つ女は眉間に皺を寄せ、腰にしがみ付く男の子の頭を撫でていた。
男の子は怯えているようだった。
巫女は静かに親子に近づくと、凛と澄んだ声で命じた。
「山の祠にあった物を元の場所に返しなさい。」
その言葉に男は石を烏に投げる手を止めて、巫女を視界に収めた。
「山の神が嘆いています。」
続けて巫女が言うと、男は怒鳴りつけた。
「なんのことだ!?俺たちは何も盗っちゃいない!!」
それに被せるように女も言う。
「そうよ!言い掛りはよしてちょうだい!」
すると烏が一羽、カァアと大きく鳴いた。
「こいつッ!!」と男が再び手に取った石を構える。
「やめなさい!」
巫女は鋭く叫ぶと、瞳に銀色を映し出し、人差し指と中指を立てた右手を烏と男の中空に線を描くように振り抜いた。
鋭い風が吹き抜け、男の放った石が烏に届く前にバラバラに砕け散る。
巫女の瞳が再び漆黒へと転じた。
「何するんだ!!!」
男は憤ったが、巫女は冷静に語る。
「烏達は、山の神の使いに過ぎません。」
それに対し、女が声を荒げて叫んだ。
「神なんかいるもんか!!」
その陰で男の子が震えて巫女の方を覗き見ている。
巫女は男の子の目が落ち着かなく泳いでいるのを確認した。
巫女は男の子に視線を合わせて問う。
「貴方ですね。ご神鏡を取ったのは。」
男の子の身体がビクンと跳ね、右手で自身の袂を強く握った。
袂からは僅かに陽光を反射させる鈍い光の物体が見て取れる。
だが、それに気づかず女は叫んだ。
「うちの子がそんなことをするはずないでしょう!?」
男がそれに声を重ねる。
「一体なんなんだ、あんたは!?」
巫女はそれには答えず、男の子を凝視したまま、耳を澄ました。
やがてキィ、キィという声が風に乗って聞こえてくる。
「早く元の場所に鏡を返しなさい。山の神の僕は烏だけではありません。」
巫女は男の子に視線を固定させまま急かす。
男の子は何か言葉を紡ごうとしたが、それより早く母親が口を出した。
「うちの子を盗人扱いしないでちょうだい!!」
「まったくだ!この余所者が!!!」と男も巫女に敵意を向ける。
男は怒りのままに再び手に石を持つと、それを巫女に向かって投げようとした。
しかし、逆に男の背後から投げられた石が、男のこめかみをかすっていく。
「誰だっ!?」
男は怒り乍ら、石が投げられた方向を振り向いた。
そこには、石を手にこちらを睨む20匹を超える猿達が待ち構えていた。
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