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「どこ見て歩いてんだぁ!肩がブッかったろうが!ああっ!どうすんだこれ!」
なんですかなんですかぁ!このセリフってマンガの世界だけじゃなかったんですかぁ?実際に言ってる奴見るとこれって笑えるな。そして絡まれてるのは…俺と沙冬美ちゃんの少し前を歩いてた朝美ちゃんだよ!
「いや、悪かったよ。こっちは女連れなんだ。勘弁してくれよ。」
おお!ナヨ、男らしい!ってか、このパターンってナヨが謝っちゃダメなパターンじゃないか?
「ああっ?テメーには言ってねぇんだよ!この女がブッかってきたんだ!コイツに言ってんだよ!」
ほら、やっぱり男が謝ると無駄にキレ出す輩だよ。それにしてもいかにもな3人組だな。今時茶髪ロンゲ、白黒メッシュリーゼント、茶髪リーゼントなんてなぁ。ぶつかったのは茶髪リーゼントの奴みたいだ。朝美ちゃんの手首を掴んで逃走を阻んでやがる。ちっ、面倒なことにならなきゃいいが…。
「男には用は無ぇ。この女だけ置いてさっさとどっか行け。」
おおっ!絵に描いたような下衆だな。ろく○なしブルースには出てこないタイプの奴だ。BAD BO○Sに出てくるタイプの下衆かぁ。
パァーン。
うん?茶髪リーゼントの顔が突然横向いたぞ?あっち向いてホイしたんだな、きっと。そうだ、そうに違いない。沙冬美ちゃんがビンタなんてするはずがない。してないと言って。お願いだから!
「あんた達、恥ずかしくないの?ちょっと腕と腕がぶつかったくらいで大げさに!」
俺の願いもむなしく、やっぱりビンタしていた。いや、見てたから知ってるんだけどね。現実逃避したくなるでしょ?だって、この流れはケンカになるよ?自慢じゃないけど、ケンカなんてしたことないよ俺。ああ、妄想の中では良くしてるよ、ケンカ。まぁ、範○刃牙のオ○ガのように圧倒的に俺が強くて、100人位を相手に一撃ももらわず倒しちゃうんだけど。勿論、妄想と現実は違うわけで…。妄想では100VS1でもビビらないんだけど。実際には3人の敵意を前にしただけで逃げたい俺がいる。情けないけど現実ってこんなもんだよね?
「いてーな。このねーちゃんも話しないといけないな。」
これは本格的にマズい!この茶髪リーゼント、沙冬美ちゃんにビンタされてキレたな。声のトーンが下がった。
チラッとナヨを見てみる。ナヨはどうにか朝美ちゃんと茶髪リーゼントを離す機会をうかがってるようだが、沙冬美ちゃんのビンタで完全に機会を逃してしまっているようだ。周囲の人たちも遠巻きで見てるか、足早にこの場を去っていく。世間って結構冷たいよね…。
俺が途方に暮れている内に、メッシュリーゼントが沙冬美ちゃんまで捕まえている。ああ、詰んだな。とりあえず、この子達だけでも逃がしてあげたい。そして出来れば俺も逃げたい。もう無理っぽいけど。
「とりあえず場所を変えようか。ここじゃ人目が多すぎるからさ。」
ナヨが諦めた感じで3人組みに言う。3人組みも異論は無いようで、先に歩き始めた。勿論、朝美ちゃんも沙冬美ちゃんも腕は掴まれたまま。
3人組みはビルとビルの間に入っていく。俺とナヨは無言でそれに付いていく。やだな、ケンカかぁ。想像しただけで恐怖で涙目だよ俺。
「着いたらダッシュで一人片付ける。そうすれば後は1対1でいける。その時に朝美達には逃げるように言うから。なるべく早めにもう一人も片付けるから、海田もそれまで頑張ってくれ。」
そんな無責任な。俺は痛いのは嫌なんだよ!ついでにこの状況の恐怖心や不安も大嫌いな感情だよ!くそっ!本当なら逃げ出したいのに、男の意地なのか、やっぱり女の子を見捨てて逃げる事ができない自分が恨めしい。
ちょっと行くとビルとビルの間に開けた場所に出た。ここかぁ。
ダッ!
えっ?後ろに居たナヨがダッシュで俺の横を通り過ぎて…足音で振り返った朝美ちゃんを捕まえてた茶髪リーゼントに飛び蹴りした!しかも、喉に足刀蹴り!地面に倒れるまで首に乗っかってるよ。あれ、死んでないよね?
一人倒したナヨはそのまま沙冬美ちゃんを捕まえたまま動けずにいる、メッシュリーゼントを殴り倒して沙冬美ちゃんも解放させる。
「早く逃げろ!」
何が起こったか解らず動けないでいる二人にそう叫び、さらにメッシュリーゼントに追い討ちをかけに行く。さすがにこの時点でメッシュリーゼントも我に返り、ナヨを撃退する体勢だ。
ゴッ!
呆然と見ていた俺は突然の衝撃と共に地面に倒れる。えっ?何が起きたの?
「ふざけた真似しやがってテメー等!」
俺の真横に移動してきていたらしい茶髪ロンゲに殴られたようだ。そのまま逃げようとしてる沙冬美ちゃんの腕を掴む。させるか!俺は倒れたまま茶髪ロンゲの足を掴み、体勢を崩させる。すんでのところで茶髪ロンゲの手を払いのけて逃げ出せた沙冬美ちゃん。良かった。
「てめぇ!邪魔すんな!」
俺の顔を踏みつけてきた。ちょっ!コレ痛い!鼻の奥がツーンとするし、踏まれた衝撃で後頭部も地面に打つし!
「海田君!」
「沙冬美、早く逃げるよ!」
何がなんだか解らない内にボコボコに蹴られる。
起き上がろうとした時、朝美ちゃんに引きずられるようにして逃げ出している沙冬美ちゃんが見えた。とりあえず、これで最悪のパターンにはならない。後は如何に俺が逃げるかなんだけど、折角起き上がったのに直ぐに髪の毛掴まれて、思い切り鼻面を殴られる。もう涙目だよ、俺。目の前には拳が見える。また殴られるのか。もう止めてくれ!痛いのは本当に嫌なんだ!
再度、衝撃と激痛が顔の真ん中で起こる。鼻から拳が離れる時に、赤い液体が空中に舞う。頭がボーっとし始めてきた。口の中が鉄の味しかしない。鼻からは何か垂れている感触がある。
「ちっ。女共に逃げられたか。こうなったらお前、こんなもんで済むと思うなよ!」
茶髪ロンゲがそう言ってきた。勘弁してくれ。こっちはもうボコボコなのに。まだ殴られないといけないのか。
何気なく鼻から垂れている物を拭う。痛っ!鼻触っただけで激痛だよ!目からは更に涙が溢れてきた。鼻って殴られると簡単に涙出るんだね。知らなかったよ。知りたく無かったよ。
拭った手を何気なく見てみると…。血が見えた。あっ?コレ何?俺の鼻血?
……
……
……
「お…やめ…海田……おいっ!止めろって!海田!死んじまうぞソイツ!」
あん?ナヨが何か言ってるぞ?なんか俺の両腕を後ろから抑えて…。後ろから俺をナヨが抑えてる?えっ?何?どういうこと?
「海田!止めろ!いいから、とりあえず拳を開け!」
ナヨに後ろから抱きつかれる感じで抑えられた俺は、ようやく目の前の状況が見え始めてきた。拳を開け?痛っ!何だ?手を広げたら、拳の方から尋常じゃない痛みきたぞ?
「お前やりすぎだよ。さっさとここから離れるぞ!」
「えっ?何言ってんの?」
「お前、本当に我を忘れてたのか。いいからとりあえず、ソイツの体から降りてやれ。」
そう言って立ち上がったナヨは俺の目の前を指差す。茶髪ロンゲが顔面血だらけで倒れていた。正確には俺に馬乗りになられて倒れていた。ブツブツと「すいません…すいません…」ってつぶやいてるよ!なんだこれ!
「俺がメッシュリーゼントの意識飛ばして、振り返ったら海田がすげー勢いで茶髪ロンゲにタックルかましてた。そこからずっとマウントとって殴りまくってたぞ。完全にキレてたな。」
だんだんと思い出してきた。鼻の激痛と鼻血を見て、キレたんだ。なんだか知らないけど、すっげームカついて茶髪ロンゲにタックルかまして、ずっと上に乗って顔殴ってた。
何気なく拳を見る。物凄い返り血浴びてる上、物凄く腫れてる。人を殴ったのは初めてだ。人に殴られたら痛いのは知ってたけど、殴っても痛いんだね。
周囲を見て、ビルの間から大通りに出る。誰にも見られずに大通りに出ることができたようだ。
「とりあえず、さっさと家に帰るぞ。帰ったらメールする。朝美にもメールしておくからよ。朝美達は多分上手く逃げただろ。」
「ビルの間から大通りに出るほうに向かって走って行ったのは見てたから、多分上手く逃げてるよ。」
「あれだけキレてたのに、朝美達が逃げ出すのは確認してたのか。」
「いや、確認したのは偶々だし、キレる前に見たんだよ。」
「なんにせよ、海田はキレさせたらマズいって事がわかったよ!俺が止めてなかったら、死んでたぜアイツ。」
「いきなり走り出して、喉に飛び足刀蹴りかます奴に危険人物扱いされたくねーよ!」
「止めよう。不毛な争いだ。」
「ああ。結局痛い思いしただけで良いことなかったし。俺たちでお互いを罵り合っても良いことねーな。」
「それにしても海田は顔腫れるぞぉ!月曜までに腫れは取れるにしても、変色はどうなるかねぇ!」
「なんで嬉しそうに言ってんだよ。いいさ。学校になんか言われても、転んだで済むような変色程度だろうし。」
「ちぇっ。からかいがいの無い奴!」
「海田君!名寄君!」
ナヨと話しながらアーケード街を歩いていると、後ろから呼び声と近寄ってくる足音。振り返ると、沙冬美ちゃんと朝美ちゃんがこっちに向かって走ってきていた。
「海田君、ひどい顔!」
そう言って沙冬美ちゃんがハンカチで俺の顔を拭ってくれる。
「ごめんなさい。私があそこで叩かなければこんな事にはならなかったよね。」
「それを言ったら私があいつにぶつからなければ…」
「やめよう!みんな無事に…海田以外は無事に帰って来れたんだ。それでいいじゃないか!」
うん。ナヨ、良い事言ってる風だけど、そういうと俺が死んでるみたいだからね!ナヨと違って顔はボコボコだけど、ちゃんと生きてるからね!
「今日はもう遊ぶ雰囲気でもないし、このまま解散にしよう!朝美、また今度機会作ろうな!」
「…うん。今日はごめんなさい。名寄君、またメールするから。」
話をまとめてる間も、沙冬美ちゃんはハンカチで俺の顔を拭いてくれていた。真っ白で清潔そうだったハンカチが、今や見る影も無く真っ赤になっている。
「ごめん、沙冬美ちゃん。そのハンカチ洗って…いや、買って返すから。」
「いいよ。元はといえば私たちの不注意でこんな事になったんだし。そんなことより、大丈夫?」
「大丈夫だよ。出血ほど酷くは無いみたいだから。」
「ちゃんと病院行って見てもらおう?明日、私も付いていくから病院行こう?」
「いやいや、そんな大げさにしないで!大丈夫、大丈夫!一晩寝れば治るから!」
「でも…」
「いやいや」
沙冬美ちゃん、なかなか引かないな。もし一緒に病院なんか行って骨折れてたりしたら(特に鼻な!)沙冬美ちゃんが更に責任感じてしまうだろうよ。喧嘩両成敗って言葉がある位だ、沙冬美ちゃんが責任を感じる必要はない。ここは絶対に引かない!
そう思うと必死になる。言葉が勝手に口を衝く。自分でも何を言ったのか解らなくなるほどに言い訳していた。
すると突然、沙冬美ちゃんが静かになった。えっ?何か変な事言ったかな?
「…私を助けたから踏まれたのに…」
「えっ?何?」
「なんでもない!」
「あっ、ナヨが行っちまう。こんな事になったけど、楽しかったよ!また機会があったら遊ぼうね!今度こそゲーセン行こう!またね!」
「ちょっ、海田君!」
何か解らないけど、照れくさくなったから駅に向かってるナヨを追いかけて走った。これ以上沙冬美ちゃんといたら、俺、雰囲気に酔って何言い出すか解ったもんじゃなかったから。コレはあれだ、吊り橋効果って奴だきっと!
「あれ?海田達良い雰囲気だったから、声かけないで帰ろうとしたのに。」
ニヤニヤしながらナヨが変なこと言ってくる。
「知るかっ!あんな吊り橋効果みたいな雰囲気、嫌だわぃ!」
「もったいない。海田って変に硬派なのな!」
「ほっとけっ!なんと言われようと嫌なんだよ!」
そうやってじゃれ合いながら地下鉄の駅へ向かって歩いた。