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瀕死の白鳥ーーーアポカリスティックサウンドの中でーーー

世紀末の世界、バレリーナは静かに踊って最後の時を迎えます…文中のポワントとはトウシューズのことです。

1、

 アポカリスティックサウンドの中で。

 ああ……あちこちから最後の審判の鐘の音が聞こえてくる。

 音源不明の曲とも言えない低い金属的な旋律。

 外の人々はパニックだろう。

 その中たった一人で私は私の部屋で踊る。

 部屋はかたむきガラスや壁の素材が散乱している。

 天井が床になって床が天井、しかも斜めになっている。

 シャンデリアを踏まないように気をつけて、火災報知機につまづかないように気をつけて。

 だが一メートル四方は掃き清めたのでとても綺麗。

  そこだけがなめらかな床。

 私はそこでポワントを履いて踊る。

 粛々と。

 ああ世界の終り、世の終わり。私も死にかけている。

 でも私は踊る。

 だってバレエが好きでバレエが私のすべてだから。



 2、

 ここは。

 ここは元マンションの十階の一室。

 私はここに住んでいた。

 たび重なる地震でもびくともしなかったのに。

 だけど二、三日前に今までにないほどの強い地震がおこり、今度こそ天地がひっくりかえった。

 それでもいのちはある。

 幸いなるかな、ここは私の家、私のレッスン場、私のすべてがある。

 絶対安全とはまだいいきれないが、ここで一人静かに踊ることができる。

 電気はもう来ない、水もない、食べ物も食べつくした。

 あと残っているのはお塩だけ。みんなもう食べつくしちゃった。

 今更消防隊や自衛隊の助けもないだろう。

 テレビも電気が通らないのでうつらないし、

この見渡す限りの泥水だとテレビがどこかで放映されているとかも信じられない。

 警察や政府もたぶんとっくの昔から機能していないに違いない。

 静かな世界。

 でもどこからか音はしている。

 アポカリプティックサウンド……黙示録に出てくる天使のラッパ。

 ああ、あの不気味な音は数年前から騒がれていたが

ここ数日の大地震と津波ではっきりと私の耳にも聞こえてくるようになった。

 生き残りはあと何人だろう。もうみんな死んでしまったのか。

 私は私の両親や兄弟、友達の顔を思い浮かべる。

 涙はもう枯れつくした。

 私だけ生き残ったのだ。あとは死ぬだけ。踊るだけ。

 そう、私はバレリーナ。

 あとは踊って死ぬだけ。よそで生き残っている人を探すことも考えたが九階まで泥水浸しで

天地がひっくり返っているとなると、マンションの外観なんか想像もつかない。

 もう住める土地なんかないのも同然。

 十階建ての十階の私の部屋だけが無事だった。

 さかさまの部屋になってもどういうわけか無事だった。

 ただ無傷とはいかない。私の顔と手は傷だらけ。正確にいえば足だけ無事。

 私はここで一人でこの世の終末を迎える。


 最後の最後で私は空腹と死の恐怖に怯えつつ私の人生は何だったのだろうと考える。

 そして最後に何をしたいのかを。

 どうせ死ぬなら踊りながら死にたい。踊っている間は苦痛を忘れる。




 3、

 そう私はバレリーナ。

 あの大地震の時でも大揺れの時でも怖いと思いつつもストレッチだけはかかさなかった。

 足の踏み場もなく天井からいや、床からの落下物、本棚や食器棚のガラスのかけらをきれいにはいて

ストレッチだけはした。そうでもしないと私は気が狂いそうだったから。

 助けを待っていたがもう限界。もう二日も水分をとってない。

 私は力を振り絞ってポワントをはいた。特注の新品だ。

 新品のポワントとチュチュ、バレエ用品一式が私のそばにあったなんて信じられない。

 だけど本当の話。

 きのうも地震ばかりで真っ暗の部屋の中手さぐりで針と糸を使ってリボンをつけた。

 手が痛んだがこれだけはしておかねば。

 特別な舞台ではこうと思っていた新品のタイツとボディスーツをはき、その上に白鳥の衣装をつける。

 化粧品はばらけてしまってどこになにがあるのか皆目わからない。

 バレエグッズだけが水にも濡れずに綺麗な状態で残されたのだ。

 そして奇跡的に私の足も。





 4、

 私は力を振り絞ってポワントでしっかりと立つ。

 振り付けは瀕死の白鳥。

 粛々と。

 アポカリスティックサウンドの響く中。

 ああだんだんと力がなくなる。崩れ落ちそうになる私の身体をできるだけ

  引き上げる、そして踊る。

 今こそ自己最高の踊りが踊れる。

 観客がいないのがさみしい。いいえ観客がいなくてよかったかも。

 だって私の顔はきっと血だらけ泥だらけ。髪も乱れてくしの目もとおってない。

 ザンバラ髪の白鳥はきっとあわれなおびえたひどい恰好。

 それでも私は踊る。





 5、

 ああだんだんと燃え尽きそうな。

 でも私は踊る。

 死ぬまで踊る。

 バレエに生きてバレエに死にたい。

 振り付けは瀕死の白鳥、ああなんというよい踊りなのだろう。

 アポカリスティックサウンドの中で。

 今はもうない私の鼻、耳、歯。大けがしたところがまだ燃えているように熱い。

 視力はかろうじて片目だけ。

 私の五感の多くは欠けてしまったけれどそれでもまだ踊れる。

 ああポワントの足が崩れ落ちそう。

 でもまだかろうじて踊れる、まだかろうじて手も動く。

 まだ足も動く。

 心はまだ踊ってる。

 瀕死の白鳥の振り付けも終盤にさしかかった。

 私はまだまだ踊りたかった。だけどもうダメ。

 ここまで生きられてここまで踊れて私は幸せだった。

 神様、ありがとう。

 さようなら、神様……バレエと出会えて幸せな一生だった。

 みんなありがとう。















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