#20 終わりの場所 (2)
『たぶん、もう終わり。』
その声は穏やかだけれど、ひどく疲れている。
『ここは、終わりの場所。もう終わりにしなきゃ。』
そうだね、もう終わりだ。僕は思う。
そういえば、クリスマス・イブの夜、シンドーの願いごとをひとつ聞くという約束をしたことを思い出す。
1階のホールでは残った同志たちが集まり始め、異様なざわめきに包まれている。それは津波を告げる波の渦のように、不安を掻き立てる暗いざわつきを含んでいる。元首相の演説で爆発があったこと、そこへ向かった同志の大半が帰ってきていないことが、彼らに言い知れない不安や恐怖をもたらしている。まるで巨大な瞳が彼らを見張っているみたいに、彼らは怯えきっている。
僕は心の中で、彼らの臆病ぶりを嘲笑う。
やがてハヤサカが階段を降り、ホールの中央まで悠々とやってくると、同志たちは彼の周りに扇状に広がる。
ハヤサカは立ち止まり、感情を欠いた表情で同志たちを見渡す。そして、何か
を嘯く。同志たちを安心させ、奮い立たせるようなことを。僕にはすでに、ハヤサカの声は何も聞こえない。
僕はシンドーに抱きかかえられるようして、なんとか立ち上がる。
彼女の小さくて幼い身体は、僕の体重に堪えられるようにつくられていない。彼女の身体のいろいろなところが、みしみしと泣いているような音を立てる。僕は申し訳ないと思いながら、自分の身体の中で、正常に動作する部分を把握しようとする。どの部分がどの程度動き、どのような運動が可能なのか、あるいは、どの部分が動かず、どのような運動が不可能なのかを、短い時間で確認する。
どうやら左腕は動かない。
右腕だけなら、肘から指先までを僕の意思にあわせて動かせる。
けれど肩を支点にする運動が、激しい痛みのせいで制限されている。下半身の方は、両方の膝に力をいれることができない。痛みのせいではなく、まるで麻痺しているかのように、いつのまにか僕は腰から下の感覚をほぼ失っている。
だが、歩くという運動は、奇妙に足をひきずりながらだけれど、なんとか可能だった。
僕は黒いフードを再び、目深に被る。
真っ黒いレインコートのポケットに手を入れ、サバイバルナイフを握る。
僕はそのまま、同志たちを押しのけるようにして、ハヤサカに接近する。
意思に反して膝が震える。
僕はみっともなく足をひきずりながら、ハヤサカのところまで歩く。
ほとんどシンドーに引きずられるようにして、歩を進める。
あるいはシンドーに体重を預け、ほんの少しずつ移動する。シンドーは、僕が転倒しないようにずっと僕の背中に手を添え、僕を支えようとする。だがそれは、僕をせかしているようにも感じる。
僕は同志たちを押しのけながら、ようやくハヤサカの目の前に立つ。




