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#17 少年、灰、演説 (2)

 気がつくと、雨は雪に姿を変える。

振り続ける雪は、何かを燃やした後の灰の塊のようなかたちをしている。世界を覆う巨大な灰色の雲は、地表に迫るくらい低いところまで垂れ下がり、今にも落ちてくようにみえる。雲は、何かの巨大な死体を隠しているみたいにも思える。その巨大な死体を焼く灰は、僕たちの世界の空を無尽蔵にふわふわと漂い、音

もなく地面に落ち、溶け、消え失せる。それは取り返しのつかないことが起きている致命的な光景のようにもみえるし、あるいは世界にとって公正な光景のようにもみえる。


『最後に、もう一度、確認する。』

ある同志の声が響く。


城の外には、数人の同志が集まっている。

彼らは誰しも、降り続ける雪など気にならない様子で規則正しく背筋を伸ばし、その声に耳を傾ける。僕は空を仰ぎ、何かを焼く灰にもたくさんの虫の死骸ともつかない雪が、風に舞う様子を見つめる。

『オザワ元首相が演壇に立った時、一斉に抗議の声をあげるんだ。暴れて、演説を潰せ。』

その声は緊張のためにひきつっている。僕はそのひきつり具合を馬鹿にして、微かにあざ笑う。2月の雪の降る日、僕は、元首相に抗議する活動に参加していた。元首相が国民の前に姿を現す珍しい機会らしかった。この国はすでに統治機能を失っているというのに、なおもまだ政治家がいる。

 長い間、野党だったリベラル系政党の党首が首相になった直後、東南海大震災が起きた。

未曾有の大災害を前に当時の首相は、外国の軍隊による復旧活動を大胆に受け入れる。決断の早さだけが売りの首相だった。たしかに、すでに日本の自衛軍だけの手に負える状態ではなく、外国の援助は必要不可欠だったにちがいない。都市部以外は山間部が多く、集落が点在するこの列島の人々を速やかに救うためには、瞬間的にでも救援部隊の大増員は正しかったのだろう。たとえその救援が、その後、今日まで続くあらゆる侵攻に繋がっていたとしても。

 それでもなお甚大な犠牲を払い、外国の勢力がこの国に根付くきっかけをつくりあげた、史上最も愚かなトップとして、その首相は人々の記憶に残っている。

『オザワ元首相は東南海大震災の直後から、経済復興を嘯いて国土の切り売りを推し進めたA級戦犯だ。奴に国民の怒りを伝えよう。』

同志たちが高揚したようにざわめく。僕は同志たちに囲まれたミヤガワさんの横顔を見る。

彼女は灰色の雪の向こう側で、静かに目を閉じて同志の声を聞いている。何かを祈るみたいに。僕はしばらく、何も言わずそんな彼女を見ている。やがて彼女は、心を決めたように目を開ける。彼女の瞳を灰色の光が繰り返して横切っていく。


 選挙演説は、その日の午後に行われる。僕たちは4台の自動車に分乗して、その場所に向う。僕はヨダの運転する青いカローラ・フィールダーに、他の同志たちと共に乗り込む。

ミヤガワさんは、僕のよく知らない同志たちと一緒に、別の車に乗った。

『ミヤガワさんと一緒にいる人は、誰。』

僕は、同志の一人に訊いた。

『ハヤサカさんと、付き合いの古い人らしいよ。』同志の一人が、気さくに答える。僕は、そう、と抑揚を欠いた返事をする。

 選挙演説が行われる場所は、僕たちが以前、住んでいたところよりも規模の大きな、仮設住宅の集落だった。僕たちは車から降りて、その集落の中を歩いた。あまり目立たないようにばらばらに車を止め、できるだけ4~5人のグループ単位で、演説が催される場所まで移動することにした。その集落は道も設備も整っていて、なにより清潔そうに見えた。

聞こえてくる人々の声は、陽気さや安堵を含んだ穏やかなものばかりだった。そこは集落というよりも、すでに新しい市街地や、あるいは活気に満ちた市場のようにも見えた。


『復興のスピードにも、格差はあるんだな。』

ヨダが静かに言う。


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