#15 仮眠、2019年、サンドイッチの中身 (2)
青いカローラ・フィールダーを走らせ、自分の仮設住宅まで戻ってくると、僕はひとまず着替えを紙袋に詰め込み始める。着替えを詰め終えてしまうと、僕の持ち物が他には何もないことに気がつく。
最後に窓際のハンガーに吊るしてある、自衛軍のおさがりのレインコートを折りたたむ。ミヤガワさんを護り、相手を刺したときに着ていた、あの時のレインコートだった。匿名の血液は、レインコートに浮かぶ影がそのままぺったりと貼り付いたみたいにいくら洗っても落ちることはなかった。これを手にするたびに、僕は自分が消え失せてしまう気がした。まるで自分の影が、全身の皮を剥ぐように奪われた後、かたちを変え、黒いレインコートとなって、手元に戻ってきたような感覚があった。いずれにせよ、それは僕にとっておぞましい夢からやってきた産物であり、だからこそ僕からは切り離すことのできない、もうひとりの僕自身のように思う。
雨の中、僕は紙袋を抱えて、停車している青いカローラ・フィールダーのところまで走る。
運転席ではヨダが目を閉じて仮眠している。
僕は後部座席に自分の着替えをほおり投げてから、助手席のドアを開け、素早く身体を座席に滑り込ませる。仮設住宅の他の住人たちに、出会いたくなかった。僕は運転席のヨダと同じように、目を閉じ、顔を伏せ、仮眠しているふりをしながら、ミヤガワさんがやってくるのを待った。
フロントガラスを打つ雨の音は、何か特別なことが起ころうとしている示唆みたいに聞こえる。僕はゆっくりと時間をかけて息をつく。
だいじょうぶ、僕たちが行こうとしている場所では、そんなにひどいことは起きない、僕は雨音の向こう側にいる何かに対して、答える。
本当にそう思うのか、と後部座席からもうひとりの僕自身の声が聞こえる。その言葉を合図にするように、僕の意識はどろんとまどろみ、暖かい泥の中に沈みこんでいく。本物の眠りがやってくる。
意識が泥からぽっかりと浮かびあがると、車の中が騒がしい。ミヤガワさんがぎゃあぎゃあと喚いている。僕は深刻なことが起きているのだと思い、とっさに身構える。だが次の瞬間に、後部座席や僕の膝の上にいつのまにやら積み上げられた大量の衣服に気がつく。
車の外からは、お嬢、いい加減にしろ、となかば本気で怒っているヨダの厳しい声と、トランクにはまだ余裕があるじゃない、とむきになっているミヤガワさんの声が聞こえる。
やれやれ、と僕は思う。結局、僕は眠ることにする。僕は眠いのだ。このまま、2019年が終るまで、眠っていたいのだ。




