#15 仮眠、2019年、サンドイッチの中身 (1)
15.仮眠、2019年、サンドイッチの中身
翌朝、僕は古い民宿の客室のような場所で目を覚ます。
僕の体温を残した他人の布団を片付けてしまうと、僕はひとり何もない畳の上に、しばらく座りこむ。そして、薄い明かりがぼんやりと差し込む窓を見上げる。今日も、雨が降っている。僕は長いあくびをする。
雨が降っているのも、僕がひたすら眠いのも、地球がゆっくりと回転しているしるしのように思う。
『ミゾグチ、30分後にホールにきてくれ。』
ドアのノックの後で、ヨダの声が聞こえる。
僕は低い呻き声のような声で、返事をする。
僕は回路を間違えた機械のように立ち上がり、ふらふらとドアを開け、廊下にでる。昨晩、シンドーに教えてもらった洗面所とトイレに向う。その途中で、知らない男たちとすれ違う。男たちはそれぞれ暗い色のジャージやセーターに身を包み、僕をちらりと見て、おはよう、と挨拶をする。
僕も、おはようございます、と返す。
トイレに行くと、並んだ個室には誰かが入っている。昨晩とは違い、建物のいたるところに、人間がいる気配がする。建物を流れる風がざわついているのがわかる。
雨が染み込んだ天井から雨粒が滲み出てくるみたいに、人々がいろいろな場所から唐突にあふれてきたみたいに思える。
30分後、僕はヨダに言われたとおり1階のホールまで降りてくる。ホールにはやはり、昨晩は見なかった若い男の人や女の人たちが集まり、談笑している。ホールの入口の方を見ると、ヨダが腰に手をあてた格好で僕を待っている。
『おはよう、昨日は眠れたか。』
ヨダが気持ちよさそうに笑い、訊いてくる。僕は、まあまあだよ、と答える。そのすぐ後で、ミヤガワさんが階段を降りてくる。そして僕たちのところへ気ままにふらふらと歩いてくる。
彼女は昨晩と同じようにノーメイクだったが、髪は昨晩とは違い、右耳の下に束ねられ、鎖骨の先に垂らしている。彼女もまた、あくびを噛み殺すような表情をしている。
『朝から悪いね。』ヨダが、主にミヤガワさんに向って言う。『お嬢とミゾグチには、これからはこの場所で生活してもらいたい。』ミヤガワさんはなんでもないことみたいに黙って頷く。
僕はそれが何かしら間違っているような気がして、混乱する。
『今から車で仮設住宅まで戻る。必要なものだけを車に積んで、ここに戻ってくるんだ。』
ヨダはそう言い、入口のドアを開ける。ドアを開けると、ホールに冷たい風と微かな雨粒が吹き込んでくる。ヨダがドアから外へ駆け出すと、ミヤガワさんもドアに向って歩き始める。僕はドアの隙間から雨が降っている地面を見つめたまま、歩きだすことができない。
『いってらっしゃい。』
僕が振り返ると、そこにはシンドーが立っている。彼女は両手を背中に回した格好で、僕と、開いたままのドアを見ている。僕は深く目を閉じる。自分の中に時間を経過させる。
そして、諦めたように目を開ける。
それから、彼女に手を振る。
うん、行ってくる、僕は静かに言う。
僕は、ドアをくぐりぬける。




