#14 妄想、火傷、サンタクロース (3)
『お待たせー、ごめんね。』
出し抜けに、ミヤガワさんの明るく元気な声がホールに響き渡る。
僕とシンドーは、誰かに突然、怒鳴りつけられたものだと錯覚して、身体を強張らせた。
ミヤガワさんは、頭にぐるぐるとタオルを巻きつけた格好でのんびりとホールの中央まで歩き、僕とシンドーを満足そうに見渡したあとで、僕の向かい側のソファに勢いよく座る。
ノーメイクのまま、気持ち良さそうに息をつく彼女は、男前でなんだかかっこいいと思う。彼女のそんな相貌は、本当に時間が巻き戻って、一日を始めからやり直すような、あるいは爆破テロが起きたずっと前の時間からやり直しているような、晴れやかで哀しい感情を僕のソファまで運んできてくれた。
その間、シンドーはミヤガワさんを興味深そうにじっと見ている。
『覚えている?』
ミヤガワさんがにこりと微笑む。
僕は、何を、と訊いてみる。
『馬鹿だね、君は。』
彼女はおどけたように言う。
『覚えてなきゃいけないことがたくさんあるんだ。』
僕は少しだけむきになって言う。
『今日は、クリスマスじゃん。』
彼女は勝ち誇ったように笑う。僕は不意をつかれて、彼女と同じように笑った。シンドーのほうを見ると、シンドーも僅かに楽しそうに頬を赤らめているのがわかる。僕に向って、自分の場所を取り戻せ、と言った女の子はどこかに隠れて、いなくなってしまったようだ。
『ねえ、サンタクロース。』
ミヤガワさんが僕に向って言う。その言葉は、誰かを心静かに励ましているみたいな、暖かい響きを含んでいる。
なにかな、と僕はサンタクロースの物真似らしき声をだしてみる。彼女は可笑しそうに笑い始める。
『シンドーさん。そこにいるサンタクロースに、何かお願いごとをしてみなよ。』
僕は立ち上がり、シンドーと向き合う。
『メリー・クリスマス。』
僕は言う。僕はなんだか、楽しくなってきている。シンドーは心臓が痒いみたいに、十本の指を小さな胸の前でもじもじとさせる。頬はみるみるうちに、
赤く染まる。僕は彼女のしぐさのひとつひとつを目で追おうとする。
あの、と彼女は言う。
『なにも、いらない。』
そして彼女は、本当に幸せそうに笑いかける。大きな目を細め、無防備に歯をみせて笑顔になる。幼く無垢な子供みたいに。
僕は、心を打たれた。その時の彼女が、まぎれもなく本当に幸せそうに見えた。それがつよがりなのかどうかを、僕には確かめる意味がないように思えた。
『そうかい、でも欲しいものがあるときは、なんでも言っておくれ。』
僕は、ピエロが化けたサンタクロースみたいに、おどけて言う。シンドーは楽しそうに頬を赤らめ、ミヤガワさんはにこにこと笑って、拍手をくれた。僕はがんばって、女の子ふたりを笑わせ続けた。
彼女たちを笑わせることは、とても楽しかった。




