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#14 妄想、火傷、サンタクロース (2)

『どうもありがとう。いいお湯だった。』

僕はシンドーに近づきながら、声をかける。

『そう。』

彼女は怯えたように顔を伏せる。僕は、浴室での妄想が彼女には見えていたので

はないかと不安になる。

ホールの中央に大きなソファがあったので、僕はそこに腰を下ろす。そして無意識に深呼吸をする。がらんとした1階のホールには、僕とシンドーしかいない。自分の呼吸の音が誇張されてホールに響き渡る。カーペットやソファ、そしていくつかのドアは、深い眠りを貪るみたいに静謐を護り続けている。

『ここには、どれくらいの人がいるの。』

僕は彼女を視界に捉えながら訊く。彼女は驚いたように僕のほうを見てから、かすれた声で答える。

『30人くらい。』彼女は、まるで痒みを堪えているみたいに背中を震わせる。『でも、本当の人数は、わからない。』

『今、みんなはどこにいるの。』

僕はなぜか、できるだけ穏やかな口調で話すよう心がける。

『グラフィティ・アート。』

グラフィティ・アート、僕は思わず復唱する。僕は、まだ日本が豊かで平和だった頃、駅や駐車場や地下道に、猛毒の果物を食い散らかしたようなかたちの巨大な文字を、芸術家気取りの若者たちがかきなぐっていたことを思い出す。

『どうして、グラフィティ・アートを?』僕は質問する。

『夜のほうが、人がいないからいいの。』彼女は、何でもなさそうに答える。

『それは、君たちの革命に、関係あること?』

彼女は静かに、そして力強く頷く。

『そう。』

彼女が僕に近づいてくる。いつのまにか僕は、短いスカートから伸びた彼女のふ

たつのふとももばかり見ている。

『グラフィテイィ・アートにメッセージを込める。』

彼女は、僕の目の前に来て立ち止まる。

僕は視界いっぱいの彼女のふとももから、彼女の顔に焦点をあわせる。彼女の瞳には、不思議な色がまじった光が映りこんでいる。彼女は瞬きをする。さっきまでここにいた人見知りの激しい女の子は、もういない。僕はまるで別の女の子と話しているような気になる。

『メッセージ。』

僕は彼女を見上げたまま、言う。

『この国をダメにしている奴らと、闘え。』

彼女は言う。それは美しい詩の一節のように聞こえる。彼女はまた、瞬きをする。彼女の瞳にはまだ、不思議な色がまじっている。僕は、瞳の脇にある、彼女の火傷の痕に焦点をあわせる。深い桃色に砕かれた彼女の顔面の細胞が、泣いているみたいに微かに脈打つように見えた。


『そして、自分たちの場所を、取り戻せ。』


その言葉が、彼女の口から発せられたものだったのか、あるいは彼女の火傷の痕から発せられたものだったのか、僕にはわからなくなっていた。

僕は、言うべき言葉を探しながら、彼女の火傷の痕から目を逸らした。そして彼女の細くて脆そうな足首を見つめた。


そして、自分の場所を取り戻せ。


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