#13 謝罪、同情、革命 (2)
ミヤガワさんが膝の上で両手の拳をきゅっと握り締めたのが分かった。
かわいそうに彼女は、あの日のことを思い出さなくてはいけない。ハヤサカは息をつき、話を続ける。
『起爆の瞬間、同志が二人、犠牲になった。』
僕は、あの夜、テロに向うワゴン車に乗っていた見知らぬ男たちのことを思い浮かべる。でもどうしても、その顔を記憶の海からすくいだすことができない。
『爆発が起こった後で、私とヨダはワゴン車に戻らず、そのまま身を隠すことにした。犠牲になった二人には申し訳ないが、罪をすべて、彼らに背負ってもらうことにした。』
ハヤサカは、感情を欠いたニュースキャスターのように淡々と自分の体験を語る。その口調はひどく冷たく、遠い昔の物語を読み進めるような突き放した響きがある。
『君たちが、うまくあの場所から逃げることを願っていた。』
ミヤガワさんの身体が細かく震え始める。僕は、熱い泥の塊が喉の奥に詰まるような息苦しさを感じる。
『すまなかった。』
ハヤサカは座ったまま、僕とミヤガワさんに礼儀正しく頭を下げて、謝罪する。ヨダとシンドーは、むしろハヤサカに同情するような目をしている。僕は、この場にいる全員を殴りつけたくなる。あらゆるものが嫌になってくる。少なくともハヤサカは、あの夜、殺した人々と、犠牲になった仲間と、そして僕とミヤガワさんのことを、人間として見ていなかったのだと思う。だからこそ、謝罪しているのだ。まるで他人宛ての長い手紙を読むみたいに。言葉で謝罪はしていても、それは彼にとっての交渉の一部だと確信する。冗談じゃない。僕たちはどこまでも、ハヤサカに損なわれ続けるのだ。
『ここは、』ハヤサカが不意に言う。『国が捨てた場所だ。』
僕は無視する。ハヤサカは大義そうに両手を広げる。
『いつ、警察にみつかるかはわからない。きっと、それは近い。でもそれまでは、私たちはここを拠点に戦う。新しい同志も集まってきている。』
ハヤサカの言葉がいつのまにか強くなっていく。真夜中の嵐みたいに。
『革命が必要だ。この国には。間違ったものを排除するための革命が必要だ。私たちにはそれができる。』
それは、紛れもない真実のように聞こえる。だが、僕は頭を横に振る。この部屋にいてはいけないと、自分に何度も言い聞かせる。
『君たちにも、できる。そして、君たちにしか、できない。』
ハヤサカが言う。
僕は言うべき言葉が思いつかない。熱を帯びた沈黙が部屋に降りる。僕はミヤガワさんの横顔を見る。そこから何かの答えが導かれることを期待しながら。そのとき、彼女と目が合う。
彼女はまるで、あなたは何も心配しなくてもいいの、というふうに唇の端に微笑みをかたちづくる。
『私でよければ。』
彼女は言う。まつげを微妙に震わせ、瞳を潤ませながら、暗い顔でたよりなく笑う。ただ笑う行為が、こんなにも惨めに見えたのは、生まれて初めてのことだった。
『ありがとう。』
ハヤサカが手を差し出し、彼女に握手を求める。彼女は手を伸ばし、ハヤサカの手を握る。ヨダとシンドーはクリスマス・パーティーを眺めるみたいに、その光景を幸せそうに見ている。僕たちの背後で、巨大なドアが大きな音をたてて閉ざされた感覚があった。何かが決定的に終わってしまった気がする。
しばらくあとで、僕は、細かく千切れてしまいそうな声で、僕も、と答えた。そうするしかないように思えた。どのような場所に連れていかれたとしても、ただ僕は、やはり、ミヤガワさんと一緒にいたい。
『僕も。』
僕はもう一度、たしかめるように言う。自分のものではないような声だった。それは何かの隙間から、長い時間をかけてやってくる、おぞましい予兆の音みたいに聞こえた。
『ミゾグチ君には、期待している。』
ハヤサカが僕に握手を求めてくる。僕は便宜的に手を差し出し、その男の手のひらを軽く握る。自分の手のひらが、捻じれて裏返るような感覚があった。




