#8 ワゴン、戦争、祝福 (2)
『ここに、プラスチック爆弾がある。』
ハヤサカはシステマチックに爆弾の説明を始める。
僕は顔をあげ、ヨダと彼女の顔を交互に見た。ふたりは何か大切なものを希求するように、ハヤサカを見ている。ハヤサカはプラスチック製の箱をひとつ、彼女に与えた。彼女は微かに唇を噛み、まつげを微かに揺らし、頬を火傷のように赤く染めた。そうして何かの痛みに耐えるみたいに、それを注意深く両手で受け取る。だが彼女の表情に苦痛や迷いは読み取れない。どちらかといえば、それを手にしたときの彼女は、これまでにないくらいセクシーな表情をした。彼女の心の空白に、何かが挿入されることを祝福するみたいに。
知らないうちに僕の手はみっともなく震えていた。
彼女が目の前で、失われてしまったように思えた。
暗闇の中をワゴン車は走った。
ひび割れ、瓦礫が転がったアスファルトの道路を走ると、動物を撥ね殺しているみたいに不規則に車両が揺れた。僕はその度に、何かを瓦礫の中へ落として失くしてしまっているような気がした。
僕はずっと彼女の横顔と傘を見ていた。
そこから何かの答えが導かれることを期待しながら。ワゴン車はしばらく暗闇の中を走ったあと、唐突にライトを消し、徐行で瓦礫の道路を進み始める。
息をひそめ深海を泳ぐ魚みたいに、雨が降る夜をひっそりとした速度で進む。徐々に僕の鼓動は速くなり、喉の奥に熱い空気の塊が詰まるみたいな感覚があった。
『着いた。』
真っ暗な車内に、ハヤサカの抑揚のない声が響く。
僕は窓の外を見た。
そこには砂浜のように更地が広がり、その中央には建設途中で鉄筋が剥き出しになった、建物の影があった。格子状に組まれた鉄筋の影が、匿名の遠い記憶のように暗闇の中で静謐を護っている。車の外は濃密な暗闇に覆われ、正確な建物の全景を捉えることはできないが、それでもそれなりに大きな建造物であることはわかった。
『中国企業の工場だ。』
ハヤサカが言う。『そして、その隣にはすでに仮設の事務所がある。』
僕は暗闇の中に焦点をあわせる。建設途中の工場の隣に、2階建てのプレハブ小屋がひっそりと佇んでいた。いくつかの窓にはささやかな明かりが灯り、暗闇の中で雨が降る光景を限定的に切り取っていた。
『事務所には中国人たちがいる。』
ハヤサカの声には、祝福の響きが含まれている。