#8 ワゴン、戦争、祝福 (1)
8.ワゴン、戦争、祝福
僕と彼女は、暗くなるまで海岸にいた。
僕たちは傘をさし、焼け焦げたボートを静かに見ていた。炎は消えたが、目を閉じると暗闇のなかで炎に包まれるボートの姿がくっきりと浮かんだ。
『行きましょう。』
彼女が暗闇と雨の向こう側から僕を呼んだ。
僕は彼女に導かれるまま、海岸を去り瓦礫の街に入った。明かりのない瓦礫の中で、彼女のブルーの傘だけがぼんやりと、何かの予兆みたいに浮かんでいた。しばらく歩くと、瓦礫の中にグレイのワゴン車が停車しているのがわかった。微かに明かりがこぼれる窓にはスモークがかかり、車内の様子はよくわからない。彼女は運転席の窓ガラスをなんでもないようにノックする。彼女は誰かと何かを話して、僕に向って手まねきの合図を送る。
僕がワゴン車に駆け寄ると、彼女は傘を下ろし、車のドアを両手で引いた。ざらざらとした明かりが車内から漏れ、暗闇を降る雨の輪郭がくっきりと光によって縁取られる。
『中に入って。はやく。』
僕は言われたとおり、傘をたたみワゴンの中に足を踏み入れた。
車の中には、ハヤサカとヨダと知らない男が二人いた。ヨダは僕を見て驚いたような目をしたが、すぐにそれは感情を欠いた視線に変わった。まるで暗闇の奥を見つめるような目だった。
僕の後ろから乗り込んできた彼女が、ハヤサカたちに向って礼儀正しく頭を下
げた。
『このコも、同志です。』
彼女は心を決めたような、はっきりとした口調で言う。
そうか、僕は同志なのかと、僕は誇り高いような薄気味悪いような奇妙な気持ちになった。
ヨダは何も言わないまま、僕と彼女から目を逸らした。僕もヨダから目を逸らした。ハヤサカのいる場所で、僕はヨダとは会いたくなかった。ハヤサカの隣にいるヨダは、イレモノはヨダだが、中身である魂がまるで別の人間のように思えた。僕と彼女が座席につくと、ハヤサカが滑らかに話し始める。
『諸君、よく集まってくれた。』
車内の空気が、水が凍るときみたいに時間をかけて張り詰める。
『我々はこれまで戦い続けてきた。地震が起きてから、我々から奪い続けようとしている者たちと。だが、我々の喪失は止まらない。いつになっても。』
彼女やヨダの瞳に何かの光が横切る。暗闇を降る雨の輝きみたいな光だった。
『 だ か ら 、 戦 争 を 起 こ す し か な い 。 』
ハヤサカは口元に手をあてる。そのしぐさは、下品な笑顔を隠しているつもりなのだと、僕は思った。
僕は何かを探し求めるみたいに、ぼんやりと手元の傘をいじっていた。