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2019年、東南海大震災が起こった後の、日本。
未曾有の地殻変動をきっかけに、大地と海は熱を帯び、列島の上空には、
常に巨大な台風が停滞している。
国と人のかたちをしていたものが、溶けた熱い土の中で、失われてゆく。
どんなに手をつくしても、もう元通りにはならない。
0.introduce
雨が止んだようなので、僕は傘をその場に捨てた。
傘は濡れた土の上に、死んだカラスみたいにびしゃりと落ちる。
『もう、もどれないね。』彼女が言う。
それ以外、なにひとつ物音のしない時間が過ぎる。
目の前の暗闇の中では、大勢の人間がばらばらに砕け、ちぎれている。
『もうすぐ、夜が明けるよ。』
彼女の言葉は、遠くから聞こえてくる懐かしい合図みたいに聞こえる。
その合図を、僕はずっと待っていたんだ。
僕は彼女と出会ったばかりのことを思い出しながら、暗闇の中を歩き始める。
誰かの肉体だった、血まみれの欠片を踏んで。