眼鏡 オムライス
眼鏡が好きなんです!
そう、彼は言った。
思えばありえない告白の仕方だ。
確かに、私は身長は低いし、どんくさいし、可愛くないと思う。
でも、眼鏡が好きなんて告白はないと思う。
いや、思えば最初から怪しい所が多かった様な気がする。
彼自身は目が悪いわけでもないのに、伊達眼鏡をつけていたし、予備の眼鏡もいくつも持っていた。
それに、彼の部屋には…いや、もうよそう
それより大事なのは、そんな彼の訳の分からない告白に『はい』と返事してしまったことだ。
はあ、と彼に会うことを思うとため息が出てしまった。
彼に会うことを考えると心が重くなる。
もう慣れていると思ったのだが、今日はいつもよりため息が重い
取りあえずは、彼を迎えるにあたって、準備を始めよう。
エプロンの紐をきつく締め、気合を入れる。
片手には本を持ち、さあ、料理の始まりだ。
まずは、トマト缶を開けてる。と、缶詰の開け方が書いてない。
どう開ければいいのだよろう。えっと、確か缶切りを使って、どこに缶切りはあるのだろう。
キッチンの収納スペースを手当たり次第に開けていく、それでも、これでもない。
いつもどこに片付けていたっけ、キッチンの収納スペースを空ける動作と、記憶の引き出しを開ける動作が重なる
とりあえず、缶切りは見つかった。
キッチンが、ごちゃごちゃになってしまっている為に、片付けをしよう。
次は、小鍋を用意しないと。
鍋を片付けている場所はさっき分かったので、その場所を探ってみる。
小鍋を取り出して、トマト缶の中身を二つに分ける。100gの方は、チキンライス用で300gはソース用で、ソース用は小鍋に入れるっと
ご飯は二人分で400g用意する。彼は沢山食べたはずだからもっと、用意して
鶏むね肉ともも肉を100gずつは、よく分からないから、とりあえず全部使うことにする。彼も男の子だし、これくらいの量の方がいいだろうし
玉ねぎの外を剥いて、みじん切りに。取りあえず、全部切ればいいよね。
あ、涙が涙が~
ふぅ、本で読んで知っていたけど、本当に涙が出るんだ。
写真みたいに細かくは出来なかったけど、まあ、大丈夫
マッシュルームは、粗みじん切りって、どんな切り方だろう。
えっと、たしか別の本に書いてあった気が…あ、あった。なるほど、こうするんだ。
さあ、ついに卵の出番だ。卵を割って
あれ?割った卵を何に入れればいいんだろう?えっとボールってどこにあったかな
お鍋と同じとこだ。
大きな卵って、どれ?
大きいの基準があいまいなんだ。とりあえずこれでいいかな?
そうだ、大きさが分からないなら、数を増やすという手があった!
小さいサイズなら、5、6個らしいから、6個使えばいいか。
卵4つに対して、マヨネーズと生クリームを小さじ1杯ずつ…小さじはどこ?
記憶をさかのぼってなんとなく探していると、見つかった。
卵6個だから、小さじ1杯と半分ずつ入れて、混ぜる
ふう、料理って疲れる
ソースは小鍋に入れたモノを、火にかけて、ウスターソースを大さじ2杯、コンソメを小さじ1杯、オリゴ糖大さじ2分の1杯っと
ウスターソースは、ソースを固めておいてあるから、持ってきて、コンソメ?どこだろう。えっと、あった
オリゴ糖?砂糖で代用できる…はず
塩を入れて、粗挽き胡椒は確か無かったはずだから、塩コショウで代用しよう
とろ火で煮つめる?ってえっと、これは、別の本に…あった、とろ火で煮込みながら
チキンライスを作る。フライパンにバターを入れて、玉ねぎを炒める。
菜箸が取りやすいとこにあった、助かった。玉ねぎが透き通ってきたら?どのくらいのだろう?この小さいのは透き通ってきたし、いいか
鶏肉を加えて、炒める。どのくらいかな?
生はだめだから、長めに炒めて、トマト缶の中身と、ケチャップを180g
小さじを使って、厳密にしてマッシュルームを入れる。水分が少なくなるまで炒めれるってどこまでだろう。
コンソメと、塩と粗挽き黒胡椒は、黒胡椒が無かったから塩コショウで代用して
ご飯を投入して、手早く混ぜ合わせる。
味見は…時間がないから省略してご飯を半分に分ける。
えっと、次は別のフライパン?どこを使えばいいんだろう?
家のコンロは二つで、片方は煮込み中だから、ご飯の方をどかして
中火で、温めながらバターを入れて、卵も入れる。
卵は火を入れすぎないよう?えっと、どれくらい?
手早くくるくる?えっと、どうすれば…あっこ、焦げてきた早く早く
しょうがない、もうご飯をいれてしまえ。
半分に分けた分をラグビーボール状に入れて、卵の端をゆっくりと折り曲げ…ぼろぼろになった
えっと、うんと、とりあえずお皿に移して、よし、フライパンの上を滑らせて、あれ?ご飯が隠れない
本には、お皿への移し方かいてある!どうしよう
と、とりあえずもう一つは写真通り…
きゃあ、落ちちゃった。
どうしよう。取りあえず、もう一回作って
えっ、インターホンの音?嘘!もう時間になってる!
は、はーい
「えっと、その…どうかな?」
テーブルの上に置かれているのは先ほど失敗したオムライスだ。
卵で包むことに失敗し、ぼろぼろで焦げた卵の上にこれまた、ぼろぼろのチキンライスが乗っている
「その、食べないでいいのよ?」
そう言ったのだが、彼は笑顔で私のオムライスをスプーンですくって食べた。
じゃりじゃり、という音が聞こえる。
「あ、あの、本当に食べないでくださっ!」
彼が二口目を食そうとしたので、止めようとしたら、そのスプーンが私の口に突っ込まれた
じゃりじゃりとした感触は焦げた部分だろう。しょっぱい味は塩の入れすぎだろうか、チキンライスはご飯とトマトソースの量があっていなかったのか味の濃さはバラバラで、玉ねぎは生の部分がある。
はっきり言って不味い。
しかし、彼はそれを食べ続け、完食した。
「ごめん。うまく作れなくて」
また、心が重くなる。同時に涙が出てくる。
ああ、これは終わった。でもしょうがな…
そう考えたとき彼が話しかけてきた。
なぜオムライスを作ったのか?
そんなの決まっている。それが彼の好物だったからだ。
言われたことはないけど、彼と一緒にいたから分かっていた。
今日は記念日だったから、彼の好きなものを作ろうとしたのだ。
涙で前が見えない。彼の反応が怖くて前が見えない。
彼の手が頬に触れて、そしてキスをされた。
「え?その、なんで」
彼が私の疑問に答えた。『私』を愛しているからと
心が軽くなる。
さっきまでと違う涙があふれる。
彼と会うと心が重くなる。
彼に捨てられないか心配で、不安で心が重くなるのだ。
でも、今日からは、そんなことはないだろう。
面と向かって恥ずかしがり屋の彼が、『私』を愛しているといったのだから
今日は記念日だ。
10月01日
恥ずかしがって、眼鏡が好きなんて告白をした彼にきちんとした告白をされた日で…
私たちの結婚記念日だ