七月八日真珠の朝に
「なーぎーさー。気がつくのだー」
ぺたぺたと黒いものがホテルの一室の窓を外側から叩く。
応答はない。
その物体の耳には健やかな寝息が聞こえる。
「七夕には男女の再会と聞いたのだ」
深夜を回っているのでもう七月七日ではないのだが、深夜零時で日付が変わるというコトをこの生物は理解してないのである。
他にも色々と情報抜けはありそうだ。
残念なコトにホテルの窓は防音に優れていた。
意中の少女にぺたぺたと叩く音は届かず、七月八日の朝の日差しが黒い物体を照らし出すのであった。
かくりと少し不貞腐れた物体は持参の荷物の上に丸まる。
前日の夜、やってくる少し前になされた会話は当然届かなかったのだ。
『ナギサ、おーなーね、七夕で来るかも、データ送ったらママ・パールがね。おーなーのろけだって』
機械に向かう少女。
他に人はいない。
「乗り気?」
『そう。それー。おーなーきたらスペック上げる資金を強襲しなきゃ。ソフトやパーツをパールとナギサで選ぶの!』
よく見ればモバイルPCがチラチラと揺れている。ジャック部分に緑色のジャックカバーが点滅している。
このジャックカバー、かろうじてUSBメモリに見える物体が異世界の人工知能パルパニエの子機パルパニエβである。
パールというのは区別をつけるために名付けられた固有名だ。
できるコトは安定した母機との通信。こちら側の情報収集のはずなのだが、メイン機能よりなぜか『個』の保持成長にかまけており、今だに情報処理機としての務めは果たせてはいなかった。
「強襲しただけじゃ何も手に入らない。それを言うなら、強奪。でも、そんなコトしなくても大丈夫」
『強奪。うん。覚えたー。パールまたひとつお利口さんっ』
「来ないね」
『んー? 旧暦? 陰暦? 採用なのかなぁ? ゴメンね。ナギサ、明日も学校なのに』
七月七日の夜は曇っていて星が見えない。
「旧暦の七夕」
七月八日窓を開け呟いた少女の前には昨夜はなかった荷物。
ほぼ一ヶ月の間によく馴染んだそれがそこに居た。
「おかえり」
小藍様よりホテル&渚嬢お借りしましタッ
青空さんちの借り率は異常に高めになりそうですー