乙女ゲームの悪役に転生しましたが、中身はアホのこのままでした。
乙女ゲームの悪役キャラに転生しましたが、中身はアホのこのままでした。 ファイナル
※この話は恋愛メインの為、完全ギャグ路線の1、2とはテイストが異なる可能性があります。
「だああ!!このアホ子!!りぼん曲がってる!!靴も汚れてる!!ほら、直してあげるからこっちむいて!!靴はこっち履き替えて」
「あー、女帝様(笑)、また保母さんに世話焼かれてるよ」
「毎日毎日保母さんもマメだよね」
「美人で世話好きな女の子か…庶民だけど惚れそう」
……おい、一般生徒ども、よく見ろ。
この女が代わりに用意した靴は、赤のピンヒールだぞ。
世話のうち三回に一回はかならずドエス教育交えてくんだぞ。
今も、「……アホに踏まれて虐げられるのも屈辱的で素敵ね」と、うっとり呟いてんぞ。
こいつはただのドエムの変態だ!!
私こと、鳳凰院綾華は、乙女ゲーム「箱庭の虜囚」の悪役キャラに転生いたしました。
学園に権力至上主義のカースト制を築き、メイン攻略キャラである俺様生徒会長こと龍堂寺要 (りゅうとうじかなめ)を、裏では犬のように扱う、ドエスキャラ。
乙女ゲームの攻略には学園からの追放が必須という、美しきメイン悪役である彼女に、ゲームファンがつけた渾名は「女帝様」
悪役ながら超かっくいい彼女に転生したので、大喜びで役割を果たそうとしたら、なぜかアホの子認定されてました。
わんわんプレイするはずだった要さんが、なぜか「皇帝」以外に「保父さん」の渾名もつけられて、私の面倒見ていました。
私を学園追放する予定だったメインヒロインこと、斉木姫乃ちゃんは、同じ転生者で、女帝様ファンのドエムの変態でした。
私がアホの子なことを嘆きながら、理想の女王様に調教しようと日々画策してます。報われなさに嘆き、悶えなから「新しい性感の扉が…」とかほざいてやがります。
変態です。救いようがない変態です。
乙女ゲームのストーリーが迷子です。
解せぬ。なにゆえ、こうなった。
「……また、てめぇソイツに面倒見てもらってやがんのか」
「あ、要。おはよー。りぼん直して貰ってたー」
姫乃ちゃんにりぼんを結んでも貰っていた私は、現れた要に、そのままの状態で手を振ってみせた。
前はこういう時は要に直して貰っていたけど、最近は姫乃ちゃんが色々面倒を見てくれる。
ドエムで変態なとこはあれだけど、要の負担が少なくなっていることには、感謝していなくもない。
生徒会長として日々大変な要に負担をかけるのは、私としても心苦……はっ、あかん!!完全に私この学園の要=私の保護者な思考に害されとる!!
いやいやいや、私女帝様だし、17歳のレディだし。前世25で死んだから通算42歳だし。別に面倒なんか見てもらえんでも、一人で普通に生活出来るし。てか、前世はそれで一人で強く逞しく生きていたし!!
こいつらが勝手に面倒見たがるんだから、感謝したり気がねしたりする必要はそもそもない…はず!!
「アホが…それくらい自分で気付いて直せるようになれ」
そう言い捨てると、要はさっさと行ってしまった。
いや、要も忙しいだろうし、要件も別にないからいいんだよ?いいんだけどね。
なんか、淋しい。
姫乃ちゃんが来てから、要と過ごす時間が生徒会業務くらいしかなくなった。
その生徒会業務も最近行事が目白押しのせいで忙しく、業務のミスで要から叱られるくらいしか話す時間がない。
最近要はいつも不機嫌そうで、たまに会った時も、さっきみたいに一言二言話すだけで言ってしまう。
正直に言おう。めちゃくちゃ淋しい。
10歳から、ずっと一緒にいたのだ。いつも隣にいた、幼馴染み。
離れていくのが、寂しいと思うのは、当然だろう。
「やっぱり要、姫乃ちゃんに惚れてしまったんかなぁ…」
「なんで、そうなる。アホ女帝」
要の素っ気ない反応に傷ついていた私はアニマルセラピーで癒されに、温室へ訪れていた。
「いや、だって姫乃ちゃんに惚れていたら、姫乃ちゃんが私ばかり構うの面白くないだろうし」
「面白くない、俺。会長ちがう。姫乃から離れろ。鈍感アホ女帝」
「……ちっとも相手されてない癖に」
あ、わんこの尻尾と耳が垂れるのが見えた。
いやー癒されるわぁ。アニマルセラピー。
目の前で目に見えない尻尾と耳を盛大に垂れさせて落ち込んでるのが、攻略キャラの一人である武宮 京成。
わんこ化計画が盛大に失敗した要とは違う、正真正銘のわんこキャラであり、前世の私の一番お気に入りのキャラである。
美化委員長にして、勝手に温室を私物化している温室の主。
ハーフの帰国子女が故の片言。(基本)無口、(基本)無表情。顔は精悍な男らしい美形で、身長も高くガタイが良い。前世の私の好みどんぴしゃである。
だが諸君、同好の士なら分かってくれるだろう。
わんこキャラの魅力はそんな外的要因ではない。
「なんで姫乃、振り向いてくれない…俺、姫乃望むのなら、ドエスなるのに…」
ドエスわんこ、だと?
ムリだムリだムリだ君は忠犬属性だ。
主人を害せるわけがない。
だが、主人の為によく分からずにドエス目指すとか、ぐっじょぶ!!かわえぇ、癒される!!
私は沸き上がるパッションを必死で押さえた。
わんこキャラの魅力は、その一途さだ。
主人にだけなつき、主人の為に尽くす、その忠誠心だ。
わんこは高校でこの学園に入るまではずっとイギリスで暮らしていたが、6歳の頃親の事情で三ヶ月だけ日本の公立学校に通っていたという設定がある。
日本語も満足に話せず、外見も日本人離れしていたわんこはいじめられてしまう。
そんなわんこを庇うのが正規ヒロインのポジションであり、姫乃ちゃんはそんな設定を知らないままにそれをやってのけた。(姫乃ちゃんは前世ではバッドエンドが見たいが故に、他のルートは攻略していなかったらしい。いじめを庇ったのも「他人を虐めるくらいなら、私を虐げろ」ということらしい。いっそ清々しいドエムだ)
わんこが姫乃ちゃんに惚れてしまったのは当然の流れだろう。
彼の想いは姫乃ちゃんの残念な性癖を知っても変わらなかった。一度燃え上がったわんこキャラの愛と忠誠をなめてはいけない。
彼は明らかに正規ストーリーが脱線している現状で、唯一ゲーム通りに姫乃ちゃんにアタックしまくっているキャラだ。そして「私が欲しいのはわんこではなくて女王様なの」と、けんもほろろにふられまくっている。
そんなわんこの様子があまりにも萌え……いや、かわいそうだった為、私が恋愛相談をかって出ることにしたのだ。
アニマルセラピーもかねて。
なんか恋敵にされて、敵視されてるけど、うん。大丈夫。ツンデレに変換するから。
「大丈夫、大丈夫。武宮はかっこいいわんこ…でない、かっこいい男だから、姫乃ちゃんも、振り向いてくれるよ」
「……適当なこというな、アホ女帝」
「私が姫乃ちゃんの情報集めて、応援したげるからさ」
「……情報は、欲しい」
あ、尻尾が揺れるのが見えた。
やっぱしかわえぇな~、わんこ。
姫乃ちゃんとわんこが、くっついて幸せになれば良いと思う。
わんこが姫乃ちゃんの傍で幸せそうにしている様子は、見てて楽しいから。
ついでに姫乃ちゃんも、変態卒業して全うに幸せを築いて欲しいから。(ドエムからしたらよけいなお世話だろーが)
それに、そうなったら、要は
「……あかん、らしくないこと考えてもーた」
ダメだ。思考がダメな方に行ってまう。
きっと疲れているのだ。
一眠りしてリフレッシュしなければ。
「というわけで、ベッドもーらい!!」
私は近くにあったソファベッドに飛び乗った。
このわんこはけしからんことに、公共の場である温室を私物化して、お昼寝用の大型ソファベッドまで置いているのだ。
さらにけしからんことに、ゲームでわんこルートに行くと、なんとこのベッドで姫乃ちゃんとにゃんにゃんする描写も出てくるのだ。
学生らしくない、不純異性交友。
なんと嘆かわしい風紀の乱れだろう。
起きるか分からない未来なんで、直接罰することは出来ないが、とにかくけしからんので女帝様権限で、ただ今このベッドを没収する!!
全てはわんこを健全な道に戻す為、そして、私のお昼寝の為に!!
「……俺の昼寝場所」
「んー、武宮も半分使えばいーでない。こんなでかいんだから」
なんせにゃんにゃんしても体を痛めないくらい大きなベッドだ。
半分こして昼寝も出来るだろう。
「…………本当アホ」
わんこがなんかかわいくないこと言ってるが、聴こえませーん。
私は優雅にシエスタタイムを堪能するのだ。
おやすみなさーい。
姫乃ちゃんを守るように、前に立ちふさがった要が、私を睨んでいる。
「あら、犬がいっちょまえの男の眼をするようになったじゃないの。」
私の口から出た言葉は愉悦を含んだ、どこか艶かしい響きを持っていた。
あぁ、これは女帝様だ。
私じゃない。
ゲームで要ルートの時に、追放された正しい女帝様の姿だ。
「…いいわ。解放してあげる、あんたをそんな眼にさせたお嬢さんの傍にいなさい。別にそれで契約を打ち切るほど私も父も狭量ではないわ。第一龍堂寺と切れたらうちも損失が大きいもの」
そう言って女帝様は、要と姫乃ちゃんに背を向け、颯爽と学園を去っていく。
一度も振り向くことはなく、気高く、自信に満ち溢れた姿を崩すことなく。
あぁ、かっちょいい。
最後まで、女帝様は女帝様のままだ。
誰にもすがったり、醜い足掻きを見せたりしない。
女帝様は孤高の悪役だ。
全ては女帝様にとって、ただの遊び。
自我を持った犬に執着したりなんかしない。
そして、女帝様はそんなものに、「誰か」に執着なんかしなくても、寄りかからずとも、平気で生きていける力と、強さがある。
……じゃあ、私は?
女帝様と姿形が同じなだけで、中身は前世と変わらないアホな私は、女帝様のように生きていけるのだろうか?
たった一人で、強く、美しく。
「――おい、アホ!!起きろっ!!」
耳元で聞こえた怒りに満ちた要の声に目を覚ました。
「てめぇ…武宮から呼び出されてきてみたら、こんなところで寝てやがって…生徒会で会議があるって言ってたよな!!」
「…やばっ!!忘れてた!!」
日程が変わったのを、すっかり忘れていた。
私は口元のよだれを拭いながら、慌てて飛び起きる。
「今何時!?終わった!?」
「もうとっくに終わった!!てめぇ今、何時だと思ってやがる」
慌てて時計を見ると。19時を回っていた。
どうやら自分はかなりの時間寝こけていたらしい。
「何度携帯に電話してもでやがらないから心配してたら、武宮が出てお前を連れて帰れと言ってきた。で、来てみたら、てめぇがアイツのベッドでぐーすか寝てやがった。アホ、てめぇなんでこんなところにいやがる!?」
「それは、私が武宮に会いにきたから…」
「あ゛あ゛!?」
まずい。要。完全にマジ怒りだ。
大事な会議すっぽかして、心配かけて、あげくこんなところで呑気に寝てたんだから当たり前だ。
誰だって怒る。
なんだって私はこんなにアホなんだろう。
自分で自分がホント嫌になる。
「ごめん、要!!会議の内容、詳しく教えて!!この埋め合わせは必ず…」
「…お前なんか、もう知らねぇよ」
返ってきた要の言葉は、今まで聞いたことが無いくらい、冷たかった。
「男といちゃついて、重要な会議をすっぽかす阿呆女なんぞ、もうしらねぇ」
そう言って、要は私から背を向けた。
あ
要が、行ってしまう。
私を捨てて、行ってしまう。
――知ってたよ。
覚悟してたよ。
初めて会ったその日から、こんな日が来ることくらい、分かってたよ。
だって、あんなかっちょ良い女帝様ですら、要は離れていったのだから。
だから、考えないように、要がいつか私から離れても大丈夫なように、平気なように振る舞ってたよ。
だけど、本当のヒロインである姫乃ちゃんが、要に興味を持っていなかったから。
要と姫乃ちゃんが、惹かれあう素振りを見せなかったから。
期待、してしまったんだ。
要は、せめて、この学園にいる間は私から離れていかないんでないかと。
アホな私の傍に、いてくれるんでないかと、期待してしまったんだ。
「――立場をわきまえなさい」
とっさに要の腕を掴んだ私の口から出たのは、ゲームで見た女帝様の台詞だった。
「貴方の気持ちなんか関係ないわ。私が鳳凰院の跡継ぎ、貴方が龍堂寺の妾腹の次男である限り、貴方は私の狗よ」
それは、犬であることを拒絶する要に、女帝様が嘲笑いながら告げる台詞。
アホな私のせいで、要が私から離れていくなら、今度こそ私は女帝様になりきろう。
大丈夫。姫乃ちゃんから、女帝様になる訓練を受けている。
要を離さないためなら、私は女帝様を演じれる。
私は、女帝様になって見せる。
「貴方は私の玩具。私の可愛い狗よ。簡単に――」
そこまで言って、私は言葉に詰まった。
女帝様は、この後笑いながらこう続けるのだ。
『簡単に解放なんかしてやんない』
だけど、そう言っておきながら、女帝様は実際は、簡単に要を手放すのだ。
何の未練の欠片も見せず、至極あっさりと。
「簡単に――ううん、一生解放なんかしてやんない」
出てきた言葉は、女帝様の台詞なんかではなく、私の言葉だった。
気高くかっちょよい女帝様の言葉ではなく、アホでみっとも無い、私の言葉。
涙と鼻水が同時にあふれてきた。
要の腕を掴む手が震える。
――アホな私は女帝様のように、格好よくなれない。
「だがら、がなめ、わだじを捨でないで…」
アホな私は、けして叶う筈ない望みだと分かっていながら、いつしか望んでしまいました。
いつか失うそれを、失うと分かっているそれを、傍にあるのが当たり前だと思ってしまいました。
――いつのまにか、恋をして、しまいました。
いつもとなりにいる、傲慢なようで、本当は優しい幼馴染に。
「――じゃあ、他の奴に懐くんじゃねぇ!!」
次の瞬間、私は要の腕の中にいた。
「俺がてめぇのもんなら、てめぇは俺のもんだろーが!!あのドエム女にも、鉄仮面武宮にも面倒みられてんじゃねぇよ!!」
要はそう言って、痛いくらい私を抱きしめてきた。
痛くて、苦しいのに、要から伝わってくる熱が温かくて、さらに涙が溢れて仕方なかった。
要の真剣な声が、どうしようもなく嬉しくて、幸せだった。
「てめぇは俺だけに面倒みられてればいいんだよ!!…綾華!!」
アホな私は、気高く、美しい女帝様にはけしてなれない。
でも、思うのだ。
本当は女帝様も、狗のようにあしらっていた要に、特別な感情を抱いていたのではないかと。
その矜持ゆえに、その強さ故に、その感情を表に出すことは出来なかったのではないかと。
だってじゃなければ、あんな美しく、要を解放してやれない。
あんな風に、遠回しに要の幸せを願ってなんかやれない。
「要…要…」
「…なんだ、アホ…」
「…一生隣にいて、私の面倒を見て、ください」
「――他に誰が、んな面倒な役目出来るんだよ」
そういって要は、確かに幸せそうに、微笑んだ。
私はアホです。
美しく、気高い女帝様にはなれません。
でも、世界で一番幸福なアホだと思います。
大好きな人が、ずっと隣にいてくれるから。