クリーミー・ヘヴン
ひんやりした空に浮かぶ月をいくらか不思議な心境で眺め、少ししょぼしょぼする目で星の瞬きを確かめる。近場で開催されたとある講習会に行った日の帰りのこと。信号のある横断歩道の少し手前に差し掛かったとき、背の高いなかなか彫りの深い感じの外国人が立ち塞がって「あ」というような表情をしていた。すぐこちらに気付いて「すみません」と日本語で謝られた。
<何だったんだろう>
と思って、後ろを振り返ると通り過ぎて気付かずにいた何かの光源を認めた。LEDの光で『TAIYAKI』という文字と魚のカタチを表示させているネオンサイン。外国の人からするとそのマークには物珍しさがあったのかも知れない。この季節にそれを見つけてしまったわたしは、青信号に切り替わったタイミングだったのに衝動的に踵を返してしまう。
「あ、美味しそう」
イートインスペースのあるその店舗には香ばしく「あま〜い」匂いが漂っていて、商品のバリエーションも見るからに豊富そう。パッと目についたのは『カスタードクリーム』、『豆乳クリーム』、『プレミアムチョコレート』という文字。
『たい焼きならつぶあんでしょうに!!』
と心の中で誰かが訴えかけているような気もしたけれど、その日はクリーミーなものが欲しい口になっていたのです。店員さんと視線が合い、ややうわずった声で
「えっと、カスタードクリームと豆乳クリームとプレミアムチョコレートを1つずつお願いします!」
と早速注文しているわたしがいた。店員さんは店名がプリントされた紙袋に「頭」と「尻尾」を互い違いにして手際よく詰めてくれる。
「手前の方からカスタードクリーム、真ん中がプレミアムチョコレート、奥が豆乳クリームです」
説明を受けたときに、<そっか『ガワ』は同じだもんね>と一人納得。食べるときに間違えないようにしなきゃと思ったけれど、食べるのはどうせ自分だけだしという考えがあったので途中であやふやになってしまう。自宅までそこそこ距離はあるけれど家でじっくりお茶でも飲みながら食べたいなと思ったので、店を出てから早足で帰路を急いだ。
立春は過ぎたけれどまだまだ風は冷たい。一年前は雪も降っていたような気がするけれど今年はひたすら寒いだけ。道すがら賑やかな灯りを見つけると何となく安心する。
<あ、そういえば自宅の『向日葵くん』にそろそろエナジーチャージしなきゃ…>
こんな冬にこそ向日葵くんには毎日軽快に踊っていて欲しい。ちょっとでも動きが鈍ってくると何となく寂しいので電池はマメに取り替える事にしている。ドラッグストアを見つけたので電池を補充しようと思って立ち寄ってみたら想像もしていなかったことが起こった。
「え!?和也くん!?」
いかにも『バンドをやってます』的なジャケット姿、見慣れた背格好は紛れもなくハーブ店『SOLEIL』の店主の弟さん。V系バンド「ジャンシアーヌ」のボーカル兼ギター、大学生。親しくなって大分時間が経ってどこか「弟」のような感じで接してしまっているので見かけると思わず声を掛けてしまう。
「坂下さん!奇遇ですね。こんな時間に…でもないか。仕事帰りですか?」
「今日は講習があって、その帰り道。和也くんは?」
彼は少し恥ずかしそうに「バンドの練習の帰りです。今日は早めに切り上げたんで」と言った。ライブも何回か参戦しているけれど、前にメンバーが一人脱退したという話をしていたのでその後どうなったのか気になってはいた。
「年明けに新しいメンバーが加入したんですよ。その人演奏がすごくいい感じなので、そろそろ「新曲」とかも作らなきゃって感じです」
「それはよかったね!またライブ行くよ」
話をしながら何となく一緒に見回って、単3電池を見つけて細々とした物をついでに買ってという感じ。
「そういえば『ジャンシアーヌ』ってフランス語で「リンドウ」って意味だったよね。バンド名それにしたのってやっぱりハーブとして使われてるから?」
店を出て前からせっかくだから前々から訊いてみたかった事を。前に検索してみたらリンドウの根は健胃薬として用いられるという事が書かれてあった。そしたら、
「それもあるんですけど、リンドウって『青い』じゃないですか。俺、ずっと「青く」いたいなと思ってて」
「青くいたい?」
「そうっす」
聞き間違いかと思って確認してみたところ「青くいたい」で合っているそう。はてなマークを浮かべていたのが顔に出てしまっていたのか和也くんは微笑みながら、
「一生、青いまま、青春というか、「若い」みたいな…」
と伝えてくれた。それを聞いた時に「おお、感動」という気持ちになり、やっぱり和也くんはこういう感じなんだなと納得。これがロックだよね。そんな彼がふと、
「こう寒いと、なんだかあったかいものが食べたくなりますよね」
と呟いた。「あ、そういえば」とその時思い出したのは例の「たい焼き」。都合よく3つ買っていたのもあって「これさっき買ってたの」とバッグから紙袋を取り出した。
「あ、あそこの「たい焼き」じゃないですか!?」
「和也くんも知ってたの?」
「ちょっとバズってました。めっちゃ美味いって評判ですよ」
確かに袋の中には「たい焼き」が3つある。自分で食べようと思ったけれど、一つ彼にあげたとしても2つは食べられる。袋を覗いてみて、真ん中の尻尾が出ているのが『プレミアムチョコレート』だという事は記憶できていた。『プレミアム』なチョコレートは是非食べたいので、『豆乳クリーム』か『カスタードクリーム』を彼に手渡せばよい。…けれど店名がプリントされている袋の手前側が『カスタードクリーム』なのか奥にあるのがそれなのかは自信がない。
「『カスタードクリーム』と『豆乳クリーム』ってどっちがオススメ?」
和也くんになんとなく訊ねてみる。「カスタードクリームっす」と断言した。わたしは記憶を信じて手前のたい焼きを取り上げて彼に渡した。
「ありがとうございます!いただきます!」
やっぱり男の子。かぶり付くや否や、「これこれ!このカスタード最高です!」とハイテンションになって報告してくれる。その時わたしは、
<わたしは「豆乳クリーム」の方を食べるんだな>
と理解し、何故かわからないけれど自分でもよくわからない心情になっていた。その場で彼と一緒に食べた『豆乳クリーム』の滑らかなクリームの舌触りと優しい甘さ、たい焼きの尻尾の部分の食感、それら全てに感動を覚えた。「たい焼きってこんな味だったっけ?」と思うほどに記憶にあったものとは全然別物に感じた。こういうシチュエーションで食べたという理由もあるかも。
和也くんと別れ、自宅に戻ってから冷えにも効くというカモミールのハーブティーを入れつつ『向日葵くん』のメンテナンスをする。
「向日葵くん、たい焼き食べる?食べないか」
『その「たい焼き」からはパッションを感じるぜい!みんなを喜ばせようというパッションをね!』
向日葵くんの言葉通り(?)プレミアムなチョコレートは一度と言わず何度でも食べたくなる絶品でした。食べ物で人を感動させるような、そんな濃厚なチョコレートをじっくり味わいます。そして一息ついてわたしは思うのです。是非とも『カスタードクリーム』も食べなければならないと。
冬にそんな『情熱』がたぎった一日でした。




