収束/動き出す者たち
煙の匂いがした。
スモークタウンでは、それは珍しいことじゃない。
七つの町が重なり合うこの都市では、空気はいつも濁っている。
それでも――この夢の中では、どこか懐かしい匂いだった。
「父さん!あれ見てよ!あの公園!すっごぐ綺麗なんだ!緑がいっぱいあってね!それでね…」
あぁ…懐かしい。
子供のころはどうしてあの公園に行っちゃだめなのかよく理解できなかったな。
今考えてみれば残酷な階級制度が昔からあったんだ。
でも父さんは一度だけ…
その公園に連れてってくれたな。
そう…父さんがいなくなる2日前…。
真面目な父親が夜にこっそり公園に連れていってくれるなんて…
あの時の俺はなーんにも考えてなかったな。本当に…。
「父さん!おいていかないで!お願いだよ!父さん!」
もう少しで父さんに手が届きそうなその瞬間…腕の痛みで目が覚める。
天井に手を伸ばす自分がそこにはいた…
狭い部屋…食べ残したカップラーメン…とても父さんに見せれる部屋じゃ…ないな。
ベットから起き上がる。
その動作が、ほんの一瞬だけ遅れる。
ベッドから起きる俺と、もう五分だけ眠る俺。
次の瞬間、俺は洗面所に立っていた。
眠気は残っている。
だが、遅刻はしない。
鏡の中の俺は一人だけだ。
他の可能性は、もうどこにもない。
正しい…いや…その選択の方が少しましだった…それだけだ。
これが俺の能力…《収束》
この能力があったから俺はなんとか生き残れた…生きる理由になったんだ。
七つの町、七人の支配者。
スモークタウンでは、子どもでも知っている常識だ。
どの町に生まれるかで、人生の難易度が決まる。
配給が安定している町。
娯楽だけは充実している町。
能力者の機嫌ひとつで地獄になる町。
境界を越えるには、許可か、命がいる。
そして支配者が変わるたび、
町の空気は、少しずつ濁っていく。
父が死んだのは、
ちょうど支配者が変わった、その直後だった。
俺はこの町…いや…支配者が嫌いだ…
弱いくせに町を仕切る奴がな…
そんな愚痴を言っていたら…仕事に行く準備が終わってしまった。
「まだ6時50分…じゃないか…」
今日は早めに行こうか…どうするか…
こんな時に能力を使えれば…どれだけ便利だったか…。
俺の能力は短い選択しか選べない、どっちのパンツを履くかとか…
このジュース飲もうかな?とかその程度。
「ま、早く行動して悪いことなんて…ないだろうしな」
靴を履いて仕事場に出かける。
車のクラクション、朝から喧嘩をするご夫婦、パトカーのサイレン…
これだよこれ!これがスモークタウンの朝だ!
「おっと。この路地裏を通れば…新聞買っていけるかな?」
自分の選択を信じて突き進む…
「ウィズだな」
背後から、粘つく声。
「やっぱりこうなるのか…」
振り返ると、男が二人立っていた。
一人は普通の男…もう一人は筋肉質でデカい。
「親父さんの借金。利子が膨らんでてな…」
俺は何も言わない。
言葉を返した未来は、たいていろくなことにならない。
「お前……ランダとミラルを病院送りにした奴だろ?」
借金取りの一人が、俺を指差して前に出てきた。
「どうやって倒したのか気になってたんだが……まぁいい」
男――ライズが、舌を舐めるように笑う。
「俺は“味覚”を支払う」
その瞬間。
金属音とともに、男の横の空間が歪んだ。
出現したのは――
無機質な、両替機。
「《等価換算機》」
ライズが機械を叩く。
「自分の何かを犠牲にしてコインを生成する。
そのコインで、身体能力を引き上げる能力だ」
……両替機。
だが、どうして“具現化”する必要がある?
「気づいたか?」
不気味に笑って、もう一人の男が前に出る。
「こいつが出てくる理由」
男が、何のためらいもなく両替機に手を置いた。
「俺の能力は――他人も“使う”ことができる」
「視力。聴力。まとめて支払う」
機械が唸り、硬貨が吐き出される。
「助かるぜ、マリオ」
ライズが笑いながらコインを受け取った。
「気にするな。油断だけはするなよ」
「……は?」
思わず声が漏れる。
「他人のコインも使えるってのかよ……!」
「ルール違反?」
ライズが肩をすくめる。
「ここはスモークタウンだ…なんでもあり!だろ?」
コインが投入され、ボタンが叩かれる。
「10倍…身体能力10倍だぁ!てめぇの能力なんて関係ねぇ!力でねじ伏せる!」
マリオは自身に満ちあふれていた
「確かにこの世界じゃぁ俺は役立たずだ…能力は持ってねぇしなぁ…!
でもよ。でもなぁ!ライズは俺に価値を与えてくれる!俺ら二人は最強のコンビだぜぇ!」
そう思った!
ライズが、砕けたアスファルトを蹴り上げて突進してくる。
「運がよかったら――病院で会おうぜぇ!!」
ライズの拳が、ウィズに届く――
その直前。
視界が、揺れた。
ウィズが――二人に見えた。
「……あ?」
「あぁ!?なんだぁこりゃあ!?」
ライズの目が見開かれる。
一人は、拳をかわしてその場に残る。
もう一人は、迷いなくマリオへ向かって走り出した。
「増えた……?分身、かぁ!?」
ライズの脳裏に、最悪の想定が走る。
――優先すべきは、あっちだ。
マリオを追った方。
マリオが死ねば、
《等価換算機》は“なかったこと”になる。
それだけは――
「マリオォォォォ!!」
叫び、踏み出そうとした、その瞬間。
目の前にいたはずのウィズが消えたッ!
幻でも見ていたかのように!
「分身じゃない!?そんなシンプルな能力じゃぁない!」
ライズは相手の能力をよく理解せずに動いてしまった…
しかし後悔している暇はない…なぜなら!
ウィズはすでに《等価換算機》に触れている!!
「ぬぉおおい!それに触れるんじゃぁーねぇ!」
やべぇぞ……
俺の能力は、自分自身の“強化”と――
《等価換算機》の生成。
それだけでもこっちは精一杯だってのに、
《等価換算機》を移動させるほどの器用な真似はできねぇ……!
だが……あれを使われたら……
一気に、こっちの勝ち目が薄くなる。
ライズは歯を食いしばった。
「等価換算機を解除しろッ!!」
《等価換算機》が、音もなく消えた。
路地に残ったのは、
ひび割れたアスファルトと――
向かい合う二人の影だけ…
「んなぁ?何が起こってる!?」
マリオの視力、聴力が元に戻る…
それと同時、一瞬でマリオは状況を理解した。
ライズとマリオは一心同体、相棒だったから…
ライズは…おそらくやられる…かもしれない。
そう思い、銃を抜こうとする。
「後ろポケットに入ってる銃を抜く隙もねぇ…」
恐ろしいほどの殺気と静寂…
スモークタウンの騒音をこの場の雰囲気がかき消していた。
ライズは拳を下げたまま、動かない。
ウィズも、一歩も踏み出さない。
風が、煙を押し流す。
――カチリ。
どこかで、コインが地面を転がる音がした。
その瞬間だった。
ライズの拳が跳ねた。
銃を抜くより速く、
引き金を引くより短い時間。
一撃。二撃。三撃。
空気が裂ける。
拳が、影を撃ち抜く。
だが――
当たったはずの場所に、ウィズはいない。
「……っ!」
ライズの視界の端で、
“もう一人のウィズ”が消えた。
(外した……!?)
いや、違う。
“当てた”方が、間違いだった。
背後。
息が、首元に触れる。
「二度と俺に近づくな」
その一言と同時に、
ウィズの拳が放たれた。
銃声の代わりに、
骨の鳴る音が路地に響く。
マリオは銃に手を置いたまま固まっていた…
「能力者には勝てねぇ…俺みたいな雑魚じゃぁ…」
その一言と共にスモークタウンの騒音が聞こえ始める…
病院の一室…
「あの男…ウィズ?とか言ったか…。」
リンゴを切っているマリオが答える
「えぇ…。ウィズです」
「ウィズのこと…ボスになんていえばいいんだか…」
二人が悩んでいると…ドアがゆっくりと開く
「何も言わなくていい…」
部屋の天井に頭が当たるほどの大男が入ってくる
「ボス!!/ボス!?」
二人は冷や汗が止まらない…
「そいつ…今どこにいるんだ?」




