EP 2
迷子のエルフと鋼鉄の馬
空間の亀裂から吐き出されるように、一台のバイクが異世界の上空へ踊り出た。
「……チッ、道なき道ってレベルじゃねぇぞ」
眼下に広がるのは、見渡す限りの大草原と、遠くに見える中世風の石造りの街並み。
龍魔呂は空中で瞬時に車体のバランスを制御すると、着地の衝撃に備えてサスペンションに体重を預けた。
ズガァァァンッ!!
土煙を巻き上げ、大型バイクが荒野に着地する。
強靭な足回りが衝撃を殺し、龍魔呂はスロットルを回して車体を安定させた。
「ここが異世界か。……空気が美味いな」
ヘルメットのシールドを開け、タバコを取り出す。
ライターで火を点け、紫煙を吐き出しながら周囲を見渡したその時だった。
街道の脇、雑草の茂みから何かが飛び出してきた。
「はわわわ……こ、ここはどこですかぁ~……」
豪奢な緑のドレスを纏い、長い耳を持った少女――エルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアだ。
彼女は致命的な方向音痴を発動させ、本来向かうべき王都とは真逆の荒野を彷徨っていたのだ。
「……あ?」
龍魔呂が視線を向けた瞬間、ルナが足元の石に躓いた。
「きゃぁっ!?」
派手に転ぶ――はずだった。
キキィッ!
龍魔呂は瞬きする間にスタンドを立て、バイクから降りていた。
その動きは、かつて『DEATH4』と呼ばれた頃の神速の反射神経そのもの。
倒れ込むルナの身体を、龍魔呂の太い左腕がふわりと抱き止める。
「――っと。危ねぇぞ、嬢ちゃん」
「へ……?」
ルナが目を開けると、そこには至近距離で自分を見下ろす、凶悪なほどに整った男の顔があった。
赤と黒のジャケット。ワイルドな無精髭。そして、どこか甘いタバコの香り。
(は、はわ……!?)
ルナの心臓が早鐘を打つ。
世界樹の森で過保護に育てられた彼女にとって、これほど「男」を感じさせる異性との接触は初めてだった。
龍魔呂はルナを立たせると、大きな手で彼女の頭をポンポンと無造作に撫でた。
「怪我はねぇか? 綺麗な顔に傷がついたら台無しだからな」
それは、龍魔呂にとっては子供をあやすような、無自覚な気遣いに過ぎない。
だが、免疫ゼロの箱入りエルフには、致死量の愛の囁きに聞こえた。
「は、はいぃぃ……♡ だ、大丈夫ですぅ……」
ルナの顔が真っ赤に染まり、耳の先まで熱くなる。
(こ、これが噂に聞く「運命の出会い」!? 頭ポンポンされました! 私、汚れてないですか!?)
龍魔呂はそんなルナの内心など知る由もなく、彼女の服装を一瞥した。
「そんなヒラヒラした服で、こんな何もない荒野を歩いてたのか? ……迷子か?」
「うぅ……そ、そうなんです。王都に行こうと思ったら、いつの間にか景色が緑色になってて……」
「方向音痴か。難儀だな」
龍魔呂は短く吐き捨てると、親指で背後のバイクを指した。
「俺も街へ行くところだ。乗れ」
「えっ? の、乗るって……その、鉄の塊にですか?」
ルナがおっかなびっくりバイクを見る。
魔導具のようだが、ドワーフの作る無骨な機械とは違う、洗練されたフォルムと威圧感。
「あぁ。歩くよりはマシだろ。……それとも、俺の背中は不服か?」
龍魔呂がニヤリと口角を上げる。
その野性的な笑みに、ルナの理性が消し飛んだ。
「の、乗りますぅ! 是非乗せてくださいぃ!」
ルナは慌ててバイクの後部シートに跨った。
だが、どこを掴めばいいのか分からない。
「しっかり捕まってろよ。振り落とされても知らねぇぞ」
龍魔呂がルナの手を取り、自分の腰へと回させる。
「ひゃうっ!」
ルナの腕の中に、龍魔呂の分厚い背中と、引き締まった腹筋の感触が伝わる。
革ジャンの冷たさと、そこから伝わる体温。
(はわわわ……殿方の背中……! しかも、すっごくイイ匂いがします……♡)
ルナは無意識に、その背中に顔をうずめた。
安心感と高揚感が同時に押し寄せる。これはもう、エルフの森には帰れないかもしれない。
「舌噛むなよ」
龍魔呂はエンジンを吹かした。
Vツインの鼓動が、ルナの股下から全身へと響き渡る。
ズキュウウウンッ!!
「きゃぁぁぁん♡」
爆音と共に、バイクが荒野を疾走する。
風を切り裂くスピード。
しがみつくことしかできないルナにとって、龍魔呂はまさしく白馬の騎士――いや、黒き鉄馬の王に見えていた。
「(世界樹様、ごめんなさい……私、この人の背中で生きていきます!)」
勘違いと恋心を乗せて、一台のバイクが太郎国の王都へと滑り込んでいく。
街の門番たちが「な、なんだあの怪物は!?」と槍を構えるが、龍魔呂がギロリと睨むだけで道が開く。
その後ろで、ルナは恍惚の表情を浮かべていた。
異世界最強の小料理屋の看板娘が、ここに誕生した瞬間だった。




