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呼吸の終焉(End of Breath)  作者: 遠藤 世羅須
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呼吸の終焉 第二章 黒い柱(Part 2)連番⑥

黒柱が現れ、世界が混乱してゆく。科学者は沈黙し、人々は未知の事象にに混乱する。いよいよ世界が動き出す。

♢ アメリカ軍の攻撃 ― Operation Silent Sky


黒柱が出現してから三日目、

アメリカ国内で“異常な救急搬送”が増え始めた。

都市では、市民が次々と立ちくらみを訴え始めた。

最初は熱中症と報じられたが、倒れる人の数は刻一刻と増えていった。

電車を降りた途端に崩れ落ちる者、

エレベーターの中で意識を失う者、

歩道で座り込んだまま過呼吸を繰り返す者。

救急車は常に満杯で、病院の廊下はストレッチャーで埋まり、

酸素マスクは瞬く間に不足した。

医療チームが最初に異変に気づいたのは、

倒れた市民全員の 血中酸素飽和度が80%以下に

落ちていたことだった。

医師のひとりが震える声で記者会見を行った。

「空気中の酸素濃度が、

 わずかに……しかし確実に低下しているとしか考えられません。」

記者たちのざわめきが広がった瞬間、

映像は乱れ、緊急会見は途中で中断された。

通信ネットワーク自体が不安定になりはじめていた。


ニューヨークでは、

メトロが酸素不足で乗客が倒れ、駅構内が避難所と化した。

救急車はサイレンを鳴らし続けたが、

信号機の誤作動で街中に取り残された。


ロサンゼルスでは、

高地の住宅街で“同時多発の意識喪失”が起きた。

人々は窓を開けて必死に呼吸をしようとしたが、

外の空気も同じように薄かった。


政府は発表した。

「現在の酸素濃度低下は一時的であり──」

だが、誰もその言葉を信じなかった。

風が吹かない街で、空気の重さは誰の肺にも明らかだった。

混乱していく市民社会。

沈黙する衛星。

減り続ける酸素。

そして黒柱が発する正体不明の信号。

全てが“外部からの攻撃”だとしか思えない。

「何もしなければ国が死ぬ」

その恐怖だけが、判断を支配していた。

    ♢

黒い柱の出現から一週間後。

全世界の海洋観測網が異常沈黙に陥った。

衛星通信が途絶し、気象データは乱れ、

酸素濃度は各地で微妙に低下を始めていた。


大国は軍投入を検討した。

しかし、それは迅速ではあったが、決して合理的ではなかった――。

PACOM(アメリカ太平洋軍)は、独自判断で出動。

ロシア北方艦隊も、黒柱の光学異常を

「新型戦略兵器の可能性あり」と分析し、潜水艦を静かに展開した。

世界の海は、いつの間にか国家の“疑念”で満ちていた。

空気は重く、光は黒柱に吸われる。

海は静かすぎる。

すべてが、世界規模の“息詰まり”の前兆だった。


ペンタゴンでは、

酸素低下についての報告があがると共に

“敵性兵器説”が再燃した。

「黒柱は世界規模の酸素奪取装置ではないか」

「敵国による特殊兵器の可能性を排除できない」

「人工衛星が沈黙しているのは、電磁攻撃の証拠だ」

誰も根拠を持っていなかった。


しかし、酸素の低下と同時に

航空兵の一人が訓練中に酸欠で墜落したという報告が入り、

議論は一気に暴走した。

参謀本部の一室では、軍医が苦々しい顔で説明した。

「酸素濃度がこのまま低下すれば、

 大規模な航空作戦そのものが成立しなくなります。

 パイロットの意識低下が起き始めている。」

指揮官たちは沈黙した。

“戦えるうちに動かなければならない。”

その圧力だけが、会議室の空気を満たした。


米国防総省ペンタゴンは、

事態を「環境テロまたは宇宙由来の攻撃」と判断。

ワシントンの国防総省で緊急会議が行われてから、

およそ8時間後。

アメリカ合衆国は「通常戦力による第一段階攻撃」を承認した

NORTHCOM(北方軍)とUSSF(宇宙軍)による

共同作戦が発令された。

作戦名――「Silent Sky(沈黙の空)」。


 ♢ 指令センター


バージニア州、地下指令施設。

スクリーンには、衛星が捉えた黒い柱群の映像が並ぶ。

その数、27本。

太平洋からインド洋、南極沿岸まで分布していた。

「通常攻撃を行い、確認次第、EMP照射を実施。

 対象は地球外構造物と想定。」

「周辺生態系への影響は?」

環境分析官が震える声で問う。

しかし統合参謀本部の将官は、

迷いのない声で言い放った。

「無視してよい。

 優先すべきは国民の“呼吸の回復”だ。」

「しかし――」

「市民が倒れ続けている。

 大気が奪われている以上、時間こそが最大の敵だ。

 犠牲を最小限にするには、“柱”を止めるしかない。」

沈黙が落ちる。

大統領補佐官が低く付け加えた。

「これは生態系の問題ではない。

 国家の存続の問題だ。」

誰かが小声で言った。

「……神に祈る時間は、もうない。」


 ♢ 攻撃開始


空母 ジョージ・ワシントン、カール・ヴィンソン、

そして太平洋空軍司令部の所属基地から複数の戦闘機が発進した。

F-15C、F-16C、F/A-18E……

通常なら空戦・迎撃・地上攻撃の主役となる機体たちが

黒柱へ向けて次々と編隊を組む。

黒柱の周囲の空域は、

まるで“何も存在しない”かのように静まり返っていた。

風もなく、雲もなく。

大気の流れだけが、黒い塔の周囲で異常に減速している。


そこへ――

複数の戦闘機編隊が突入した。

F-15が最初の攻撃位置に入り、

パイロットが地形追随レーダーのスイッチを叩く。

「ブラックアウト・オブジェクトを視認。

 距離、4マイル……射程内だ」

レーダーは黒柱を“見ている”。

だが、画面には異常反応が続いていた。

《対象物、反射率ゼロ。

 レーダー波の戻り、消失》

それでも作戦は継続された。

「オメガ1、投下許可。

 オメガ2、続け」


F-15Cの翼下から、

AGM-65 マーベリック空対地ミサイル が放たれた。

続けて F/A-18 から JDAM(精密誘導爆弾) が投下される。

ミサイル群は一直線に黒柱へ向かう。

ミサイルが黒柱へ到達する数秒前、

黒柱表面の光が “呼吸するように” 波紋を広げた。

そして――

ミサイルがすべて音もなく、光に吸い込まれた。

爆発は起きない。

破片も飛ばない。

衝撃波も生じない。

まるで、宇宙空間で質量が“無”に還るように消失した。

パイロットの声が震える。

「……命中確認できず。

 熱反応ゼロ……何が起きている……?」

「ミサイルの反応喪失。

 衝突した記録もなし。

 この物体、質量概念の外側にある……?」


地上司令部の通信がざわめいた。

アメリカ軍は即座に“最大通常火力”として

F-15E ストライクイーグルの対地攻撃を投入。

精密誘導爆弾、

クラスター弾、

高貫徹爆弾――

本来なら山を吹き飛ばす破壊力を持つ兵器。


しかし。

黒柱の前では、爆発音すら許されなかった。

すべての弾道は、黒い壁に触れた瞬間に

重力と熱を失い、消えた。

『司令部……!

 黒柱の外側で空気の流れが止まっています!

 推力が“空気を掴めない”……

 まるで大気が薄い惑星にいるみたいだ……!』

『風が……風が存在しない……!

 機体後方に空気の渦が生まれない……

 こんな現象、地球にあるはずが……!』

黒柱はただ立っているだけなのに、宇宙のように風を奪い、

爆発すら許さない。


戦闘機部隊の全弾薬が無駄と分かり、

国防総省は作戦の第二段階、

ステルス爆撃機 B-2 スピリットによる攻撃へ移行する。

通常攻撃の完全失敗。


そして次は――人類の最高兵器の番。

アラスカ上空。

B-2ステルス爆撃機から発射された高出力電磁パルス弾(EMP)が、

北太平洋の黒柱へと向かって落下した。

その瞬間、柱が震えた。

だが、破壊されるどころか、まるで反射するように光を返した。

「なに……?」

レーダーが狂い、機体が急降下する。

次の瞬間、黒い柱の周囲にいた戦闘機編隊が一斉にエンジン停止した。

パイロットの最後の通信が残っている。

『空気が……重い……! 操縦桿が動かない──!』

直後、無線は完全に沈黙した。


 ♢ 沈黙の海 ― Silent Sea作戦


空からの攻撃が失敗した翌週。

米国防総省と太平洋艦隊司令部は、新たな作戦を立案した。

「海上からの直接攻撃による構造破壊」

――作戦名はSilent Sea(沈黙の海)。

対象は、北太平洋に出現した第六柱。

艦隊規模:空母2隻、イージス艦4隻、駆逐艦8隻、潜水艦3隻。

作戦指揮官はハワイ・パールハーバー第七艦隊所属の

ダグラス中将だった。


「航空攻撃は通じなかった。

 ならば今度は、海の力”で押し返す。」

作戦士官が問う。

「海流データによると、柱の周囲では潮の流れが逆転しています。

 これは、何かを“吸い上げている”のでは?」

ダグラスは短く答えた。

「なら、引き剥がせばいい。」

誰も反論しなかった。

作戦の承認印には、大統領のサインが入っていた。


 ♢ 開戦 ― 黒柱第六号攻撃


艦隊は夜明けに出撃した。

北太平洋上シャツキー海台タム山塊付近、

水平線の向こうに、漆黒の柱が立っていた。

艦橋に立つ将校が呟く。

「……気味が悪いな。海が生きてるみたいだ。」


第1波攻撃:長距離魚雷。

水面下を走る白い航跡が、放射状に黒柱の根元へ収束していく。

ソナー室のモニターには、複数の発射音が重なり合って、

濃い帯となって映し出されていた。


第2波攻撃:巡航ミサイル。

水平線の向こうから、低空をかすめるように飛来する光点の列。

艦橋のガラス越しに、曳光の筋が幾本も夜空に線を引く。

ミサイルが黒柱へ到達する数秒前、黒い表面にうっすらと波紋が走る。

まるで、息を吸い込む前の肺が、わずかに膨らむ瞬間のように。


そして第3波で、潜水艦からの深海爆雷が放たれた。

圧壊寸前の水圧の中を、鈍い金属の塊が静かに沈んでいく。

数秒後、海底近くで連続爆発が起きた。

爆発の光が、暗い海を内側から照らす。

巨大な閃光が水柱となって立ち上がり、

艦隊の船底を持ち上げるような衝撃が走る。

水面が一瞬、沸騰したように泡立ち、白い波頭があたり一面に散った。

だが、黒い柱は揺るがない。

その輪郭は、爆発の衝撃波をまるで“通り抜けさせる”かのように、

何の反応も見せず、海と空を断ち割る線としてそこに立っている。


次の瞬間、その根元から“青白い光”が海中に広がった。

雷光とも、化学兵器の発光とも違う、冷たい燐光。

まるで深海のプランクトンが一斉に発光したかのように、

しかしその中心には、一点の生物も存在しない。

光は爆発地点から離れるほどに強まり、

黒柱の根元から同心円状に、ゆっくりと、しかし確実に広がっていく。

艦の側面をなでるように青白い帯が通過し、

鋼鉄の表面が薄氷を貼られたように冷たく見えた。

「発光源、黒柱基部! 波長は……これ、何だ?」

観測士が叫ぶ。

スペクトル解析画面には、

既知のどの爆発光とも一致しないピークが並んでいた。

青白い光はやがて、海面すれすれの高さで薄い膜となり、

まるで“黒柱から吐き出された呼気”が、

周囲の海を塗り替えているかのようだった。



 ♢ 逆流 ― 海の呼吸


「……圧力が上がっていく!」

「潮が逆流してる!」

艦橋の計器が狂い始めた。

海面が盛り上がり、空へ向かって渦を巻く。

黒柱は、艦隊の放ったエネルギーを吸い込み、

反転したような巨大な波動を吐き出してきた。


「ローレンス」が真っ先に沈んだ。

電磁嵐が艦体を包み込み、通信は一瞬でブラックアウトした。

艦内のパイプが突然、規則的に震え始める。

圧力が脈打つように船体を叩いた。

その直後、「ローレンス」の真下の海が、抜け落ちるように沈んだ。

艦は支えを失ったテーブルの上のコップのように前のめりに傾き、

甲板を洗った黒い波が、あっという間に艦橋の窓を飲み込んだ。

『こちらデルタ1──

 空気が……脈動している……何だこれは……!』

『やめろ、近づくな!

 これは攻撃じゃない……何かが“吸って”……』

そこで通信は途切れた。


残った艦の艦橋では、誰も声を出せなかった。

レーダーには何も映らない。

目の前の海面から、艦一隻分の質量が丸ごと消えた、

という事実だけが残る。

「ローレンスは……どこだ?」

誰かがそう呟く。

モニターには、さっきまでそこにいたはずの艦影も、

救難信号も映っていない。

あるのは、黒柱の根元でぶくぶくと沸き立つ黒い渦だけだ。


次は自分たちの番だ――その理解が、

艦橋の空気に冷たい膜のように張りつく。

操舵手の指が、汗で滑ってスロットルを握り直す。

退避命令を待ちながらも、誰も背を見せて逃げようとはしない。

逃げ場など、どこにもないことを知っているからだ。

黒柱は、砲もミサイルも意味を持たない場所に、

静かにそびえ立っていた。

残りの艦隊は、ただその沈黙の前で、

自分たちのエンジン音だけを聞き続ける。

海底観測網に残った通信のその断片が、

Silent Sea作戦の最後の記録となった。

 

♢ 沈黙の冬 ― ロシア連邦独立作戦(Silent Winter)


アメリカのSilent Sea作戦が太平洋で実施された同じ頃

北極圏――北緯72度、カラ海上空。

ロシア連邦科学軍事評議会は、

極秘裏に独自作戦を展開していた。

作戦名:Silent Winterサイレント・ウィンター

目的は、北極圏上に出現した第八柱の破壊。

「氷床下で異常な熱反応を検知した」との報告を受け、

モスクワは核動力弾頭を用いた局地熱衝撃攻撃を決行した。


♢ 作戦記録(モスクワ・バルチンスク指令センター)


「我々の氷を、奴らは奪っていく。」

「地球の冷却機構が侵されている。これは戦争だ。」

冷徹な声が交わされる。

科学顧問の老研究者がつぶやいた。

「黒柱が何であれ、

 我々はその役割すら理解していない。

 攻撃は……あまりにも性急だ。」

しかし命令は覆らなかった。


ミサイルは発射された。

氷原の彼方に閃光が走り、

大地が一瞬、白く燃え上がった。

衝撃波は氷床を貫き、

第八柱を包み込んだ。

しかし、結果はアメリカと同じだった。

黒い柱は沈黙したまま、

その表面にわずかに“赤い亀裂”が走った。


そして――。

北極圏全域で、酸素濃度がさらに急激に低下した。

風は止み、

ロシア北部の都市群は、

三日で無音の街になった。


(第二章 Part 3に続く)

未知のものは「敵」。そうならないよう心掛けたいです。

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