躓いたらスライムがいた
俺は高校生として、何気ない日常を送っていた。
テストはそこそこであり、赤点は余裕とまでいかないが回避している状況。
ある日、友達から『これやってみろよ』と言われて、あの乙女ゲームを遊んでいた。
最後までやる性格もあって、何とかハッピーエンドまで見ていたが……
悪役令嬢が破滅するっていうの、救済が無かったから少しだけ気になっていたが。
当然最初はざまぁみろって思ったよ。
だけどさ、事故で命を落としてから、まさか乙女ゲームの悪役令嬢になるなんて。
しかも、さっきまでその悪役令嬢そのものとして、生きていたんだぜ。
俺って男だったんだよな?
「これから魔王討伐ですわね」
落ち着いたら令嬢の喋り方になっている。
でもあのゲームに、魔王なんて出てこなかったよな。魔物も出てこなかったし。
しかも結構平和な感じだったはずだが、どういう事なんだ?
異世界だからゲームと違っているのは分かるけれど。
考えても仕方ない。マップの方向に進んでいくか。
ああ、ヒールが歩きにくい。
今までは普通に歩いていたが、記憶を取り戻した瞬間に歩きづらくなるなんて。
ドレスだって男子だった時に着ていないし、こんなに足元がスースーするなんて。
(胸が揺れるな。物理的に邪魔だ)
おまけにそこそこ大きい胸がある。こんなの気にしていなかったのに。
ここだけチートじゃなくて、弱体化だろ。
「……綺麗な声ですわ」
声に出してみて聞こえる俺の声。
(いや誰だよこの美声。俺の声どこ行った)
呟いている声、悪役令嬢の声と同じ。
ゲームで聞いたことのある感じだな。
死ぬ前に自分で聞いた俺の声は、もう聞こえないみたいだな。
「うわっ、降ってきましたわ」
土砂降りの雨が俺の身体を濡らしていく。ドレスだってびしょ濡れに。
朝から曇り空なのは分かっていたが、こんないきなり降ってくるか?
もしかして、運-13の効果か?
頭に付いたスズメの糞は、洗い流されたと思うが……
「あっ……!?」
濡れた石畳に歩き慣れないヒールが災いし、その場に転んでしまう。
身体をぶつけるの、今日二回目。
「グローリア嬢、気をつけなよ~!」
さっき俺を蹴飛ばした衛兵が、からかうように声を掛けてきた。
明らかに俺をバカにしている。
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アルザック・モスタール
衛兵
好感度 -85
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UIには好感度が出ている。
マイナスって、確かに昨日は、ぶつかってきた彼に馬車掃除をさせていたっけ。
それに蹴っていたしな。
この好感度もそうなるだろうな。
「あの方、返ってきましたら張り倒しますわ」
そう誓って、俺は石畳を進んでいくことにした。
また蹴るのは可哀想だからな。
この先には何があるのだろうか。少なくとも王都から離れると、魔物が出るのは聞いたことがあるが。
「痛っ……」
木の枝が髪に引っかかった。
すぐに取れたけれど、髪がボロボロになるだろ。持っていかれたとかは無いが。
髪を戻すの、記憶を頼りに手入れしないと。
運-13の効果なのか?
「結構、王都の城門が遠くになってきましたわね」
今まで過ごしていた王都は、小さくなっている。
もう戻れないし、あそこで過ごすことは出来ない。
「……アレクサンダー公、本当にわたくしを追放させたくて署名しましたの?」
思い出したのは、この身体としての父さんであるアレクサンダー公。
厳しかったけれども、優しいところもあった。
まあ、俺は悪役令嬢として好き勝手していたけれど。
怒られた事もあったな。
それでも、娘を殺すつもりで署名したって思いたくない。
「母上は、どう思っていたのかしら?」
冷徹にもう私の娘じゃないって、思っているのか。
それだったらイヤだな。
だが、そうじゃなかったらどうなっているんだろう。
戻りたいけれども、もう戻る事は出来ない。
(父さん……本当に俺を見捨てたのか? 違うなら、俺は……)
涙が出てきそうになった。
女性になっているから、緩いのかな。
でも慰めてくれなさそうだ。
「お腹が空きましたわね」
少々歩いたからお腹が空いてきた。
でも、食べ物は……
「あのパンだけですわね」
布袋からパンを取り出す。
このまま放置しておいても、カビるだけだから処理してしまおう。
俺は石に座って、ランチにしてみた。
何か男子だった時の座り方になっている気がする。
触ってみると見た目以上に固めで、歯が砕けないのだろうか。年頃の令嬢の歯がボロボロって、大変だからな。
石ほどじゃないけれど。
「やっぱり固いですわ。で、味はそこそこなものね」
絶望的にマズい訳じゃないが、記憶の中にある料理の味には遠く及ばない。
ああ、もっと早く記憶が戻っていれば、豪華な料理を味わえたのに。
もうこんなのしか食べられないなんて。いや、それすらも食べられないかもしれない。
「……イベントログ?」
俺は食べている最中、視界の端にあるアイコンが明滅しているのを見つけた。
触れると、透明なウィンドウが展開する。
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◆イベントログ
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【断罪イベント】
・王子の怒り演出:成功
・ヒロインの涙演出:成功
・偽証者の証言:虚偽
・アレクサンダー・カール・ネウム:署名
・グローリア・ルイーザ・ネウム:爵位剥奪/追放フラグON
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「ああ……残酷なくらい”ゲームのまま”ですわ……」
喉の奥がきゅっと痛む。
けれど、もっと嫌な項目が目に付いた。
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【エミリア・ラグーサ行動補正】
・好感度上昇:+20
・魔力干渉:微弱
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内容は少ないけれども、何かがありそうな感じがする。
「……あなた……何を隠しているの……?」
胸に小さな棘が刺さったようだった。
ただ、まだ分かりそうに無い。気にしないでおこう。
ヒロインなのだからな。
「そろそろ行きましょうか」
パンを食べ終わったので、その場から立とうとした。
「あっ!? 俺のドレスの裾が破れている!」
よく見てみると、下の方で穴が空いていた。
これ高かったんだよな……
って、感情が高ぶると男子みたいな口調に戻るんだな。
「どうしましょう……替えの服なんてありませんのに……」
嘆いていても仕方ない。歩こう。
まだ道の途中、せめて村か町に行ければ多少は落ち着けるだろう。
爵位剥奪が伝わっていなければ良いけれど。
しばらく石畳が続いているけれど、これもいつか途切れるのだろうか。
そう思っていたその時……
「うわっ……!」
足元にあった何かに躓いて、転んでしまう。ヒールだから余計にバランスを取りづらい。
本日三度目の転倒。
不幸すぎるだろ。
「ああ、痛いな……」
転倒だけで体力無くならないか心配だ。
俺は起き上がって、躓いてしまったものを確認する。
石っころかなと思っていたが……
「す、スライム……?」
どこぞのゲームで見たこともあるような、可愛らしい見た目。
ペットにする人も居るかもしれない、そんな感じの。
「魔物なの……?」
不安に思いながらも、壊れた短剣を持って戦闘準備を行う。
これで戦えるのか分からないが。
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スライムがあらわれた
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とりあえず、短剣を使ってスライムに攻撃をする。
ダメージは低いみたいだ。
「うわっ!? あ……」
俺に飛びかかってきた。
弱い腹に向かって突撃。
痛みと共にそのままひっくり返って、動けなくなってしまう。
こんな腹パンをされるなんて……
さっき食べたパンは、出なさそう。
いきなりゲロをする悪役令嬢なんて、見たいのだろうか。
「ぐ……ぐ……」
今度は顔に向かってのしかかってきた。
柔らかい感触と共に、口と鼻を塞いでいく。明らかに分かっているのだろうか。
スライムだから息を塞がれて、息が出来ない。
気持ち悪くもなる。
ああ、運が悪すぎる。
(俺……死ぬのか……)
やっぱりダメだったのかな。
魔王を討伐なんて。夢のまた夢だった。
王都を離れてすぐに死ぬなんて。
しかも、まさかスライムに殺されるなんて……
ああ、どっちにしても終わりだったんだな。
力が抜けそうになる。
次の転生先はもっと……
(せめて勇者として……)
……でも、このままで良いのか?
この姿だって勇者っぽく……
だから……せめて……
「……!!」
俺は最後の力で持っていた短剣を、スライムに思いっきり当てる。
すると、急所に当たったのかスライムの力が抜けていった。
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スライムを倒した
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「はぁ……はぁ……」
息が出来て、生きているのを実感する。
その場にスライムの残骸が残されていた。
「やった……の?」
すでにスライムは動かない。
どうやら俺は初めて魔物を倒したようだ。
にしてもゲームでやるより、何倍も難しい。コントローラーをつかって楽だったのにな。
「でも、こんなに大変だなんて……」
次の村か町へ行くまでに、俺の身体は持つのだろうか……




