前婚約者
食べ終わると、またマルム村を散策することにした。
農作業をしている人達や、いつもように営業をしている肉屋やパン屋など。
のどかな感じが、満腹になった俺をさらに癒すようだった。
ああいう店も良いだろうな。
「依頼って、日が経てば新しいのが出てくるのかしら?」
ルーチェに出して貰ってばかりだから、また一つ依頼を受けたいが。
行商人の荷運びの補助なら、安全そうな気はするが半日かかるし、明日も出ているのだろうか。
ゴブリン討伐は危なすぎるし。
ルーチェを必要以上の危険に晒したくない。
明日以降に、別の依頼が出てくれればいいが。
「状況によりますね。都市ではほぼ確実に毎日依頼が更新されますが、この村で出てくるかどうかは、分からないです」
確かに依頼したいという状況じゃないと、誰も出さないからな。
明日、見てみるしかないのかな。
今日はあの依頼をこなしたし、いいか。
転生前に仲良かった先輩の話でも、バイトの掛け持ちって疲れやすいみたいだし。
「そうなのね。明日に期待するしかないのね」
仕方ないか。
「お嬢様、焦らなくても大丈夫ですからね」
ルーチェは微笑みながら、ちょっとだけ焦れったい俺を落ち着かせようとしている。
そうだな、ルーチェを心配させる必要は無いな。
「分かるのね」
俺は苦笑いをした。
(今日は休もう)
そう思って、また歩いていく。
と、兵士が馬に乗って走ってきた。
何かあったのだろうか。
「とりあえず、こっちに」
「はい」
俺達は見つからないように、身を隠しながら様子を見る。
おそらく彼は、俺の事を知っているかもしれないからな。
兵士は村の中心部にある、掲示板に張り紙をしていた。
「王都より告げられた通達だ。フィリップ殿下、聖女エミリア・ラグーサ殿との正式婚約が発表された。そして、”前婚約者の不祥事”も正式発表している」
そして周りにいた人々へ聞こえるように言う。
やはりエミリアは聖女になっているのか。
静かなざわめきが起こった。
露骨な敵意ではない。
ただ、空気の温度が微妙に下がったような感じだ。
「この通達に同様のことが書かれている」
そう言って、兵士は去っていった。
俺達はその通達を見てみることにした。
確かに、さっき兵士が言ったことがそっくりそのまま書かれていた。
ただ、”前婚約者”と書かれいて、”グローリア・ルイーザ・ネウム”という名前は一切無かった。
さらには、『前婚約者は婚約破棄の上で処分した』と。
「一応、伝わらない、のか?」
名前はぼかしているなんて。名前を出さずに、ただ“前婚約者”で処理する。それが一番、残酷だ。
「ですが、グローリア様が婚約していた事は、王都周辺でも知っているはずです」
やっぱりそうだよな。
長年フィリップ殿下と婚約していたからな。
それに、婚約者であることを傘にして、悪行をしていたから。
と、ウィンドウが表示された。
ーーーーーーーーーー
◆世界認識 更新
エミリア・ラグーサ:婚約者及びヒロインとして認識
グローリア・ルイーザ・ネウム:”前婚約者”及び悪役令嬢として認識
村の空気変化:微弱
ーーーーーーーーーー
村人達はいつも通り笑っていた。
けれど、その笑顔の奥底に、”様子を探る薄い膜”みたいなものが、一枚だけ挟まっている気がした。
「前婚約者って、グローリア様だよな」
その場にいた村人が名前を出した。
やっぱり知っている訳か。
名前だけかもしれないが。
「結構、問題行動をしていたしさ」
噂だけど、旅人の間で一応知られているんだ。
「エミリア様も殺そうとした噂だってよ」
それは冤罪だって。
「今はどうしているんだろうな」
「さあ。おそらく、閉門蟄居じゃないか?」
幸いだったのは、俺の顔がまだ知られていないこと。
だから俺を見ても、叫ぶ声がなかった。
SNSがなくて良かったって、この時にはそう思えた。
「お嬢様、今日は……少し早めに宿へ戻りましょう」
その声は優しくて、でもどこか、俺を守るみたいだった。
「…………」
「とりあえず、宿屋に戻りましょう」
「ええ、そうね」
ルーチェの言うとおりだ
変に目立ったら、俺がグローリアだって知られてしまう。
ということで、早々に宿屋へ戻った。
これから作戦会議だな。
世界はまだ優しい。
でも、その優しさは、きっと永遠じゃない。




