第九章:刺客来訪 ―毒か真実か―
夜の森に、冷たい風が吹き抜ける。
紅茶館の小窓から差し込む月光に、長い影が揺れた。
森の闇が、静かに館を包む。
その闇の中に、確実な気配――刺客だ。
「……来ましたわね。」
私は小さく息を吐き、ポットの傍らに立つ。
カウンターの下には、あらかじめ仕込んだ小型の魔導符。
“来訪者の動きを封じる罠”だ。
目立たぬように、しかし確実に。
扉が開き、長い黒マントを纏った人物がゆっくり入ってきた。
動きは優雅だが、明らかに戦闘訓練を受けた者のもの。
月光に照らされた顔には、仮面が貼り付けられている。
「……ようこそ、紅茶館へ。」
声は平静を装う。
「一杯、紅茶はいかが?」
カップを手に取り、湯気を立てる。
しかし内心は戦場と同じ――一瞬の油断も許されない。
刺客は、ゆっくりと前に出る。
その手がポケットに伸びる瞬間、魔導符が静かに光った。
刺客は足を止め、鋭い目で私を見つめる。
「……なるほど。罠ね。」
仮面の声は低く、冷たい。
「でも、貴女がそれを仕掛ける以上、私は慎重に動くしかない。」
私は微笑みを浮かべ、カップを差し出す。
「紅茶は毒ではありませんわ。
ただし、嘘を吐く者には、すぐ分かるようになっています。」
刺客は一瞬、眉をひそめた。
「……貴女、情報屋ですか?」
「情報屋? いいえ、ただの悪役令嬢です。
でも、紅茶の香りで、嘘は見抜けますの。」
そのとき、後ろから低い声が響いた。
「……俺の言葉も、信じるのか?」
宰相レオンだ。
扉の隙間から静かに現れ、刺客を見据える。
黒い外套が月光に揺れ、影が二人に迫る緊張を増幅させる。
刺客は一歩後退し、戦闘態勢を崩さない。
「宰相……あの女と手を組むとは、驚きましたな。」
「……彼女は、俺と違って生き延びる方法を知っている。」
レオンの声は冷静だが、胸に響く鋭さがある。
刺客は一瞬、表情を隠すための仮面を押さえる。
その微かな動きで、私は彼の意図を読み取った。
「……なるほど。では、私の紅茶を飲んでいただきましょう。」
カップを差し出すと、刺客は一瞬迷った。
その隙に、レオンが静かに刺客の背後に立つ。
「動けば、ただでは済まない。」
彼の声は低く、確実に威圧する。
刺客は間を置き、ゆっくりと手を下ろした。
「……面白い女だ。
そして、宰相閣下も……」
私はカップを差し出し、微笑む。
「さて、あなたの真実はどれかしら?
紅茶を飲んで話すか、飲まずに死ぬか――どちらにします?」
緊張が、紅茶館に凝縮される。
夜風が扉を揺らし、窓の月光が二人の影を長く伸ばす。
静かなる心理戦――
ここで、嘘は暴かれ、策略は白日の下に晒されるのだ。




