第六章:追放の真実 ―悪役令嬢は死んでなどいない―
砂漠のような風が頬を打った。
王都の外れ、国境近くの小さな町。
“追放”という言葉は、響きのわりに案外あっけないものだった。
馬車の扉が閉まる音、封印魔法の印章。
そして「戻ることを禁ず」という一文。
それだけ。
私は誰にも見送られず、静かに門をくぐった。
「……いい風ね。」
声に出してみると、案外平気だった。
泣くと思っていたけれど、涙は一滴も出ない。
きっと、泣くより先に“分析”してしまうから。
それがわたくし、ヴィオレッタ・ランベールという女の悪い癖。
王国監査官の地位、家名、資産。
全部、レオン・シュタインの一言で消えた。
いや、“宰相閣下の決定”という名の処刑。
……笑わせるじゃないの。
「紅茶の一杯もなしに追放なんて、礼儀を知らないわね。」
そう呟きながら、私は小さな宿の扉を押した。
埃っぽい空気、薄いカーテン、そして歪んだ鏡。
でも――自由だった。
机の上に、ひとつだけ見慣れたものがあった。
封筒。差出人は不明。
中には、短い手紙と小さな鍵。
『ヴィオレッタへ。
東の森に“紅茶館”を開け。
客は選ぶな、ただ話を聞け。
それが王国を動かす第一歩になる。
――匿名より』
「……紅茶館?」
私は鍵を指先で転がす。
まるで、何かの導線のように。
レオンが送った? それとも……別の誰か?
翌朝。
私は荷物をまとめ、馬車に乗り込んだ。
行き先は、東の森――王国と隣国の境。
“誰も支配しない場所”。
半日ほど揺られたころ、木々の間に小さな屋敷が現れた。
古びてはいるが、骨組みはしっかりしている。
ドアには、かすれた文字が残っていた。
“Le Thé du Revanche”
――復讐の紅茶亭。
「……センスは悪くないわね。」
鍵を差し込み、扉を開くと、
埃が舞い上がり、窓から差し込む光に溶けていった。
「さて。今日からわたくしは“亡命者”じゃなくて、“店主”ですのね。」
紅茶の缶を並べながら、自然と笑みがこぼれた。
不思議なことに、胸の中にあった怒りが、少しずつ形を変えていく。
レオンへの憎しみは、まだ熱いけれど……
その奥に、なぜか“信じたい”という想いが残っている。
「ふふ。あの男、もしまた現れたら……紅茶の代わりに真実を飲ませてやるわ。」
そう言って、私は初めてのポットに湯を注いだ。
香りが立ちのぼり、静かな部屋を満たしていく。
まるで、新しい人生の幕開けのように。
夕暮れ。
森の向こうから、誰かの足音が聞こえた。
旅人か、それとも――。
「……最初の客、ですの?」
私はカウンターにカップを二つ置いた。
ひとつは私の、もうひとつは“まだ来ぬ誰か”のために。
「いらっしゃいませ。
復讐と、紅茶をひと匙ずつ。どちらを先にいたしますか?」
夜風が静かに吹き抜けた。
悪役令嬢ヴィオレッタ・ランベール。
彼女は今日、ひとりの亡命者としてではなく、
“紅茶で世界を変える女”として、再び歩き始めた。




