第三章:侯爵家の夜会に潜入せよ!
―腹黒宰相と秘密の共犯関係―
「……このドレス、本当に“潜入用”なんですの?」
鏡に映る自分の姿を見て、私は思わず眉をひそめた。
露出度、高すぎ。
布地、少なすぎ。
胸元、攻めすぎ。
「侯爵家の夜会に潜り込むには、目立つ方が逆に安全です。」
落ち着いた声で答えるのは──我が共犯者、宰相・レオン・シュタイン公爵。
銀髪に漆黒の軍服。普段は氷のように冷徹な男だが、今夜は仮面をつけて「護衛騎士」に化けている。
「目立つ方が安全……ねえ。あなた、わたくしを目立たせたいだけでしょう?」
「まさか。……少しは、そうかもしれません。」
「え?」
「冗談です。」
……いや、冗談に聞こえないのですが?
侯爵家主催の夜会――表向きは慈善パーティー。
しかし実態は、裏取引と賄賂の温床。
私は王国監査官として、そして一人の“悪役令嬢”として、その腐敗を暴く使命を背負っていた。
レオンが私の腕を取る。
「いいですか、侯爵は聡い男です。感情を見せた瞬間、足元を掬われる。」
「お互いさまですわね。」
「……そういうところ、好きですよ。」
「……はい?」
「冗談です。」
二回目は許されませんわよ。
夜会の空気は、香水と偽りの笑顔で満ちていた。
侯爵夫人の笑い声、金貨の音、隠語まじりの取引。
その中を、私とレオンは完璧な恋人役を演じながら歩く。
「ねぇ、あなた。あの絵画、王立美術館の寄贈品ではなくて?」
「……よく気づきましたね。侯爵が横領した証拠の一つです。」
「やっぱり。額縁の裏、封印魔法の痕が残ってますわ。」
「観察力に敬服します。……さすが、断罪イベントで国を動かした女だ。」
「褒めても紅茶は出ませんわよ?」
「紅茶の代わりに、今夜は一曲いかがです。」
「踊れと?」
「“踊るふり”です。監視の目を逸らすために。」
彼が差し出した手を、私は一瞬ためらってから取った。
手のひらが、驚くほどあたたかい。
音楽が流れ、二人の身体が自然と動く。
周囲の視線が集まる。
侯爵が笑顔で近づいてきた。
「おやおや、シュタイン卿。珍しいですな、女性と踊るとは。」
「彼女は特別ですので。」
「特別、ですって?」
侯爵の目が細くなる。
……あら、完璧な挑発。さすが腹黒。
「ふふ、彼が“特別”と呼ぶのは、誰にでもですわ。宰相の口説き文句、宮廷では有名ですもの。」
会場がざわめく。侯爵が苦笑いし、興味を逸らした。
レオンが小声で囁く。
「……ナイス、アドリブです。」
「ええ。あなたが“特別”なんて言うからですわよ。」
「本心だったんですが。」
「……冗談ですよね?」
「……さて、どうでしょう。」
そのとき。
彼が私の腰を引き寄せた瞬間、耳元でささやいた。
「今、あなたの背後の壁。隠し扉が開いた。警備が動く。三歩後ろに下がって。」
心臓が跳ねる。
見れば、仮面をつけた男たちが密やかに消えていく。
侯爵の隠し倉庫へ──証拠品が運ばれているのだろう。
私は踊りの動作を続けながら囁く。
「……あなた、いつ気づいていたの?」
「最初から。あなたを“おとり”に使うつもりで。」
「はあん? 最低ですわね。」
「ええ。腹黒宰相ですから。」
「いいでしょう。なら、悪役令嬢の本領を見せて差し上げますわ。」
私はターンを一つ、軽やかに踏み、ドレスの裾を広げた。
そこから覗くのは――小型の魔導符。
魔力を込めると、会場全体に眩い光が走る。
「侯爵家の倉庫、全映写完了。これで全貴族があなたの裏帳簿を見ることになるわ。」
「ヴィ、ヴィオレッタ!? な、何を──!」
「わたくし、“悪役”ですもの。」
静寂のあと、会場に歓声と悲鳴が混じった。
侯爵は膝をつき、レオンは深く一礼した。
「……やはりあなたは恐ろしい女性だ。」
「お褒めに預かり光栄です。さて、紅茶の時間にしませんこと?」
「ぜひ。ただし、次は“ふたりきり”で。」
「……冗談ですわよね?」
「さて、どうでしょう。」
その夜。
王都の噂はこう語った。
“悪役令嬢と腹黒宰相が組んだ日、腐敗貴族たちは一斉に震え上がった”と。
そして私は知る。
この男――味方にして一番危険なのは、敵ではなく私の心だということを。




