第三章:紅茶館の静かで騒がしい朝
朝。
紅茶館は今日も満席だった。
新作ブレンド《黎明》は発売初日から評判を呼び、
店の外にはすでに行列ができている。
カウンターでは、ヴィオレッタ・ド・ランベールがいつもの笑みを浮かべながら、
慌ただしくポットを並べていた。
「……うーん、やっぱり朝は柑橘が強すぎるかしら?」
そんなことを呟いていると――
「おい、ヴィオレッタ。
どうして俺のカップだけ“苦味が強い特別仕様”なんだ?」
顔をしかめながら紅茶を飲むレオン。
宰相服を着たまま、完全に常連客モードである。
「それは“宰相特権”ですわ。」
「どんな特権だ!」
「“寝不足を誤魔化すために強めの紅茶を出す”という、健康管理上の特権です。」
「……俺が寝不足なの、バレてたのか。」
「ええ。目の下のクマが“国の危機”みたいに見えますもの。」
「失礼なっ!」
客席の方から笑いが起こる。
ヴィオレッタは平然とポットを替え、次の客へと向かった。
そのとき、扉のベルが鳴る。
どこか爽やかな風と共に、旅装束の青年が現れた。
「やあ、今日は“朝限定ブレンド”をいただきに来た。」
「アレクサンドル様!」
「おっと、“アレク”で構いませんよ。
……ねえ、レオン殿。まさか今日も“公務中に来ている”とは言わないですよね?」
「貴方こそ外交中に喫茶店に来るな!」
「これは交流の一環ですよ?」
「交流とは外交官が紅茶をおかわりすることを言うのか!」
「もちろん。“二国の平和”の味見ですからね。」
「貴様……っ!」
二人の言い合いが始まり、
客席ではまた笑いが起きる。
ヴィオレッタはその騒ぎを横目に、
棚からそっとティーカップを三つ取り出した。
「お二人とも、落ち着いて。
今朝の特別ブレンド《仲直り(リコンシリエーション)》ですわ。」
「……なんだその名前。」
「口にした瞬間、余計な言葉が出なくなる効果があります。」
「……おい、それ毒ではないだろうな?」(レオン)
「外交用に試験済みです。」(ヴィオレッタ)
「それも怖い!」(アレクサンドル)
それでも二人は観念してカップを手に取り、
同時に一口。
……沈黙。
「……香りが、いいな。」(レオン)
「……少し甘いけど、悪くない。」(アレク)
「はい、それが“平和の味”ですわ。」
「……俺たち、完全に操られてないか?」
「香りで人の心を和ませる――外交戦略の一部ですもの。」
レオンとアレクは同時にため息をついた。
そんな中、厨房からリュシアンが顔を出した。
「ヴィオレッタ様、新作の名前どうされます?」
「ええと……“三人で飲むとややこしくなる紅茶”でお願いします。」
「……そのままですね!」
やがて、店の外には再び長い行列。
だが紅茶館の中は不思議と温かく、
笑い声と茶葉の香りが穏やかに混ざり合っていた。
香りは人を結び、
人はまた香りで笑い合う。
紅茶館は今日も、平和を淹れ続けている。
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