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悪役令嬢、ただいま国を立て直し中  作者: AAA
第三部

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第一章∶香りと誓いの祝宴

王都の大広間に、百本の燭台が灯る。

黄金の光が壁を揺らし、絹のドレスが波のようにきらめいていた。


今宵は《アストレア=ロディア和平祝宴》。

二国の長き確執に終止符を打ち、

初めて「同じ香りの紅茶」が外交の場に供される――

その紅茶の名は《ヴィオレット・リユニオン》。


そして、その名を冠した香りを生み出したのは他ならぬ、

紅茶館の主――ヴィオレッタ・ド・ランベールである。


「……本当に、私の紅茶を……この場で?」

ヴィオレッタは大広間の端で、少し緊張したようにティーポットを抱えていた。

式典用の衣装は淡い藤色。

香り立つように優美で、王妃たちさえ目を奪われる。


「緊張しているのか?」

隣から声がした。振り向けば、そこにはレオン。

宰相として、だがその瞳は今日は少し違う――

どこか、ただの“男”の眼差しをしていた。

「貴方が隣にいてくださるなら……大丈夫ですわ。」

「……そう言われると、緊張するのはこちらのほうだな。」


二人の間に、かすかな微笑みが交わる。

その瞬間――扉が開いた。


金糸の軍装、銀の勲章。

堂々とした足取りで、アレクサンドル王子が入場する。

その背に、隣国の王家の旗が翻った。


「ヴィオレッタ嬢。」

「……アレクサンドル様。」


「この香りを、国の絆の象徴として献上できること。

心から光栄に思います。」


ヴィオレッタは深く礼をした。

「光栄なのは、私のほうです。

香りが平和を包みますように――」


アレクサンドルは微笑み、少し声を落とした。

「……あなたの香りが、私の心を包んだように。」


その囁きに、レオンの眉がわずかに動いた。


楽団が奏でる旋律に合わせ、各国の要人がグラスを掲げる。

やがてヴィオレッタが前へ進み、

両国の王に紅茶を注いだ瞬間――

藤と柑橘が混ざるような香りが、会場全体に広がった。


ざわめき。

そして、静寂。


「……素晴らしい。」

隣国王が息を漏らす。

「まるで、戦の痛みを忘れさせる香りだ。」


「これがヴィオレット・リユニオンか。」

ロディア国王も頷いた。


ヴィオレッタはほっと胸を撫で下ろす。

その時だった――


アレクサンドルが立ち上がり、ゆっくりと前に出た。

会場が静まる。

「この香りを広めたのは、

紅茶館の主、ヴィオレッタ・ド・ランベール嬢。

彼女はかつて、己の過ちにより断罪された令嬢――

だが、今宵、彼女は“赦し”と“誇り”の象徴としてここに立つ。」


ざわつく会場。

ヴィオレッタは驚き、アレクサンドルを見上げた。


「そして私は――」

彼はひと息置き、視線を彼女に向けた。

「彼女に救われたひとりの男として、ここで誓う。」


―――


「ヴィオレッタ・ド・ランベール嬢。

この国の、そして私の未来を共に歩んでほしい。

あなたを、私の王妃として迎えたい。」


一瞬、音が消えた。

会場の誰もが息を呑み、視線をヴィオレッタへ。


アレクサンドルの瞳は真っ直ぐだった。

それは政治ではなく、心そのものの告白。


レオンの手が、無意識に握りしめられる。

(……彼は、ここでそれを言うのか。)


ヴィオレッタは胸の奥で何かが弾けるように震えた。

(わたくしは……何を望んでいるの?)


紅茶の香りが、遠く霞んでいく。


「……アレクサンドル様。」

静かに、けれど確かに声を出す。

「お答えは――今は、できません。」


「……理由を、伺っても?」


「私はこの紅茶館の主。

国と人を繋ぐ“場所”でありたい。

どちらの国にも属さない存在であることが、私の役目です。」


アレクサンドルは一瞬、息を呑み――

そして穏やかに笑った。

「……あなたらしい。

それならば、私はあなたの選んだ道を守ると誓います。」


会場の空気が、少しだけ安堵に変わる。


だがその片隅で、

レオンはグラスを傾けながら、ひとり目を伏せていた。


(……そんなに強くなくてもいいのに。)


夜風に藤の香りが揺れていた。

人の波が去った後の庭で、

ヴィオレッタはひとり、満月を見上げていた。


「……断るのが、正しいとは思えませんでした。」


「それでも、君は正しい選択をした。」

背後から声。振り返ると、レオンが立っていた。


「レオン様……」

「君が誰にも縛られずに笑っていられること。

それが、私の仕事だから。」


「でも……宰相としてではなく、貴方自身は?」


レオンは言葉を詰まらせ、

夜空を見上げたまま、微かに笑った。


「……その答えは、まだ“香りの中”にあるかもしれないな。」


ヴィオレッタは一歩近づき、

そっと彼の袖に触れた。


「では、探しに行きましょう。

紅茶館の新しい香りを――一緒に。」


レオンは短く息を吐き、

その目に、初めて素直な光が宿った。


「……ああ。君となら、どんな香りでも見つけられる気がする。」


――そして、新しい香りが生まれた。

名は《黎明れいめい》――

夜明けの光とともに、三人の物語はまだ続いていく。

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