第十章:紅茶の真実 ―刺客の告白と宰相の策―
紅茶館に立ち込める香りは、いつもより濃い。
緊張で微かに汗ばんだ掌が、カップの縁を押さえる。
刺客は、椅子に腰を下ろしたまま、微動だにしない。
仮面の奥の目だけが、私を探るように光る。
「……さて。」
私は静かに始める。
「紅茶は、飲みましたわね。
では、口を開いていただきましょうか。誰の命令で、何のためにここに?」
刺客の仮面がわずかに揺れた。
その動きで、私は微かな嘘の兆候を見抜く。
「……俺は、枢機卿の命令で動いた。
王都の情報を探り、貴女の追放を監視するように、と。」
「なるほど。つまり、私の追放は枢機卿の独断だったと?」
声を落とし、紅茶の湯気越しに問う。
「……そうだ。
だが、完全な独断ではない。
王都内部には、枢機卿に賛同する者と反対する者が混在していた。
貴女を国外に出したのは、彼らの“保険”の意味もある。」
私はカップを置き、息を整える。
「では、私を追放させた“黒幕”は誰ですの?」
刺客は一瞬、言葉を濁した。
だが、宰相レオンが静かに肩越しに言葉を落とす。
「答えろ。」
刺客の肩が震えた。
「……陛下直属の枢密顧問、マルコム卿です。
表向きは忠実な臣下。裏では教会派と手を組み、王国の金の流れを操作している。」
「……!」
私の心臓が跳ねた。
紅茶の香りを嗅ぎながら、私は瞬時に状況を整理する。
マルコム卿――枢密顧問であり、政治的にも宗教的にも絶大な力を持つ男。
彼の陰謀に枢機卿も利用されたのだ。
「だから……私たちは、二人で協力するしかない。」
レオンが私に視線を落とす。
その視線は、怒りでもなく、疑いでもない。
ただ、確かな決意。
「……ええ、そうね。」
私はカップを手に取り、軽く笑みを浮かべる。
「紅茶と陰謀、どちらも熱いうちに扱うのが礼儀ですもの。」
刺客が小さく息を吐いた。
「……これで、俺の仕事は終わりです。
命を助けるなら、今度は貴女と宰相の連携にかかっています。」
「……いいでしょう。」
私は立ち上がり、カップをカウンターに置く。
「ですが一つだけ忠告しておきます。
私に裏切りを見せたら――紅茶に仕込んだ“毒”以上の仕返しを覚悟してください。」
刺客は俯き、黙ったまま去っていった。
扉が閉まる音と共に、森の闇が戻る。
私は深く息を吐き、レオンに視線を向ける。
「さて。これからが本番ですわね。」
レオンは頷き、カウンターの向こうに手を置いた。
「ええ、ヴィオレッタ。
紅茶館から王国を変える――俺たち二人で。」
夜風が吹き抜ける。
紅茶の香りは、決意と策略の混ざった匂いに変わった。
悪役令嬢と宰相――静かなる同盟の幕開けである。




