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7話 黒鉄の騎士

レーヴの村に足を踏み入れた瞬間、僕は息をのんだ。そこに広がっていたのは、平穏とはほど遠い光景だったからだ。


焦げついた木の臭気が鼻を刺す。緑であるはずの畑は灰色に沈み、苗は痩せ細り、風に揺れるたび粉のように崩れていった。歪み(アビスリフト)から、滲み出た黒い霧(アビスマター)の残滓が村を覆っている。


「……ただ事じゃないな」


先頭を歩くカリナが険しい目を向ける。僕の胸の奥を冷たいものが掠めた。歪み(アビスリフト)の影響がこれほどまで露骨に人の暮らしを蝕んでいるのを、僕はまだ見たことがなかった。


村の入り口に現れたのは村長だった。


「…おお、イリシアの調査班の方達か……」


やがて村人たちが集まり、口々に黒い霧(アビスマター)の被害を訴え始めた。

井戸の水は黒く濁り、作物は全て枯れ果てた。

黒い霧は人の身体を蝕み何人かの村人が既に亡くなった。


そんな言葉を聞くたびに僕の心は押し潰されそうに重くなった。


「……分かった。残念だがあたしたちに歪み(アビスリフト)を鎮圧する術はないんだ。だが状況は確認して報告しよう」


カリナの言葉に、村人たちの視線がわずかに安堵を取り戻した。歪み(アビスリフト)が発生したという森の奥へ踏み入れると昼だというのに影は濃く、光は淀んでいた。葉の露は逆さに吸い上げられ、木々の枝は奇妙に捻じれまるで生き物みたいにうねっている。


「…これも、全部黒い霧(アビスマター)の影響……?」

僕が呟くと、ラピスが外套を握る手を強めた。


「ぼく……胸が苦しい。ここ、怖いよ……」

「大丈夫です。わたしがついています」

セレナがその肩に手を置き、静かに支えた。


その時、低い唸り声が響く。狼が三体、黒い異形(アビスモーフ)と化して木陰から姿を現した。赤く裂けた瞳、黒い泡を滴らせる牙。


聖光の帳(ルミナ・カーテン)張るよ!」


僕は詠唱した。やがて光の膜が展開し、狼の爪を弾き返した。火花のように光が散る。


「ラピス様、下がってください!」

「ううん……ぼくも、やってみる!」


煌羽(こうう)!」


ラピスの羽が光を放ち、残りの狼の視界を焼く。【幻惑魔法】、直接的な攻撃手段ではないが、魔法を受けた者は幻覚や幻聴などの症状を引き起こす。いわゆる【混乱状態】に陥れる【水の理力】由来の魔法だった。


「ラピス様、いっいつのまにそのような……!」


セレナが動揺しながらも矢を放ち一体の片目を射抜き、次の矢で脚を縫いとめた。カリナが駆け抜け、一閃で一体の首を断ち切る。黒い霧が散り、そこに残ったのは三匹の狼の死骸。


「ぼく……今の……力は?身体が勝手に...」

カリナが剣を担ぎ、口角を上げる。


「戦いを重ねると、理の回路が開いて新しい技を扱えるようになるんだまあ、わかりやすく例えるなら『レベルが上がって新しい特技を覚えた』って感じだな」


「ラピス様は選ばれし血筋。理力の応答が早いのは当然なのでしょう」


セレナの声は静かに響いた。


ラピスは自分の成長に少し不安そうだったけどその背の羽は闇に呑まれながらも淡く光っていた。


そして歩みを進めるが森の奥はさらに異様さを増していく。息を吸えば喉が焼け、耳の奥で心臓と違う脈動が鳴る。自然豊かな森の原型なんて、もうどこにも残っていなかった。


「……歪み(アビスリフト)が近いな」


カリナが剣の柄に手をかける。僕も胸の奥で理力が軋むのを感じ、無意識に拳を握りしめた。


そのとき、後ろから声が聞こえた。


「止まってください」


低い声が霧を割った。甲冑の音を響かせながら5人の小隊が姿を現す。その先頭に立つのは、漆黒の兜に鎧を纏った一人の騎士。漆黒の甲冑は敵国ヴァルディアの騎士の中でも位の高い騎士であることの証だった。


「くっ……黒騎士だと?」


カリナが剣を抜き放つ。ヴァルディアの兵士たちも盾を構え、一触即発の空気が漂った。


「我々に戦意はありません。ここで刃を交えるのは無益です。どうか剣を収めてください」


黒金の騎士の声は理力で変質させているのか機械的で感情がない。


「命令される筋合いはない!」

カリナが声を荒げる。


すると黒騎士は腰から一本の杭を抜き、地面へ突き立てた。杭が光を帯びると、周囲の霧が音を立てて引いていく。重苦しい瘴気が押しのけられるように後退し、一帯の空気がわずかに澄んだ。


「なっ……」

 僕は目を見開いた。

「霧が……浄化されてる!?」


黒騎士は杭に手をかけたまま告げる。


理導杭(りどうこう)と言います。黒い霧(アビスマター)を抑制するためのものです。この理導杭(りどうこう)の完成には数多くの犠牲が生まれましたが...。犠牲になった彼らの想いが詰まった賜物です。」


杭に埋め込まれた鉱石が淡く輝くと術式の様な文字が浮かび上がる。それは明らかにヴァルディアがイリシアより一歩先を進んでいる証拠だった。


「一時的な中和にしかすぎませんが、一、ニ週間は持ち堪えるでしょう。」


黒鉄(くろがね)の騎士の視線が僕に向く。


「ここで戦えば、両国ともに無益な犠牲が出るだけです。わかりますよね?我々はまだ人間を辞めるわけにはいきません。お互い、退きましょう」


「ふざけるな! お前たちが先に退け!」

カリナが食ってかかる。


その刹那、黒騎士は剣を傾け、霧の中から飛び出した異形を弾き飛ばすと黒騎士は短く言い残した。


「わかりました。我々は撤退します。そしてこの杭を一つ、ここに残していきます。役立ててください。」


去り際に残されたのは新しい理導杭(りどうこう)と、乱雑に書かれた設計図のようなメモ。それはあまりにも大きな“差”として僕たちイリシアに突きつけられた。


僕は杭を見下ろし、唇を震わせる。

「…………」


霧の静寂の中で、胸のざわめきは消えなかった。

 

『7話 黒鉄の騎士』を

最後まで読んでいただきありがとうございました。


このエピソードより

新しい用語が出てきた際には

この後書き欄で補足させていただきます。


もし、良かったよ!

少しでも続きが早く読みたいな!と

思ってくださる方居ましたら

評価の方よろしくお願い致します!

励みになります!


◾️用語解説◾️

⚫︎ 煌羽(こうう)

ラピスが初めて習得した固有スキル。現時点で由来理力は不明。ラピスの背にある羽が光を放ちその光を見た生物に幻惑を見せる。その症状は様々な模様。ダメージは与えられないが混乱状態にすることで戦況を変えることが可能。


⚫︎ 理導杭(りどうこう)

敵国ヴァルディアが独自に開発した黒い霧(アビスマター)を抑制するための地中に打ち込む柱状の結晶体。理導杭(りどうこう)開発のために黒い霧(アビスマター)を採取する必要があり、その採取現場、もしくは開発途中の実験で数多くの犠牲者が出たといわれている。

本来の使用法としては1本だけでなく3本〜7本で陣を構成して設置する。理導杭(りどうこう)の中には封印術式が組み込まれておりその術式を組むのに必要な鉱石は光の理力が宿っているという稀少な石だとされている。



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