47話 「四理魔導士(クアドロア・マグス)
湖底の神殿を攻略して、水の理力を手にした僕たち白律の聖団。
僕はついに【四理力の適性者】となった。
二つ名は、【四理魔導士】。自分でもその名前の重みが胸にのしかかる。
そしてセイリスの夜。
水の都の大通りは、雨に磨かれた石畳が提灯の灯を二重に映し、ゆらぐ金の軌跡が川面みたいに延びていた。
遺跡から戻った僕たちは
宿屋の酒場でささやかな祝勝会を開いている。
「とりあえずは遺跡攻略成功ってことで!
みんな、お疲れさん!」
カリナが泡のこぼれそうなジョッキを掲げ、ぐいっと一息にあおる。
「ぷるる~♪」
スラチャビは小鉢に注がれたりんご水で、ぴょこんと跳ねて乾杯に参加した。
ひとしきり賑やかに笑いが弾けたあと、カリナが真顔に戻って、隣の僕をじっと覗き込む。
「なぁ、フィオル。石碑の封律文字に触れた時、完全に落ちてたよな」
セレナも静かに頷き、ラピスは心配そうに身を乗り出した。
「ええ。フィオル殿、
あの一瞬……何があったのです?」
僕は一拍、言葉を探してからジョッキを置き、顔を上げる。
「……幻惑の中で、
傷を負ったロイに会ったんだ。」
小さな沈黙。誰もが自然と息をひそめる。
「元々はロイを癒したくて守りたくて、手にしたかった回復魔法。いつもみたいに不発で終わってしまうんじゃないかって、怖かったけど力を込めた。詠唱したら、回復魔法が発動したんだ。」
胸の底で揺れていた熱を、ひとつずつ外へ置いていく。
セレナがそっと目を閉じ、噛みしめるように言う。
「……己の心こそが、最深のボスでしたか」
カリナが短く息を吐き、口の端を上げる。
「幻でも、
ちゃんと言葉に力を込めたってわけだ。」
僕は照れ笑いで受け返し、続けた。
「そのあとに『はるか南の大陸、七環の神殿を目指しなさい』って。次の道標は、そこにあるって」
卓上の地図がぱたりと開かれる音が、ざわめく酒場から距離を作る。
灯の円の中へ皆の顔が寄り、胸の奥に小さな火が順々に灯っていくのがわかった。
皆の視線は、スラチャビが以前に押した可愛いスタンプの跡。
「……南の大陸ってことは海を渡る」
カリナが顎に手を当てる。
「船を手配するか王都経由で海路の許可を取るか。どっちにしろ時間がかかるな」
そこで、ジョッキを片手にしていたディーンが
にやりと笑って身を乗り出した。
「俺、船持ってるぜ?」
時間が止まる。
「「「……!」」」
「ぷるっ!!」
「……今はないけど」
「え?」「はぁ!?」「??」「……」「ぷるる?」
さっと色の変わる視線の雨に、ディーンは慌てて両手を振る。
「違う違うマジで!西の砂漠の商人街が俺の故郷で修理に出してんの。もう直ってるはず。戻りゃすぐ乗れる!」
ほっと息をつく間もなく、彼は指を一本立てて条件を付け足した。
「ただし!船を出す代わりに、フィオルちゃんかカリナちゃん、どっちかとデート!」
「……はぁ?」カリナの眉がぴくり。
「で、デート!?」僕は耳まで真っ赤になる。
横からセレナが素朴な疑問を投げた。
「そもそも、なぜフィオル殿とカリナ殿だけなのです?」
ディーンはあっさり答える。
「ラピスちゃんは可愛いけど、俺のタイプじゃない。セレナは……イケメンすぎてムリ。イケメン嫌い。はい却下」
シッシと手で払う仕草。
ラピスも小首を傾げる。
「でーと?たいぷ?いけめん……?」
カリナは剣の柄を軽く鳴らしてギロリ。
「調子に乗るな、チャラ男。沈めるぞ」
「へーい!!」
背筋を伸ばすディーン。
僕も慌てて声を上げる。
「ぼ、僕はデートなんてしないからね!」
笑いが一巡すると、ディーンは肩を竦めて本題へ戻した。
「でも船の話は本当。砂漠越えは大変だけど、俺の故郷まで行けりゃ海はすぐだ。南の大陸に渡る航路もなんとか押さえらるれだろう」
カリナが短く考え、頷く。
「西の大地の歪みを鎮めるって最初の目的にも、ちょうど重なるな」
セレナは地図に指を走らせた。
「一度転移の石で、イリシアを経由しましょう。砂漠越え......ある程度の日数がかかりますね。」
「砂漠……!」
ラピスの瞳がきらりと光る。
「砂って温かい?冷たい?夜は星がいっぱいなのかな!」
スラチャビも「ぷるる~♪」
と砂漠デビューにやる気満々。
ディーンがウインク。
「星は降ってくるほど見える。砂は昼は熱い、夜は冷たい。もちろんデートにはぴったりだぜ?」
カリナがジョッキを打ち鳴らす。
「……決まりだ。
明日装備を砂漠仕様に切り替えるか。」
「了解、隊長!」
軽口に見えて、ディーンの返事は実務的だ。
素早く紙片を取り出し、砂漠への道筋と中継地点のオアシスの場所を書き足していく。
「ありがとう、みんな。
次も、必ず辿り着こう」
言うと、言葉は温度を帯び、仲間の表情にゆるく灯った。
会計を済ませ、僕たちは寝室に戻り休んだ。
雨は細い糸になって街の音を柔らげていた。
運河沿いには淡い灯が等間隔にまたたき、水面を滑る舟の影が揺れる。
遠く、鐘楼の音が一度、二度。
セイリスの夜は、祝福の余韻を静かに包んでいる。
その雨雲の先で
【七環の神殿】が待っている。




