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4話 二人のエルフ

森を抜けた瞬間僕らの視界に飛び込んできたのは、息を呑むほどの傷跡だった。


初めて目にした【大歪み】は大地を抉って走る巨大な亀裂だった。底は見えない。そこから噴き上がる黒い霧(アビスマター)が渦を巻いて空へ昇り、ただの靄とは違う脈動を打つ。霧の中では、異形の手が意思を持つみたいに蠢いていた。



周囲の木々は蝕まれてねじれ、葉は毒々しい色に変質している。胸を圧迫するような重さが、呼吸の隙間まで侵食してきた。


「……これが、大歪み?」


思わず足が止まり、杖を握る手に力が入る。全身を震わせる圧は、理力が暴れて制御を失っている証拠だ。


カリナが一歩前に出て、険しい顔で言う。


「近づきすぎるな。黒い霧(アビスマター)に触れれば、魔物になる」


ラピスの羽が小さく震え、彼はセレナの背に隠れた。

「な、なんだか……息が苦しいよ。ぼく、怖い」


セレナは霧を観察しながらも眉をひそめる。

「こんな禍々しい霧……わたしたちの世界にはありませんでした」


風が吹き、黒い塊が渦を巻いて舞い上がる。低くうなる音が地鳴りみたいに大地を震わせた。


「想像以上だな……長居はできない。記録して、すぐ戻るぞ」


カリナが周囲を警戒し、僕も頷く。まるで、()()()()()()()()()()()()()胸の奥の不安は拭えなかった。



王都に戻る道すがら、僕はラピスの背に目を奪われた。澱んだ空気を拒むみたいに震える、淡い光の銀の羽。


「ねえ、ラピス……その羽、すごく綺麗だね。ちょっと触ってみてもいいかな?」


「えっ……!」

ラピスがびくりと肩を竦めた瞬間、セレナが一歩前に出て僕を制する。


「無闇に触れて良いものではありません。その羽は、エルフの中でも【選ばれた血筋】にだけ与えられた神聖な証です」


「選ばれた……血筋……?」

僕は慌てて手を引っ込める。


ラピスは困ったように笑って首を振った。

「ぼ、ぼくはただのラピスだよ。そんな大したものじゃない」


カリナがくくっと笑って、二人を見比べる。


「なるほど。どうりで同じエルフでもセレナの背には羽がないわけだ。しかし、フィオルとラピスはなんだか似てるな。かわいい弟が二人に増えたみたいだ」


「えっ!?」

「弟……!」


セレナはため息をついたが、その瞳は少し柔らかい。


 



やがて暗い森の中の空気を裂いたのは、金属が擦れる音だった。霧の向こうから、甲冑の影が現れる。ヴァルディアの小隊だった。


「……最悪なタイミングだな。構えておけ。あいつらは敵だ。」


カリナが低く吐き、剣へ手をやる。霧を背に、騎士班が立ち塞がる。冷たい視線が刺さった。


「イリシアの班がこんな所までとはな」

先頭の騎士が言う。低く響く声には露骨な敵意。


「大歪みの調査か?愚かしい。調べたところで理力の奔流は制御できぬ。だが我らヴァルディアはそれを力に変え、新たな秩序を築く」


カリナは声を張った。

「理を弄ぶのが秩序だと?その傲慢さがより一層大地を狂わせてるんじゃないのか?」


「押し込めるだけで何になる。いずれ制御できずに溢れるなら我らの剣で支配して力とする。それが理だ」


別の騎士が一歩踏み出す。


カリナは剣を構え直し、肩を竦めた。

「下っ端の講釈なんざ説得力がないね。剣で語るか?」


一触即発の気配に僕は杖を握り直す。

(戦うしか、ないのか)


黒い霧(アビスマター)がざわめき、視線がぶつかる。張り詰めた気配が爆ぜかけた、そのとき。


先頭の騎士の視線が、僕らの背後へ流れた。

「……?」


ラピスの背に光る羽に、鋭い眼差しが止まった。黒い霧(アビスマター)の中でも淡く輝く羽をセレナが庇うように一歩前へ。


「まさか……神話のエルフか?」

「陛下がおっしゃっていた【聖樹精霊】?」


先頭の騎士は鼻で笑い、剣を納めた。


「ふん。今日は互いに収穫があったということにしておこうか。ここで血を流す理由はない。戻るぞ」


足音が霧に沈み、やがて静けさだけが残った。


「行っちゃったね……どうする?追う?」


緊張の余韻の中、僕は小さく尋ねるとカリナは剣を下ろして首を振った。


「いや、任務外だ。それに、あんな下っ端を斬ってもな。あたしたちの仕事は歪み(アビスリフト)の調査。斬り合いじゃないさ。」


「……うん」

杖を握っていた力が、ゆっくり抜けていく。


なおも黒い瘴気は森に漂う。その奥に潜む何かを感じながら僕らは再び歩き出した。







そして調査を終え、イリシア王都内「蒼天の塔」。白い壁が光を返し、張り詰めた静謐が広間を満たす。玉座に現れた王の声が、深く大気を震わせた。


「調査班よ、よく戻ったな。ん?その者たちは...」


僕らが跪くと、イリシア王の視線はすぐラピスとセレナへ。


「……その羽。まさか【聖樹精霊】なのか?神話の存在がまさか目の前に現れるとはな。信じられん。」


ラピスは戸惑いながら一歩出る。


「ぼ、ぼくはラピス。気づいたらこの世界にいて……どうしていいか、わからなくて」


セレナが静かに膝をついた。


「わたしもラピス様もおそらく理力の歪みによって召喚された異界の存在。状況は把握できておりません」


王は沈黙ののち、厳しさと理解を併せ持つ眼差しで告げた。


「異世界からの来訪者か。理の歪みと繋がる可能性は大きい。ならばこそ、軽んじられぬ。カリナよ、当面はお前の監督下とせよ。フィオルとともに見極め、彼らを元の世界へ戻す手段を探せ」


「御意」

カリナが頭を垂れる。

王は僕とラピスを見渡した。


「若き魔導士フィオル。稀な【光の適性者】よ。そして【聖樹精霊】の血を継ぐラピス。その邂逅は偶然ではあるまい。この出会いを大切にするのだ」


 胸が熱くなり、僕は深く頭を垂れた。

(……僕たちが、何かを変える力になれるのだろうか)

 


『4話 二人のエルフ』を

最後まで読んでいただきありがとうございました。


今回のみどころは


森の中で出会った二人のエルフ、カリナと共に

フィオルは、この大陸で出来た歪み(アビスリフト)

【大歪み】の調査へ向かいます。


【大歪み】は、百年ぶりに現れた

この世界を脅かす厄災のことを指します。


この【大歪み】が出来た日から

日に日に各地では小規模な歪み(アビスリフト)が現れ

黒い霧の脅威で人々の生活を脅かしてます。


そしてフィオル達の目前に広がっていたのは

大地を抉るほどの巨大な裂け目と

呼吸さえ遮る黒い霧【アビスマター】。


脅威を見た帰り道。

理力を「軍事力」として利用しようとする

【ヴァルディア】の小隊が出現。


緊張の中、ラピスの羽を見た騎士たちは

【聖樹精霊の末裔】だと気づき、撤退していく。


任務を終えて王都へ戻ったフィオルたちは

イリシア王の前で真実を告げる。

ラピスとセレナは理の歪みに

巻き込まれてこの世界へ来たとされ

フィオルとカリナに保護を託されることになります―。


【光の適性者】と【聖樹精霊】

この二人の、二つ名が持つ意味とはなんなのか?


次回『5話 城下町の買い物』

『Chapter01』が終了となります。


お楽しみに!

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