44話 「水の迷宮、三つの滴る月」
僕は結界を張りながら慎重に歩いた。
しかし遺跡の奥へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
壁から滴る水は鏡のように輝き、反射した光が無数の幻を生む。
そこに映るのは現実ではない光景。
「……っ!」
セレナが即座に短剣へ手をかけ、目を細めた。
「やはり……幻惑ですか。
視覚そのものを揺さぶってきます」
「ほんとだ……」
僕の目に映るのは、水面から姿を現した僕らと寸分違わぬ姿の多くの『分身』。
ラピスが小さな声をあげる。
「ぼく達がいっぱい……!」
「~♪カリナちゃんに、フィオルちゃんに囲まれてこりゃ、ハーレムだな」
ディーンが口笛吹いて軽口を叩きつつ、指先に雷を灯す。
「なら俺の雷で―」
「馬鹿、やめろ!殺す気か!?」
カリナが一歩前に出て剣を抜いた。
「水場で雷なんて撃ったら全滅だ。
考えりゃわかるだろ!
ここは、ラピスに任せるんだ」
ラピスは胸の前でぎゅっと拳を握り、羽を広げた。
「……スラチャビ、一緒に!」
「ぷるるっ!」
柔らかな光が羽から溢れると、分身は次々に霧散していく。
「すごい……」思わず息を呑んだ。
「ぼく……ちゃんとできたかな……」
不安げな声に、自然と笑みがこぼれる。
「できすぎだよ。
幻惑対策にはラピスがいないとだね」
その言葉にラピスは頬を赤らめ、ほっと笑った。
「へぇ、頼りになるじゃん、ラピスちゃん」
ディーンが肩を叩く。
「『ちゃん』付けは控えてください」
セレナが低く睨むと、ディーンは苦笑して肩をすくめた。
やがて覆い尽くしていた幻惑が晴れ、正面に巨大な水晶扉が現れる。
表面に浮かぶ水滴の紋章が、青白く光っていた。
「とりあえず第一の試練を越えたみたいだな」
カリナは剣を納める。
「今までどおりならば、
次はもっと厄介だ。気を引き締めろ」
僕らは頷き合い、扉の向こうへと進んだ。
──次の間は、完全なる水の迷宮だった。
天井は高く、壁一面が鏡。
床は一面の浅瀬で、足首まで水が張っている。
中央に浮かぶ巨大な水晶の台座。
その上に、三つの月が浮かんでいた。
【新月】 【半月】 【満月】
それぞれが水晶の滴のように透明で、内部に青い光が揺れている。
台座の周囲には四つの水柱が立ち、刻まれた文字が浮かび上がる。
「水は月を映し、月は水を導く。
新しき月は東に生まれ、
半ばの月は天に昇り、
満ちた月は西に沈む。
されど真の流れは
滴る月が正位置に還る時のみ開かれる」
「……謎解きか」
カリナが舌打ちする。
「しかも間違えたらどうなるか、
想像したくないな」
セレナが水晶の月を指差す。
「三つの月を、
正しい順番で四つの水柱に置く。
東→天→西……そして最後に?」
ディーンが床を覗き込んで顔をしかめた。
「見てみろ。水面の下、刃がびっしりだ。一歩でも間違えたら、足元から水が逆噴射して串刺しコース決定だぜ」
ラピスがスラチャビを抱きしめて震える。
「こ、怖いよ……」
僕は深呼吸して、台座に近づいた。
「落ち着こう。ヒントはちゃんとある。
『滴る月が正位置に還る時』
つまり、月は水面に映る姿が本当の姿、ってこと?」
鏡の壁を見上げる。
そこに映る三つの月は、逆さまだった。
「逆さ月……!」
全員が同時に気づく。
「つまり、置く順番は逆にして、
水面に正しい月が映るようにするんだ!」
セレナが冷静に指示を飛ばす。
「東の水柱に【満月】――沈む月を映すため。
天の水柱に【半月】――昇る月を中間に。
西の水柱に【新月】――生まれる月を西に。
最後に……中央の台座に何も置かない!」
「空っぽが正位置ってわけか!」
ディーンが叫ぶ。
僕は結界を最大限に広げ、全員を覆った。
「行くよ――!」
セレナが素早く動く。
満月→東の柱。
半月→天の柱。
新月→西の柱。
そして台座は空のまま。
瞬間、水面が鏡のように静止した。
鏡の中に、三つの月が正しい位置で輝く。
東に満月、天に半月、西に新月。
完璧な月の道が、水面に描かれた。
ゴゴゴゴ……
床の刃が沈み、代わりに中央の台座が光り輝く。
水が渦を巻き、隠し扉が現れた。
「やった……!」ラピスが跳ねる。
「ぷるるるる~♪」
カリナがセレナの背中をバシンと叩く。
「お前、頭良すぎだろ。惚れ直したぞ」
「カっカリナ殿っ……
からかわないでください!」
セレナの耳が赤く染まる。
ディーンは呆れたように笑った。
「俺、マジで役に立ってねぇな……
でも生きてる!最高!」
僕らは笑い合いながら、開いた扉の奥へ。
水の迷宮を越え、ついに
最も深い聖域へと足を踏み入れた。




