42話 「水の都、湖底の呼び声」
宿を出て僕たちは長い道を歩き続けた。
すると厚い雨雲に覆われた空から、容赦なく雨が降り始めた。
雨に足を取られながらも僕らは街道を歩き、ついに【雨の古都セイリス】へとたどり着いた。
「……すごい雨だね」
フードを深くかぶり、視界を遮る水滴を指で払う。
眼前に広がるのは、悠久の時を思わせる水の都。
石造りの建物は長年の雨に洗われて鈍く光り
複雑に張り巡らされた水路が街全体を走っている。
幾重にも重なる石橋はまるで迷宮のようで、水音が絶え間なく響いていた。
街そのものが【水の理力】と共鳴しているようだった。
「すごい……!」
ラピスは雨をものともせず、きらきらと目を輝かせていた。
「本当に、水の都なんだね……!ずーっと雨降ってるのかな?晴れの日はないのかな?」
スラチャビも「ぷるる~♪」と雨粒を浴びて無邪気に跳ね回っている。
セレナが静かに言葉を添える。
「ここは、古来より『水の理力の源泉』と呼ばれてきたようです。多くの【水の適性者】が修行の地とした場所でもあるそうですね」
僕は首を傾げた。
「…セレナって異世界から来たのに、どうしてそんなに詳しいの?僕なんかより色んなこと知ってる」
セレナは驚いたように瞬きして
それからわずかに笑みを浮かべた。
「蒼天の塔の書庫で、書物を読み漁っていたのです。この世界を少しでも理解しておかねばと思いまして」
「なるほど……だからそんなに詳しいんだ」
素直に感心してしまう。
セレナは小さく首を振り
「学ぶことはただの習慣です」とだけ返す。
僕らは雨に煙る【セイリス】の街へ足を踏み入れた。
水路のせせらぎと屋根を叩く雨音が重なり、街は独特の響きを奏でていた。
石畳は濡れて滑りやすい。
けれど人々は慣れた足取りで忙しく行き交っている。
「……思ったより活気があるね」
僕は周囲を見回してつぶやく。
「この街の人たちは雨なんて気にもしてないんだろうな」
カリナは腕を組み、湿気を気にする様子もなく辺りを観察していた。
年配の女性が籠を抱えて近づいてくる。
「旅のお方かい?珍しい顔だねぇ。雨の中ご苦労さん。ここは入り組んでいて道に迷いやすいから気をつけな」
皺の間に浮かんだ笑みは、雨の中でも温かかった。
「ありがとうございます。
あの、宿屋を探しているのですが」
セレナが丁寧に尋ねると、女性は頷いて指をさす。
「大きな石橋を渡って右手に広場に出ると、
そこに旅人用の宿があるよ」
「感謝します」
セレナが深く頭を下げると
女性は「ゆっくりしていってね」と笑って去っていった。
「優しい人だね……この街、好きになれそう」
ラピスが小さく囁く。
僕たちは町民に教えられた宿屋に到着した。
部屋を抑えた後情報収集と食事を済ませるために宿屋の一階、酒場に集まった。
湿った石壁にランプの光が揺れて水の都らしい陰影を落としていた。
僕らは旅の疲れを癒すため席に着き、料理を待っていた。
カリナとセレナは聞き込みをしていて
最近『古い遺跡に入った冒険者が戻らない』という噂を仕入れていた。
ラピスは目を輝かせて耳を傾け、スラチャビはテーブルの上でぷるぷると揺れている。
そのとき、不意に声がかかった。
「ごめんよごめんよー?今の話、ちょっと耳に入っちゃったんだけど」
振り向くと、茶色の髪を無造作に束ねた若い男が立っていた。
軽い笑みを浮かべているが、背中の槍はよく研がれている。
「俺はさディーンって言うんだ。
トレジャーハンターをしてる。
実はその遺跡に行きたくてね」
彼は人懐っこく笑いながら、
僕らのテーブルに肘をついて続けた。
「ただ、頭数が足りなくて困ってたんだ。一時的でいいから君たちのパーティーに混ぜてくれない?」
カリナの眉がすぐにひそむ。
「……いきなり現れて仲間に入れろ?
いくらなんでも軽すぎるだろ」
ディーンは両手をひらひらと振り、苦笑する。
「ま、そう言わずに。俺、見てのとおり軽いけど足手まといにはならないよ。ちゃんと働くし、それなりに情報も持ってる」
セレナは警戒を解かないまま低く囁く。
「話を聞くだけでも損はないかもしれません」
カリナは息を吐き、じっと男を睨んだ。
「……いいだろう。
ただし怪しい動きをしたらその時点で...」
「へいへい、任せといて!」
ディーンは会話を遮ると片目をつむってにかっと笑った。
やがて料理が運ばれ、香ばしい匂いがテーブルに広がる。
カリナはジョッキを口に運びつつ、真正面から問いかけた。
「で?その遺跡のこと、
詳しく知ってるんだろ?」
ディーンはにやりと笑い、身を乗り出す。
「ここセイリスの北『沈んだ古都』って呼ばれてる場所さ。湖底に隠された水の神殿だ。普段は完全に水に沈んでるけど最近になって水位が下がって入口が現れたんだ」
「湖底の神殿……」
胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
セレナは腕を組み、低く問い返す。
「ただの遺跡ではないのですよね?
酒場の話では『理力の源泉』が眠るとも」
ディーンは肩をすくめる。
「その通り。古文書には『水の龍を封じた場所』って書かれていた。【水の理力】が結晶化して残っている可能性がある。」
「ただ、それがねー。
強い流れや幻惑の仕掛けがあって、
一人じゃ突破できないんだこれが」
思わず身を乗り出した。
「幻惑が多いなら……
ラピスの幻破術がないと絶対厳しいね」
ラピスは少し頬を赤らめて笑う。
「ぼ、ぼく……できるかな。
でも、がんばるよ!」
ディーンはにこっと笑い、胸を叩いた。
「俺はこの辺りで潜水や水中探索を専門にやってる。水の探索法ならそこそこ詳しいぜ?」
カリナは仲間の顔を順に見回し、真剣な声で言った。
「……確かに気になる話だな。
遺跡の調査か。やる価値はある」
セレナも頷き、言葉を添える。
「【水の理力】の核心を知ることは
フィオル殿の理力発現にも直結します」
僕は迷いを振り切るように、決意を込めて言った。
「……うん。一緒に行こう、ディーン」
「決まりだな!」
ディーンは満足げに笑い、グラスを掲げた。
「じゃあ明日から
『湖底の神殿』に挑むとしよう」
胸の奥に、期待と緊張がせめぎ合っていた。
雨に包まれたこの街で、僕らはまた新しい一歩を踏み出す。




