表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/51

35話 「前夜の誓いと、風の記憶」

_調律暦111年 第三月


決戦前夜の夜風が蒼天の塔の頂上を抜けていく。

空に突き出た孤島のような場所。

眼下の王都は星の散りばめみたいに灯り

遠くの黒雲がもやのようにたなびいていた。


僕は結界の調整を終え、静かに息を吐く。

足元の光紋が脈を打ち、塔全体が呼吸しているみたいだ。


背に軽い足音。


「……やるじゃないか。

 ここまでの結界、あたしも見たことない」


振り向けば、風にマントをはためかせたカリナ。

手すりに片肘を置き、夜景を見下ろしている。


「ありがとう。

 でも、これで本当に守りきれるのかな」


不安が言葉に混じった。

カリナは鼻で笑い、横目をよこした。


「はは。お前が不安がってどうする。

 自分の結界を信じろ。大丈夫だ。」


「うん…そうだよね」


彼女は一度目を閉じ、長い髪を風に預ける。

しばしの沈黙ののち、遠い声で続いた。


「さて、あたしがヴァルディアからイリシアに来たっていう話をしよう。もともと、あたしはあっちの騎士だったんだ。」


言葉が夜気を重くする。


「ロイやイザリアを知ってるのも、そのせいだ。あいつらとは、剣を交えたことも、笑い合ったこともある」


苦笑がこぼれる。


「イザリアが言ったろ?

 裏切り者って。あれは事実なんだ」


拳を握る。


「どうして……ヴァルディアを裏切ったの?」


風の層が入れ替わる音。

カリナは夜空に視線を上げたまま語り出した。


「五年前。あれはイリシアとの戦の最中だ。当時のあたしは【黒律の五騎士ヴァルディア・オーダー】の一人だった。」


「【黒律の神姫(ゼフィス)】と呼ばれていたあたしとオーダーの面々に下された命令はひとつ。『イリシアの魔導士は根絶やしにしろ』」


喉が鳴る。カリナは続けた。


「戦火の中で、幼い子を見つけた。両親の亡骸の隣で泣いてるだけの、小さな子だ。」


「同行していたイザリアは迷いなく剣を振り上げた。『命令だから』ってな」


カリナの拳がわずかに震えた。


「子供に罪はない。あたしはこんなことをするために騎士になったわけじゃない。そう言って、イザリアの前に立った」


声の奥に、当時の熱が戻る。


「イザリアは『命令に背くのか』って叫んで…あたしごと子どもを斬る勢いだった」


息を詰める。


「そしてオーダーの訓練生として同行してたロイはイザリアの剣に身を挺してまで庇った。」


「『いずれこの子は言葉に力を込めて生きる。子どもに罪はない』そう言って」


短い沈黙。

風が鎧の記憶を撫でていく。


「ロイは命令より、人の未来を選んだ。血を流しながら刃を受け止めてついにイザリアも剣を下ろした。」


視線がわずかに落ちる。


「あたしたちはその子を抱えて

 森の洞窟に匿った。助かったはずだった」


風が一瞬、止まったように思えた。


「けど、そのあとだ。別の部隊が入ってきて命令どおりに、あたしとロイが守った子をあたしたちの目の前で…殺した」


言葉が切れ、夜の冷たさが濃くなる。


「横たわった子供の顔を、今でも忘れない。ロイも、言葉を失ってた。あれ以上の絶望はなかったさ。」


胸が締めつけられる。

カリナの声は淡々、それでも芯は揺らがない。


「そこで覚悟を決めた。ヴァルディアを出る。罪のない子まで殺す国に、騎士としてはもういられない」


星が瞬く。

カリナは目を閉じ、記憶の縁をたどった。


「その夜、詰め所を抜け出してロイと夜風に当たった。あいつは黙って隣に立ってた。あたしは言った。」


「これから国を出る。

 もうここにはいられない」


小さく笑う。


「ロイは何も言わなかったよ。

 ただ、風が吹いた。あれが答えに思えた」


そこで彼女は声色を和らげた。


「『カリナ。君は、どこへ行く?』って聞かれてな」


「イリシアしかない。

 受け入れられるかはわからない。

 でも、あたしはそれに賭ける。」


「向こうでどんな仕打ちでも殺されても、この国で無益な殺戮を続けるよりはまし。償いになるなら、全部受け入れる』そう答えたよ」


月が刃のように白い。


「そしてあたしはロイから

 ひとつ、言葉を託された」


カリナは僕にまっすぐ向き直る。


『イリシアに幼馴染の魔導士がいる。

 名前はフィオル。』


『夢を追いかけて一生懸命、言葉に力を込めているはずだ。君の刃で、フィオルを守ってやってほしい』


胸の奥が熱くなり

頬をつたうものを手の甲で拭う。

声にならない。


「それであたしは亡命し、

 王に受け入れられた。寛大な方だ。」


「裏切り者のあたしに『この国唯一の騎士』として『国を守れ』と任じた」


外套をずらすと肩に刻まれた

イリシアの紋章が月に浮かぶ。


「その時に誓った。

 生涯、この国と王に忠誠を捧げるって」


眼差しは揺るがず、僕を射抜く。


「そして【光の適性者】である

 お前の護衛にあたしが名乗り出た。

 異国の友との約束を果たすためにな」


ロイの面影が風に溶ける。

カリナは剣を胸に当て、静かに結ぶ。


「お前が言葉に力を込めるなら、

 あたしの刃で守り抜く。そう誓ったんだ」


夜風が頬を撫でる。

胸に、熱と重みが刻まれる。


「……ありがとう。カリナ」


「だから…いつもそばにいてくれたんだね…。ありがとう…。

 ロイの言葉も…教えてくれて…」


小さく、それでも確かな声が出た。


カリナはためらいなく腕を伸ばし、僕を抱き寄せた。


「騎士は言葉に力を込めるのが苦手でな。でも、これをお前に話せてスッキリした。聞いてくれて、ありがとう」


肩越しの囁きは、戦場の喧噪よりも静かで温かい。


「この防衛戦はお前だけが頼りだ。

 ラピスを絶対に守ろう。」


「ロイが危険を顧みず伝えてくれた情報だ。

 ならば彼を、あたしたちで止めてやろう。」


抱擁の中で、胸の奥に火が灯る。

もう涙は落ちない。


代わりに、強い光が視界の奥で確かに燃え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ