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33話 「夜霧の刃と、裏切りの影」

月は高く、川霧は白い。

湿りを帯びた夜気の中で、三人の気配だけが刃のように研ぎ澄まされていた。


ロイは兜を外さず無言で剣を半身に構え、呼吸ひとつ乱さない。


カリナはつま先で砂利を払って地を掴み、風の層を探るように重心を滑らせている。


イザリアは喉奥で笑い、鎧の継ぎ目から赤熱した理力を滲ませ、ぱちぱちと空気を焦がしていた。


「……久しぶりだね。イザリア」


「そちらの雷光の騎士も、

 先日は世話になったな」


カリナの声は低く、必要な音だけを刃に研いでいた。


「また会えるなんて思わなかった。

 ずっと殺してやりたかったよ!

 裏切りの神姫さん?」


イザリアの緋眼が細まり、炎の圧で草が一気に乾いていく。

川面の靄が、熱で裂けた。


そのやり取りからも、カリナとヴァルディアの間には因縁があるように感じた。


しかもそれが生半可な縁ではない気がしていた。

カリナは短く息を吸い、横目で一瞬だけ僕を見やる。


「フィオル…この件は必ず話すよ」


それ以上は語らず、剣先をわずかに持ち上げる。

その横顔には、言葉にできない影が走っていた。


視線が交差した瞬間、風と炎が弾ける。

音速に近い踏み込みから放たれた一閃に夜景が線で断たれた。


けれど、その交錯は稲妻の一音に呑まれる。

ロイの雷剣が横合いからひときらめき、風は逆流し、炎は吸い込まれ、二本の剣は容易く弾かれた。

指先に痺れが走り、金属の匂いが濃くなる。


「……やめるんだイザリア」


ロイの短い声に情はなく、判断だけがあった。


イザリアは舌打ちし、炎を肌にまとう熱へとまで絞り込む。


「……ちっ。わかったよ……」


視線だけが鋭くカリナを刺していた。


カリナは半歩進み、無言で僕の前に立つ。

握る柄は緩やかだが、そこにある緊張は弦のようだった。

ロイは剣を下ろし、月光の縁へと身を翻す。


「……また会おう」


かつて戦場で残したのと同じ言葉。

だが、今度はさらに深い影を帯びていた。


「またねーイリシアの魔導士くんと....

 裏切り者ー!ベーーッ!!」


二人の黒騎士が霧へと溶け、甲冑の擦れる音だけが遠ざかる。


川辺に残ったのは、金属臭と雷の名残のオゾン、そして言い残された『裏切り者』という一語だった。


「……カリナ」


僕が問うと、カリナは剣を収めて短く首を振る。


「今は戻ろう。明日は早い」


押し殺した声音。

その奥に、言いたくない過去の重さが潜んでいた。


川霧の漂う夜道を戻る。

月の灯りが石畳に長い影を落としていた。

歩調は崩さず、僕は声だけを低く押さえた。


「三日後にヴァルディアがイリシアに攻め込む。狙いはラピス。【聖樹精霊】の血だ。」


「覚醒したエルフは理力を吸収できるらしい。その力を人間に分けるために、交配で子を量産する計画だって。ロイがそう言ってた」


カリナは短く息を吐く。


「なんだと?イリシアを襲ってラピスを引きずりだそうという作戦か。

 ろくでもない。ゲスな国だな」


そして、眉をひそめて僕を見る。


「それに…今ロイと言ったか?」


「えっ……うん。

 あの黒騎士は僕の幼馴染だったんだ。

 名前はロイ=ヴァルガード」


「そうか……」


カリナは目を伏せ、川の向こうをぼんやりと見つめると口の端をわずかに上げた。


「ロイと会えたのか。フィオル。」


その言葉が胸に落ちる。

思わず足を止め、カリナを見上げた。


「え?どういうこと?」


しばし無言ののち、カリナは笑いもせず、まっすぐに答えた。


「あたしはヴァルディアから

 イリシアに来た『裏切り者』だからな」


「えっ……!?」


「だけど、あの剣の腕前はあたしがいた頃とは比べ物にならない。雷の理力を、あそこまで扱うようになってるとはな」


胸の奥に冷たいものが広がった。

けれどカリナは足を止めず、夜の石畳を軽やかに歩き続ける。


「話すべきことは山ほどあるけど。

 明日まで預けとけ」


宿の前に辿り着いた時、遠くで更け六つの鐘が低く鳴った。

振り返った川の方で、ロイの声が心の奥に残響のように繰り返される。


―また会おう。


その声だけが、夜の静けさに溶けず残っていた。





宿に戻ると、部屋の空気は穏やかだった。


ラピスはスラチャビを抱きしめ、安らかな寝息を立てている。

毛布の上下に合わせて、小さな体がかすかに動いていた。


スラチャビもまた、主に守られるように落ち着いて眠っていた。


窓際にはセレナが腰掛けていた。

月明かりに照らされた横顔は硬い。

振り返らずに問いかける。


「こんな夜更けに…

 どちらへ行かれていたのですか?」


カリナと僕は顔を見合わせ、同時に視線を落とした。

言葉にすれば、その重さがラピスの耳に届いてしまう気がした。


セレナは静かに立ち上がり、僕らの前に歩み寄る。


「何があったのか、どうかお話しください」


声は柔らかい。

けれど瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。

一瞬ためらったが、カリナが指で廊下を示す。


扉を閉じると、外の廊下はしんと静まり返っていた。

遠くの川音だけがかすかに届く。

そこで僕とカリナは、川辺で出会った二人の黒騎士。

ロイとイザリアのこと、そして三日後に迫るイリシア侵攻の真実をセレナに語った。


セレナは最後まで言葉を挟まず、ただ瞳を閉じ、すべてを飲み込むように聞いていた。


沈黙ののち、彼は両の拳を握りしめ、深く息を吐く。


「……やはり、

 ラピス様を狙っているのですね」


瞳は月光を映して揺れていたが、その奥には恐れよりも強い覚悟があった。


「ラピス様を……

 絶対にお守りせねばなりません」


声は震えていた。

けれど意志がそれを押し返していた。


「しかし、わたしの力ひとりでは到底及びません。あなたたちの力が必要です」


セレナは真っ直ぐに僕らを見て、静かに頭を下げた。


「どうか、共にラピス様をお守りください。

 お願いします」


その姿は冷静な狙撃手ではなく、一人の青年の必死の願いに見えた。


カリナと目を合わせ、僕は頷く。

カリナは迷わず彼の肩を叩き、柔らかく笑った。


「頭を上げてくれ。セレナ。

 そんなの、言うまでもないだろ」


僕も微笑み、もう片方の肩に手を添える。


「もちろんだよ。僕たちは仲間だ。

 一緒に……絶対に守り切ろう」


三人の視線が重なる。

言葉以上に、その決意は強く結ばれていた。

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