32話 「ヴァルディアの陰謀」
僕と、重装に身を包んだロイ。
そしてもう一人、黒鉄の女騎士。
三人は距離をとりながら、月明かりに照らされる川辺に立っていた。
ロイの瞳に、決意の影が射す。
「フィオル…。今日から三日後。
ヴァルディアはイリシアに攻め入る。
目的は……エルフだ」
「……えっ?」
視線が揺れる。
宿で眠るラピスとセレナの顔が、一気に脳裏へ押し寄せた。
胸の奥が冷たくなる。
甲高い声が空気を裂く。
「ちょっとロイ!? なに言ってるの!」
イザリアが怒りのこもった目でロイを睨みつけた。
「情報漏洩とかさ、
普通に裏切りなんですけど?」
だがロイは一歩も退かず、その言葉を制する。
「……いいんだ、イザリア。
これはロイ=ヴァルガードという一人の人間の言葉だ。騎士としての言葉ではない」
イザリアは唇を噛み、視線を逸らす。
夜気の中で、ロイの言葉だけが鋭く胸に突き刺さった。
俯いたまま、僕は必死に声を絞る。
「……どうして?
どうしてラピスたちを狙うの……?」
ロイの瞳が揺れる。
迷いを隠すように、低く告げた。
「【聖樹精霊】の血。それが目的だ」
「目的は……ラピス?」
一瞬の沈黙。
やがて、彼は覚悟を決めたように続ける。
「【聖樹精霊】のエルフは、覚醒時に『理力を吸収する力』を持つと伝わっている。人の理力も、この世界に漂う理力も。」
「ヴァルディア王は、その力を利用すれば暴走する黒い霧さえ吸い上げて制御し、自分の力に変えられると踏んでいる」
ロイは俯きながらも、なお言葉を紡ぐ。
「王は【聖樹精霊】を捕らえ、人間との交配で血を拡散させ、その血を持つ子どもを量産するつもりだ。」
「長い時間をかけてでも、黒い霧を軍事利用し、大陸を制圧するために」
「……そんな……ひどすぎる……
それが、この戦争の理由……?」
吐き気が込み上げる。
喉の奥が焼けるように痛かった。
ロイの表情にも、深い苦悩が滲む。
「大陸を制圧し、この世界をヴァルディアのものにする。それが……王の夢だ」
僕は唇を噛み、震える拳を握りしめる。
「そんなの……絶対に許されない!!」
夜の川辺に響いた声は、風に流されず、その場に突き刺さる。
ロイの目がわずかに揺れ、イザリアはあからさまに顔をしかめた。
「その計画は、まあ正直キモいよねー。
さすがに引くわ」
イザリアは肩をすくめて続ける。
「エルフの男の子さらって、無理やり交配させて血をバラまくとか、趣味悪すぎ。」
その軽々しい言葉が、余計に胸を抉る。
「…おかしい。
そんなの、絶対に間違ってる!」
ロイは俯き、唇を噛む。
「……それでも、俺は逆らえない。ヴァルディア王は俺の命の恩人だ。あの日、拾われた時から…俺は王に背を向けないと誓った。だから、従うしかない」
鎧の擦れる微かな音。
夜風が川面を撫で、重い沈黙を包み込む。
横顔には深い葛藤。
それでも、その瞳には諦めにも似た影。
僕は一歩踏み込み、問う。
「ロイ……それで、夢を諦めたの?
変わっちゃったんだね……」
返事はない。
ただ、かすれた声で一言だけ。
「……すまない」
胸がえぐられる。
交わしたかった言葉たちは、すべて喉の奥でほどけて消えた。
目の前に幼馴染がいるのに、『敵同士』という距離だけがやけに遠い。
横で見ていたイザリアが、場違いなほど明るい声を上げる。
「……あれ? なんかさぁ、ただの幼馴染って空気じゃないよね? あたしちょっと萌えるんだけど?」
にやりと笑い、からかうように肩をすくめる。
その軽口を断ち切るように、背後から草を踏む音。
振り返ると、月光に縁取られたカリナの姿。
鋭い眼差しで黒き甲冑の二人を見据え、迷いなく剣を構える。
「……フィオル。大丈夫か。下がってろ」
低く冷たい声。
そこには揺るぎない警戒があった。
イザリアは大げさに指を突きつける。
「あーーっ! 裏切り者ー!」
さっきまでの軽さが一転、その声音に殺気が混ざる。
彼女の周囲に赤い炎が立ち上がり、理力の熱が肌を刺した。
緋色の瞳が炎を映し、獣みたいに光る。
「ねえロイ。いいよね?
ここで燃やしちゃっても」
一触即発。
夜の川辺に、火と鉄と風の気配が張りつめた。




